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「加熱式タバコ」で起きる危険な「急性肺疾患」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(提供:イメージマート)

 加熱式タバコや電子タバコなどの新型タバコを吸うことにより、重症で急性の肺疾患が起きることがある。こうした症例報告をいくつか紹介する。

急性好酸球性肺炎とは

 日本で最初に加熱式タバコが販売されたのは2013年12月のプルーム(JT)で、2014年9月にはアイコスが販売された。ここ数年、アイコスなどの加熱式タバコに切り替えたり、従来の紙巻きタバコと併用して喫煙する人が増えている。

 こうした新型タバコは、葉タバコを加熱してニコチンや葉タバコ由来の発生物質、葉タバコに添加される物質などを吸い込んだり、グリセリンなどの化学物質を加熱して気化させたベイパー(蒸気)を葉タバコにくぐらせて吸い込んだりする。葉タバコや人工的な物質が加熱されて発生した物質は、口から入って鼻や喉、気管、気管支、肺などの呼吸器を経由し、肺胞から血液に混ざって脳を始め、全身へ送られるが、加熱式タバコが販売された後から肺炎や呼吸不全などの患者の報告が少しずつ出ていた。

 2016年には、加熱式タバコの利用者の20歳の男性が急性好酸球性肺炎(Acute Eosinophilic Pneumonia、AEP)にかかったという症例報告論文が日本から出ている(※1)。この急性好酸球性肺炎というのは、若い男性に多い病気とされ、喫煙や薬剤、微生物などが原因で発熱や咳、胸痛などが起きると考えられ、急速に呼吸困難になって重症化することもあるが多くは自然に改善する(※2)。

 急性好酸球性肺炎は、患者を調べる場合に喫煙しているかどうか問診する。喫煙を始めたばかり、あるいは短期的に喫煙本数が増える喫煙者で急性好酸球性肺炎を発症することが多いからだ(※3)。

 この症例報告論文でも、20歳の男性患者は発症の6ヶ月前から加熱式タバコを1日20本利用し始め、発症の2週間ほど前からそれが1日40本に増えていたという。つまり、加熱式タバコも紙巻きタバコと同様、急に吸う本数を増やすと急性好酸球性肺炎にかかるリスクが上がるというわけだ。

重症化した患者ではエクモ治療例も

 また2019年には、日本から加熱式タバコを吸って急性好酸球性肺炎になった、より重症化した症例報告が出ている(※4)。この報告の患者は気管支喘息などの病歴を持つ16歳の男性で、入院する2週間前に加熱式タバコを吸い始めた。正常な肺の細胞では2%未満の好酸球が14.6%にも増え、身体への負担が大きいエクモ(ECMO)治療が必要なほど重症化していたという。

 急性好酸球性肺炎はあまり多くはない病気だが、CT(コンピュータ断層撮影)でほかの肺炎と診断の区別が難しい(※5)。また、肺炎患者の多い新型コロナのパンデミック後は、微生物性肺炎や誤嚥性肺炎などほかの肺炎と同様、区別がより困難になっている。

 加熱式タバコが広がるにつれ、従来の紙巻きタバコから切り替える喫煙者も増えている。前述したように、喫煙を始めたばかりだったり短期的に喫煙本数が増える場合、急性好酸球性肺炎のリスクが高くなるが、加熱式タバコへ切り替えた直後は本数の加減がわからずにたくさん吸ってしまうこともあり、これが原因で急性好酸球性肺炎を発症しやすくなることもあるのかもしれない。

 2020年に名古屋市立大学の研究グループが出した症例報告では、47歳の女性が加熱式タバコに切り替えた直後に持病である喘息が悪化して咳がひどくなり、急性好酸球性肺炎と診断されて治療を受けたという(※6)。

 海外からも加熱式タバコによる急性好酸球性肺炎の症例報告が出ている。韓国でも加熱式タバコの喫煙者が増えているが、2022年に出た韓国の釜山にある東亜大学の研究グループによる症例報告では、22歳の女性が症状の出る2週間前から加熱式タバコを吸い始め、咳と発熱、呼吸困難で受診したところ急性好酸球性肺炎と診断されたという(※7)。

 この女性はパートナーから最初に紙巻きタバコを吸うことを勧められたが、次に紙巻きタバコから加熱式タバコへ切り替え、最初は1日6本だったのが症状が出る直前に1日15本に喫煙本数を増やしていた。ステロイド治療後に症状が改善し、退院後6ヵ月しても禁煙を続けているという。

加熱式タバコは肺の細胞を自死させる

 では、加熱式タバコは、なぜ急性好酸球性肺炎のような肺疾患を引き起こすのだろうか。

 2018年に米国のニューヨーク州立大学ロズウェルパークがん研究所の研究グループが出した論文(※8)によれば、加熱式タバコ(アイコス)と電子タバコ(3.5%ニコチン添加)、既存の紙巻きタバコ(マールボロ)から抽出した物質を使い、それぞれヒトの気管支上皮細胞にさらして比較したところ、加熱式タバコの発生物質が細胞に対して強い毒性を示したという。

 それぞれ毒性は、紙巻きタバコ>加熱式タバコ>電子タバコの順に強く、同研究グループは、加熱式タバコから出る物質の毒性が細胞の自死(アポトーシス)や炎症系シグナル伝達物質(サイトカイン)の産生に関与しているのではないかとしている。

 2022年に順天堂大学の研究グループが出した論文によれば、マウスを加熱式タバコ(アイコス)の煙にさらしたところ、さらさないマウスよりも体重が減り、微生物に対する肺の防御機構(好中球やリンパ球)が減衰し、細胞の自死に関係する遺伝子が多く発現していたという(※9)。同グループは、これらのことから加熱式タバコでもCOPD(慢性閉塞性肺疾患)を発症するリスクがあると警告している。

 また、2022年、台湾の国立陽明交通大学などの研究グループが、アイコスと紙巻きタバコの成分を調べた論文では、アイコスは紙巻きタバコと同様に気道の炎症を増やし、COPD(慢性閉塞性肺疾患)や新型コロナの重症化リスクを大きくする危険性があるということがわかったという(※10)。

 このように加熱式タバコの喫煙は従来の紙巻きタバコと同様、急性好酸球性肺炎という病気を引き起こす危険性が高い。香港の高校生で、非喫煙者と加熱式タバコの喫煙者を比べたところ、咳や痰が出るなどの呼吸器の異常が加熱式タバコの喫煙者で多かったという報告もあるが(※11)、呼吸器にとって最もいいのはタバコ会社も述べているように、紙巻きタバコも加熱式タバコも両方やめることだ。

※1:Takahiro Kamada, et al., "Acute eosinophilic pneumonia following heat‐not‐burn cigarette smoking." Respirology Case Reports, Vol.4, Issue6, 2016

※2-1:Andrew F. Shorr, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia Among US Military Personnel Deployed in or Near Iraq." JAMA, Vol.282(24), 2997-3005, 2004

※2-2:鈴木慎太郎、相良博典、「急性好酸球性肺炎」、昭和学士会誌、第75巻、第4号、2015

※2-3:Federica De Giacomi, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia." CHEST, Vol.152, Issue2, 379-385, 2017

※3:Hiroshi Uchiyama, et al., "Alterations in Smoking Habits Are Associated With Acute Eosinophilic Pneumonia." CHEST, Vol.133, Issue5, 1174-1180, 2008

※4:Toshiyuki Aokage, et al., "Heat-not-burn cigarettes induce fulminant acute eosinophilic pneumonia requiring extracorporeal membrane oxygenation." Respiratory Medicine Case Reports, Vol.26, 87-90, 2019

※5:Yeon Joo Jeong, et al., "Eosinophilic Lung Disease: A Clinical, Radiologic, and Pathologic Overviwe" RadioGraphics, Vol.27, No.3, 1, May, 2007

※6:Tomoko Tajiri, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia Induced by Switching from Conventional Cigarette Smoking to Heated Tobacco Product Smoking" Internal Medicine, Vol.59, 2911-2914, 21, July, 2020

※7:Bo Hyoung Kang, et al., "Acute Eosinophilic Pneumonia after Combined Use of Conventional and Heat-Not-Burn Cigarettes: A Case Report" medicina, Vol.58(11), 1527, 26, October, 2022

※8:Noel J. Leigh, et al., "Cytotoxic effects of heated tobacco products (HTP) on human bronchial epithelial cells." Tobacco Control, doi.org/10.1136/tobaccocontrol-2018-054317, 2018

※9:Naoko Arano Nitta, et al., "Exposure to the heated tobacco product IQOS generates apoptosis-mediated pulmonary emphysema in murine lungs" LUNG CELLULAR AND MOLECULAR PHYSIOLOGY, Vol.322, L699-L711, 2, April, 2022

※10:Han-Hsing Tsou, et al., "Effect of heated tobacco products and traditional cigarettes on pulmonary toxicity and SARS-CoV-2 induced lung injury" Toxicology, Vol.479, doi.org/10.1016/j.tox.2022.153318, September, 2022

※11:Lijun Wang, et al., "Characterization of Respiratory Symptoms Among Youth Using Heated Tobacco Products in Hong Kong" JAMA Network Open, Vol.4(7), e2117055, 14, July, 2021

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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