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「古き良き柔道」で五輪連覇の大野将平が、次に求める闘いとは──。<もう一つの山>に挑むのか?

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
柔道・男子73キロ級決勝、9分26秒に及ぶ死闘を大野将平は気迫と技術で制した(写真:ロイター/アフロ)

恐怖の中での闘い

「子どもの頃に好きで始めた柔道がリオ・デ・ジャネイロ大会以降、嫌いになりました。5年間、稽古が苦しくて辛かった。今日は、自分が何者なのかを証明するための闘いでした」

金メダルを獲得した後、表情に笑みを浮かべることもなく大野将平は、そう話した。

五輪連覇の重圧は、私たちの想像を大きく上回っていたようだ。

柔道競技初日に60キロ級で高藤直寿、2日目には66キロ級の阿部一二三が連続して金メダルを獲得した。

(次は大野将平だから大丈夫。3日連続金メダルは固い)

多くのファン、関係者が、そう思っていた。

実際、大野は余裕を持って闘っているように見えた。準決勝までの4試合は対戦相手を圧倒。決勝のラシャ・シャフダトゥアシビリ(ジョージア)戦では、延長戦で「指導2」と追い込まれはしたが、それでも闘いの主導権は握り続けていたからである。

だが、大野は振り返って言った。

「感じたことのない恐怖の中で闘っていた。以前の自分だったら心が折れていたかもしれない」と。

表彰式で金メダルを首にかけた大野将平。苦難を乗り越えて五輪連覇を果たした
表彰式で金メダルを首にかけた大野将平。苦難を乗り越えて五輪連覇を果たした写真:ロイター/アフロ

「頑な」と「柔軟」

「古き良き柔道」。

大野の闘い方は、そう形容される。

近年、競技化が進む中で柔道の闘い方は大きく変わった。

相手に、襟や袖を持たせない。組み手争いの中で、瞬時に道着を掴み技を仕掛けることが多くなっている。

だが、大野の闘い方は違う。

しっかりと相手の襟と袖を持って組む。相手にも組ませ、そのうえで技を競うことを求める。もちろん相手は組まれるのを嫌がり抵抗する。それでも組み、相手を投げ切り、大野は勝ち続けてきたのだ。今大会でも彼は、そのスタイルを崩さなかった。

テレビ中継を観ていて気づかれた方も多いかと思う。

大野は常に試合場の真ん中に立ち、相手がその周囲をまわっていた。

この闘い方は、「美しき柔道」を体現したいとの想いの表われであり、格上の証しだ。

また、大野の柔道スタイルは、実に柔軟である。自分が得意な技、形に固執することなく、臨機応変に闘い方を変えている。技のバリエーションも多彩だ。

そのことは、今大会の闘いぶりを振り返るとよくわかる。

緒戦(2回戦)のアレクサンドル・ライク(ルーマニア)には、「内股」で一本勝ち。3回戦、投げ技のデフェンスに専念するビラル・チルオール(トルコ)に対しては互いに倒れ込んだ際に隙を突き、「横四方固め」で抑え込んだ。

準々決勝、ルスタム・オルジョフ(アゼルバイジャン)戦は、内股で技有りを奪った後、得意の「大外刈り」で合わせ一本に。準決勝ではパワーファイター、ツォグトバータル(モンゴル)に「小外掛け」で勝利。

9分26秒の死闘となった決勝戦では、互いにスタミナを消耗する中、瞬時の判断で「支え釣り込み足」を仕掛け決着をつけた。

3回戦のビラル・チルオール戦。組み合うことを嫌がる相手に対しては、隙を突いて横四方固めに抑え込んだ
3回戦のビラル・チルオール戦。組み合うことを嫌がる相手に対しては、隙を突いて横四方固めに抑え込んだ写真:築田純/アフロ

「内股」「横四方固め」「大外刈り」「小外掛け」「支え釣り込み足」。

5試合で5種類の技を決めたのだ。

相手の出方を見て、展開に応じて試合を組み立てる。大野は、高度な適応能力を有しており、これが彼の最大の強みだろう。

見かけは「頑な」。しかし、闘い方は実に「柔軟」なのである。

<もう一つの山>

今回の金メダル獲得で、大野は柔道日本勢として史上7人目となる五輪連覇を果たした。これまでに五輪連覇を果たしている柔道家は、次の6人だ。

斉藤仁/男子95キロ超級、84ロサンゼルス→88ソウル

野村忠宏/男子60キロ級、96アトランタ→00シドニー→04アテネ

田村(谷)亮子/女子48キロ級、00年シドニー→04アテネ

内柴正人/男子66キロ級、04アテネ→08北京

谷本歩実/女子63キロ級、04アテネ→08北京

上野雅恵/女子70キロ級、04アテネ→08北京

この中で野村が唯一人、3連覇を果たしている。

「私の柔道人生は、これからも続いていく。さらなる完成形を目指したい」

そう話すにとどめ明言は避けたが、大野は3年後にパリで天理大学の先輩に肩を並べる五輪3連覇に挑むつもりだ。

さらに、その前に<もう一つの山>も越えようとするのではないか。<もう一つの山>とは、体重無差別で争われる『全日本柔道選手権』。

過去にも大野は、この大会に出場しているが上位に勝ち上がれていない。

31年前、71キロ級で闘っていた「平成の三四郎」古賀稔彦は、巨漢選手相手に勝利を重ね決勝に進出した。だが、ここで小川直也の足車を喰らって敗れ『全日本柔道選手権』では準優勝に終わっている。

講道学舎の偉大な先輩・古賀稔彦が果たせなかった偉業に挑む──。

「さらなる完成形」を目指す大野にとって、これは必然だろう。「古き良き柔道」で<もう一つの山>を越える姿が見たい。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストに。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターも務める。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。仕事のご依頼、お問い合わせは、takao2869@gmail.comまで。

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