生活する外国人、海外ルーツの子ども支援策拡充へー政府が共生のための総合的対応策追加案発表
2019年6月10日、政府は外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議を開催し、昨年末に策定した外国人材の受入れ・共生のための総合的対応の追加策をまとめました。メディアでは入管法改正により新設された在留資格「特定技能」について、都市部に集中しないように外国人の転職や中小企業とハローワークの連携を支援する「外国人共生センター」(仮称)の新設が柱として取り上げられていましたが、この他にも今回の対応策“アップデート”には働き手としての外国人だけでなく、海外にルーツを持つ子ども・若者や、外国人保護者など「生活者としての外国人」にとって、いくつか画期的と言える施策や変更が盛り込まれました。その中から注目の施策をご紹介します。
(図は https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gaikokujinzai/kanjikai/dai2/siryou2-1.pdf より引用)
母子手帳の多言語化と保育分野について初めて言及
これまで、海外にルーツを持つ乳幼児や外国人の妊婦について政府が言及することはほとんどなく、拙稿「言葉の壁越えて、みんなで支えたい―神奈川で進む、外国人住民子育て支援最前線の取組みとは」で取り上げたような一部の支援機関による先駆的取組があるほかは、それぞれの保育の現場や子育て支援センターなどが手探りで対応しているのが現状です。
今回の追加策には、
1) 母子手帳の多言語化
2) 保育所等における外国籍当の子ども・保護者への対応に係る取り組み事例の把握・共有
の2つがいずれも新規施策として盛り込まれ、外国人の日本での出産・子育てのはじめの一歩に言及しました。今後、保育所等での先駆的な取り組み事例について情報収集などから取組がはじまると見られています。また、保育所等において海外にルーツを持つ子どもや家庭に対する支援や「新・放課後子ども総合プラン」における学校・家庭との連携について、放課後児童クラブでも適切な対応が図られるよう要請する、としています。
日本語ができないから、いじめられるから学校に行けない―不就学の子どもへの対応
NHKは、今年の4月に外国人の義務教育年齢6才~14才の子どもたち、推計8,400人が不就学の恐れがあるとの推計を報じました。NHKのインターネット上の特集記事「外国人“依存”ニッポン」では、中には10才になっても保育園に留まり続けている子どもがいることも伝えられています。
こうした外国人保護者の不安や経済的状況に起因する問題のほか、学校に支援体制がないことが要因となって、日本語ができない子どもは日本語ができるようになってからでないと就学・転入手続きをしないことが慣習的に行われている自治体もあります。(詳しくは拙稿「”善意”が招く外国にルーツを持つ子どもの就学待機問題ー日本語ができないと、学校に行けないの?」 参照)
現在、外国籍の保護者が養育する子どもは義務教育の対象外となっています。国際人権規約によって「希望があれば受け入れる」ことになっていますが、外国人の子どもの不就学を解消するためには、「子どもが教育を受ける権利」だけでは不十分であるのが現状です。
今回の追加策では、多言語による就学案内の徹底や、全国調査による就学状況の把握、不就学解消のための課題整理およびグッドプラクティスの収集が新たに盛り込まれました。外国人学校やNPO等と地方自治体との連携による就学状況の把握・就学促進支援拡充のための関連施策と組み合わせ、一日も早く子どもたちが適切な学びの場につながるよう取り組む必要があります。
ICT活用で支援なく孤立する外国人散在地域の子どもたちにもサポートを
前年度に取りまとめられた関連施策において、学校における外国人保護者と教員とのスムーズなコミュニケーションのために多言語翻訳システム等のICTを活用することは盛り込まれていました。この施策の範囲内となりますが、今回の対応策文書内にはこれに加え、散在地域におけるきめ細やかな指導を行うために、翻訳システム活用に加え、遠隔教育の充実という文言が入りました。
特に外国人が少ない「散在(さんざい)地域」におけるきめ細やかな指導を目的としたという点が画期的です。これまで自治体の中で地理的に離れた場所にある学校にそれぞれ1人ずつしか日本語がわからない子どもが在籍していない、と言った状況には「先生か生徒が物理的に移動する」という形式の支援がスタンダードであり、児童生徒が自ら移動できなかったり、保護者が送り迎えできないなどと言った場合は支援が見送られることもありました。
(外国人散在地域の状況については拙稿「外国人散在地域に暮らす子どもの孤独ー言語難民状態、解決への糸口とは?」にまとめました)
また、特にボランティアの高齢化や学校の先生が多忙で支援に手が回らないなど、「日本語を教える人」自体の確保が年々困難となっている中で、空間を超えて支援を届けることができる遠隔教育や、手軽にコミュニケーションの一助となる翻訳機械の活用を推進していくことで課題解決に向けた大きな一歩となるでしょう。
障害やその可能性のある海外ルーツの子どもたち
海外ルーツの子どもたちを支援する関係者の間では長く「課題」と位置付けられてきた障害を持つ子どもやその可能性のある子どもへの対応。日本語の課題なのか、それとも機能的な障害を有するのかと言った判断自体が難しく、どちらの場合も関係機関が手探りで支援を行う以外にないと言った状況が続いてきました。(詳細は拙稿「外国にルーツを持つ子どもの発達障害ーことばか環境か」参照)
今回の追加策の新規施策として、「言語や母国の教育制度や文化的背景や家庭環境に留意し」と前置きした上で、適切に障害のある外国人の子どもの就学先決定がなされるよう相談等にあたって翻訳システムを活用することや、特別支援学校等における日本語支援者の配置に努めること、学校における合理的配慮に関する実践研究などが盛り込まれました。
進む「移民社会」への移行ー私たちの意識も”アップデート”を
この他にも、中学生・高校生の進学・キャリア支援について公立高校入試における特別な配慮(試験問題へのルビ振りや辞書の持ち込み、特別入学枠の設置など)の充実について初めて言及されたり、子どもに限らず、情報や対応の多言語化に「やさしい日本語」の活用が盛り込まれるなど、“アップデート版”として、十分に踏み込み始めた内容となっています。
現在、日本で中長期に在留する「生活者としての外国人」は2018年末の時点で約273万人。追加対応策がこれほどのスピードで、また、これほど踏み込んで策定されたことは、今後、外国人人材のいっそうの受入れと滞在の長期化、定住化を前提とした「移民社会」への移行が少なくとも現実として必要であることを示していると言えます。私たち日本社会に暮らす1人1人も、多様な人々と共に暮らしていく共生社会に向けて、意識を変えていく必要性に迫られています。