Yahoo!ニュース

不評のパッキャオ対ブラッドリー第3戦、百戦錬磨のトップランク社はどう盛り上げるか

杉浦大介スポーツライター
画像

4月9日 ネバダ州ラスベガス MGMグランドガーデン・アリーナ

ウェルター級12回戦

マニー・パッキャオ(フィリピン/37歳/57勝(38KO)6敗2分)

ティモシー・ブラッドリー(アメリカ/32歳/33勝(12KO)1敗1分1無効試合)

前座会見も盛り上がりはもう一つ?

2月10日、ロスアンジェルスでパッキャオ対ブラッドリーのアンダーカードの会見が行われた。トップランクのウェブサイトで生中継されたので、視聴したファンもいるのではないか。しかし、ライブ配信を見る限りは出席メディアは少なく、盛況のようには見えなかった。

前座会見が盛大にはならないのは当然と言えば当然。ただ、1月21日にニューヨークで行われたメインイベントのキックオフ会見も、過去のパッキャオの試合とは比較にならないほどに冷え切ったものだった。

昨年12月下旬に発表された当初から話題になっていた通り、この試合は興行的には苦戦しそうな予感はすでに色濃くなっている。

「(フロイド・)メイウェザー対パッキャオ戦の影響、インパクトは理解している。過去2戦と同じくらいの興行成績を期待したいが、難しいことはわかっているよ」

会見時にボブ・アラム・プロモーターはそう語っていたが、昨年5月の“世紀の一戦”の内容がエキサイティングではなかったこと、敗北後にパッキャオが右肩の負傷を口実にしたことへの風当たりは日本で考えられている以上に強い。  

消えないメイウェザー対パッキャオ戦の影響

これまで世界的な善玉だったパッキャオのイメージは、この1日で著しくダウンした感がある。また、復帰戦の相手にブラッドリーという新鮮味のないベテランを選んだことも反感に拍車をかけた。以下は筆者が昨年11月に記した「引退試合?パッキャオ復帰戦の相手を予想する」というコラムの抜粋だ。

「(ブラッドリーは)パッキャオとは2012、14年に対戦して1勝1敗。同じトップランク、HBO傘下ゆえにマッチメイクは容易で、本来ならラバーマッチが “決着戦”として盛り上がっても不思議はない。特に(昨年11月のブランドン・)リオス戦のダイナミックな動きを見た後で、第3戦ではブラッドリー有利と予想する人も多いのではないか。

ただ、最初の2戦では確かに星を分けたが、実際にはパッキャオが明白に連勝したとみるファン、関係者が大半。現時点での実力は伯仲していても、ブロッドリーの絶対的なスター性のなさもあって、第3戦は一般的な希求力に乏しい」

テディ・アトラス・トレーナーとコンビを組んでの初戦となったリオス戦でブラッドリーはほぼ完璧なストップ勝ちを収めて、改めて実力を再証明した。今回のパッキャオ戦は第3戦にして最も勝敗の読み辛い試合であることは事実である。

例えそうだとしても、他にテレンス・クロフォード、エイドリアン・ブローナー(いずれもアメリカ)、アミア・カーン(イギリス)などもパッキャオの相手候補に挙がった中、このラバーマッチは新鮮さ、魅力に欠けるカードであることは否めない。

昨年9月に行われたメイウェザー対アンドレ・ベルト(アメリカ)戦のPPV購買数はわずか40万件に止まった。それと同時に、パッキャオにとってのカムバック戦になる今戦も興行面の苦戦は必至とする予想が圧倒的に多い。

パッキャオ対ブラッドリー第1戦(2012年6月)のPPV売り上げは89万件、第2戦(2014年4月)は75~80万件だった。今回の第3戦は、このままではせいぜい50万件前後に止まってしまうのではないか。

そんな状況下で、百戦錬磨のトップランク社は売り出しの難しい一戦をどう宣伝していくのか。契約上、パッキャオに2000万ドル以上のファイトマネーが保証されるだけに、赤字を出さないためにそれなりの努力が必要になる。

引退試合として売る気はない

手っ取り早いのは、パッキャオの言葉通りに“引退試合”と銘打ってしまうこと。フィリピンの英雄のファイトが見れるのはこれが最後と一般的に信じさせれば、多少の興味は惹きつけられるはずである。

ただ、他の多くのファン、関係者同様に、アラム、フレディ・ローチ・トレーナーは、「今戦で引退」というパッキャオの言葉をほとんど信じていない様子だ。

「どんなボクサーでも“完全に引退する”と私が信じることはない。もっとも、マニー本人は自分が本当に止めると信じきっているようだが」

アラムは会見時にそう語り、“ラストファイト”を宣伝文句にはしないことを示唆した。

政治家としての活動がどうなろうと、過去に税金滞納の問題も伝えられてきたパッキャオが、遠からず内にリングに戻るという確信があるのだろう。大々的に引退公言したにも関わらず数字が伸びなかったメイウェザー対ベルト戦を見て、その謳い文句は大して有効ではないとも考えているのかもしれない。

そんなアラムが今回、積極的に推し進めているのは、アンダーカードにメキシコ人、メキシコゆかりの選手を並べるオーソドックスな手段である。

メキシコ色の強いイベントに

セミファイナルではWBO世界スーパーミドル級王者アルツール・アブラハム(ドイツ)がヒルベルト・ラミレス(メキシコ)と6度目の防衛戦を行う。この指名戦の興行権は入札となり、アブラハムを傘下に持つザウアーラント・イベンツがトップランクを僅かに上回る156万3057.7ドルで落札(トップランクは150万ドルを提示)。しかし両陣営の交渉の末、結局は露出度の高いパッキャオ戦のセミ開催で落ち着いた。

「毎朝起きるといつもアブラハムを思い出す。4月9日、落胆するメキシカンは一人もいないだろう。人生最大の試合で、タイトルを私のものにしてみせる」

2月10日の会見でそう語っていたラミレスは、 スーパースターになるレベルの力量とは思えないものの、興味深い存在ではある。

メキシコ人には珍しいスーパーミドル級のプロスペクト(過去にミドル級以上で世界王座を保持したメキシコ人選手は2003〜04年のWBO世界ライトヘビー級王者フリオ・ゴンサレスのみ)。ここでタイトルを奪えば、近未来にミドル級の帝王ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)とのビッグファイトも視界に入るはずだ。

また、そのアンダーカードではトップランクが抱える2人の元オリンピアンがテストマッチに挑む。フェザー級のオスカー・バルデス(メキシコ/18戦全勝(16KO))は同級元王者イブゲニー・グラドビッチ(ロシア)と、スーパーライト級のホゼ・ラミレス(アメリカ/16戦全勝(12KO))はマヌエル・ペレス(アメリカ)とそれぞれ10回戦を戦う。母国メキシコの期待を集めるバルデスだけでなく、米西海岸ですでにかなりの集客力を誇るホゼ・ラミレスもメキシコ系アメリカ人。付け加えれば、グラドビッチも“メキシカン・ロシアン”の愛称で親しまれる好戦的な選手である。

“大興行を盛り上げたければ、メキシコ人ファンを巻き込め”というのは業界の鉄則。毎年、5月(シンコ・デ・マヨ)、9月(メキシコ独立記念日)とメキシカン最大の祭日に決まってビッグファイトが開催されるのには理由がある。

さらなる策はあるのか

ボクシングに並々ならぬ愛情を注ぐメキシカンたちは良い雰囲気を作り、興行の価値を高めてくれる。軽量級時代のパッキャオが全国区になった主要因も、マルコ・アントニオ・バレラ、エリック・モラレス、ファン・マヌエル・マルケスといったメキシコの英雄たちと凌ぎを削ったことだった。

そのフィリピンの雄の神通力が途切れかけた今、前座にメキシカンが絡むカードを集中させてサポートする。新鮮味のないビッグネーム同士のメインイベントを、明日を担う2人のラミレス、バルデスといったプロスペクトたちが取り囲んで盛り上げる。今回のアンダーカードからは、トップランクのそんな思惑が透けて見えてくるかのようである。

もちろんどんな策を講じたところで、PPVの大ヒットはほぼ不可能に近いことは変わるまい。そんな厳しい状況だからこそ、海千山千のトップランクが今後にどう売り出しを続けるかが興味深い。

昨年12月のニコラス・ウォータース(ジャマイカ)対ジェイソン・ソーサ(アメリカ)戦の直前に内山高志の名前を使ったように、パッキャオ対ブラッドリーの勝者の未来の対戦者について言及し始める可能性も高いのではないか。

ちらつかされる相手は、クロフォード、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)対カーンの勝者(カネロ対パッキャオの組み合わせはまずあり得ないが)、あるいは再びメイウェザー・・・・・・?

本番まであと約2ヶ月ーーー。冴えない前評判を覆すべく、アラムとトップランク社のプロモート力のお手並みを改めて拝見である。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

杉浦大介の最近の記事