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”善意”が招く外国にルーツを持つ子どもの就学待機問題ー日本語ができないと、学校に行けないの?

田中宝紀NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者
日本語がわからない子どもの受入れ体制整備の遅れが、不就学状態発生の要因にも(写真:アフロ)

先日、来日してまもない外国籍の子どもが、自宅のある自治体窓口で公立学校への就学手続きをしようとしたところ、こう言われました。

「日本語がわかるようになってから、もう一度きてください」

学校の中で日本語を教えたり、通訳がサポートに入ったりするような支援がなく、学校に来てもらったとしても「放置」となってしまうため、子どもがかわいそう、というのが主な理由ということでした。実は、この自治体によるこうした対応は初めてではなく、筆者の運営する現場職員が「またか」とため息を漏らすような状況です。

過去、他の自治体において、同じような対応を窓口で受けたという例もあるのですが、その際は学校への通学は日本語がわかるようになってからと言うものの、就学の手続きだけはその場で行い、「公立学校の生徒」として筆者の運営する支援現場に紹介されてきていました。今回の冒頭ケースでは「どこの学校の生徒でもない状況」で、正に門前払いに近い対応となってしまったことが残念です。

「日本語指導が必要な子ども」として把握されない可能性

2017年6月に文科省が発表した、公立学校に在籍する日本語指導が必要な児童生徒の最新調査結果では、全国の公立小中学校、高校等に在籍する日本語がわからない児童生徒が40,000人を超えたことを、筆者の過去記事でもお伝えしました。そしてその内の10,000人以上が学校の中では何の支援も受けていない状況にあるということも、あわせてお伝えしたところです。

しかしこの約10,000人の無支援状態にある児童生徒の中に、冒頭でご紹介したお子さんが含まれることは、おそらく、ありません。

なぜなら、このお子さんは就学手続きをする前の段階で、日本語ができるようになってから再度来るようにといわれてしまったからであり、すでに公立学校に在籍している子どもを対象とした文科省のこの調査結果には、就学手続きをしていない、学籍がない状況の子どもの数は反映されていない可能性が高いのです。

このお子さんの場合、私達のような民間の支援の場につながったこともあって、学習する機会を得ることができましたが、たとえば外国人保護者が窓口で、日本語ができるようになってからと言われた時点で諦めてしまったり、地域に日本語を教えてくれる場所がないような状況であったとしたら、このお子さんは日本語ができないまま、不就学、就学待機状態が長期化し、ただ自宅に篭って過ごすような日々となってしまったかもしれません。

この10年で、日本語がわからない子どもの数は1.6倍に増加しました。多くの学校にとって、こうした子ども達の存在は避けては通れないものとなりつつあります。

学校や自治体の担当者の、「日本語がわからない子どもが放置状態になる事がかわいそう」という、”思いやり”は、結果として子どもの教育を受ける権利自体を侵害してしまう可能性を、子どもの教育に関わる全ての大人が知っておく必要があります。

学校の先生達の戸惑いや不安

一方で、学校の先生方が、まったく受け入れ態勢のない中で、日本語が一言も通じない子どもに対して何ができるのか、どうなってしまうのかと言った不安や戸惑いを抱いてしまう状況も理解ができます。

もともと外国人が多く暮らしているというような地域で、何らかのノウハウがあれば、先生にとっても少しくらい言葉が通じなくても大丈夫!というような自信を持てたり、少なくとも週に何回かは外部支援者がサポートしてくることで、安心して受け入れられることにもつながっているのだとは思います。

しかし近年は、一部の限られた地域以外にも外国人が生活をするようになるなど、これまで経験値がほとんどない状況下で、突然こうした子ども達と向き合うことになったという学校もあり、社会の急激な変化に対する大人側の不安や戸惑いを、子どもがかわいそうだから、という理由に転嫁することで和らげようとしているようにすら見えます。

まずは、受け入れ側の体制整備を急ぎたい

日本語がわからないまま公立学校に就学を希望する子ども達が増加している以上、こうした自体を未然に防いでいかない限り、不就学のまま教育機会を奪われてしまう義務教育年齢の子ども達が増加する可能性を否定できません。

外国籍の子ども達の場合、現時点では日本での義務教育の就学義務はありません。しかし、子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)や国際人権規約等から、日本人と同一の教育を受ける機会が保障されていることは、文部科学省も明示するところです。

子ども達の学びの環境を整備することの必要性は言うまでもありませんが、その受け皿となる公立学校の受け入れ体制を全国的に確立することも、同様に優先されなくてはなりません。

そして子ども達と直接現場で向き合うことになる先生達が、安心して、自信を持って受け入れることができるよう、学校に押し付けるだけにならないよう、全体的な基盤構築を進める必要があるのではないでしょうか。

NPO法人青少年自立援助センター定住外国人支援事業部責任者

1979年東京都生まれ。16才で単身フィリピンのハイスクールに留学。 フィリピンの子ども支援NGOを経て、2010年より現職。「多様性が豊かさとなる未来」を目指して、海外にルーツを持つ子どもたちの専門的日本語教育を支援する『YSCグローバル・スクール』を運営する他、日本語を母語としない若者の自立就労支援に取り組む。 日本語や文化の壁、いじめ、貧困など海外ルーツの子どもや若者が直面する課題を社会化するために、積極的な情報発信を行っている。2021年:文科省中教審初等中等分科会臨時委員/外国人学校の保健衛生環境に係る有識者会議委員。

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