「F-35は空軍の礎となる戦闘機」米空軍参謀総長がF-35失敗説を否定
2月17日、アメリカ空軍のチャールズ・Q・ブラウンJr.参謀総長が「F-16の再生産ではなく安い新しい戦闘機が欲しい」と発言して空軍協会の専門誌「Air Force Magazine」に掲載されました。
そしてこれを受けて2月23日に経済紙Forbesが「アメリカ空軍はF-35ステルス戦闘機が失敗したことを認めた」と解釈してセンセーショナルに報道、幾つかのインターネットメディアなども追従する形で報じました。
しかし2月25日にブラウン参謀総長はこれらメディアの解釈を全否定しています。F-35が失敗だなんて一言も言っていない、空軍の礎となる戦闘機であり、購入予算を減らすつもりも無いと明言しています。
確かにブラウン参謀総長は「F-35は失敗した」などとは一言も言っておらず、Forbesの勝手な解釈でした。しかしブラウン参謀総長の当初の発言である「安い新しい戦闘機が欲しい」とはどういう意図だったのでしょうか?
- 第5世代戦闘機(F-22やF-35などのステルス戦闘機)
- 第6世代戦闘機(NGAD、開発中の次世代戦闘機)
- 第4.5世代ないし第5世代̠マイナスの新型戦闘機
ブラウン参謀総長は従来の計画に無い3番目の安い新型戦闘機を提案しています。2番目のNGADと組み合わせるつもりなのかもしれません。
これは第5世代や第6世代戦闘機を投入する必要性の低い、脅威度が小さな戦場(低強度紛争、アメリカから見れば小国を制裁する戦争)での使用を考えているので、つまりハイエンドの戦闘機とローエンドの戦闘機を組み合わせて使うハイローミックスという考え方や、異なる能力の戦闘機を組み合わせるフォースミックスという考え方に基づく発想です。
しかし幾つか疑問な点が浮かび上がってきます。なぜ安くしたいのに新しい設計の戦闘機を望んでいるのでしょうか。4.5世代ならステルス能力は限定的でよいとなるので、第4世代戦闘機の改設計・新規製造の再生産でも構わない筈です。
F-16戦闘機再生産の否定
まず不思議なのはF-16戦闘機の再生産を名指しで否定している点です。最も安上がりに調達できるはずですが、ブラウン参謀総長はこれを2月17日の発言で明確に否定しました。
既に現状でも従来戦闘機のF-15Eを改設計したF-15EXを少数調達ですが再生産中です。ただしこれは経営難のボーイングを救済する意図があると推測する向きが多い政治性の強い案件です。F-15EX調達を決めたパトリック・シャナハン国防長官代行(当時)が就任前までボーイング副社長だったことや、双発戦闘機であるF-15EXの製造単価と維持費は単発戦闘機のF-35と既に大差が無いので安上がりにはならないことが推測の根拠です。(F-35はステルスであるがゆえに機体表面コーティングの維持費が高いが、エンジンは1基なのでこの部分では維持費が抑えられる。)
安上がりにする目的なら従来型の単発戦闘機のF-16を再生産するべきですが、F-16はF-35の製造元ロッキード・マーティンの仕事になるので、受注の振り分けという政治的な面ではあまり違いがありません。
また今から新しい戦闘機を作ってもF-35より安くなる保証がなく、むしろ最新鋭のセンサーやネットワークシステムを積もうとしたらより高価になる可能性すらあります。開発費が新たに必要になるのは確定です。しかし望まれたのは新型戦闘機です。そうするとブラウン参謀総長の発言の意図は空軍内外にあるF-16再生産の声を潰すことこそが本当の目的だった可能性があります。
そしてロッキード・マーティンに対してF-35の維持費を削減するように圧力を加える意図があり、本気で新しい安い戦闘機が欲しいわけではないのかもしれません。
Lockheed Martin confident F-35 operating cost will be reduced to $25,000 per hour | FlightGlobal (ロッキード・マーティンはF-35の運用コストを1時間あたり25,000ドルに削減できると確信)
F-35は1飛行時間あたりの運用コストを2万5千ドル以下にするようロッキード・マーティンは要求されており、同社は2025年までに達成可能であると主張しています。実現すれば維持費はF-16と大差が無くなり、従来機の再生産や安い新型機など必要なくなります。
しかしF-15EXの例があるように既存機の再生産は製造ラインが残っている間は容易に決定できるので、うっかり再生産が決定される場合が有り得ます。その可能性の芽を摘んでおきたかったのがF-16再生産の否定の理由となる「新しい安い戦闘機」という牽制球だったのかもしれません。
より速く到着する
ブラウン参謀総長は最初の2月17日の発言で、F-16戦闘機の再生産ではない安い新型戦闘機の能力について「より速く到着する」と発言しています。これが開発速度の意味などの抽象的な表現ではなく、文字通りの戦闘機の速度のことだとすると、F-16の巡航速度よりも速い、つまり「超音速巡航能力」という意味になります。
低強度紛争向けの安い戦闘機であるのに超音速巡航能力を要求する、つまりこれはF-16を否定すると共に戦闘機よりも遅いA-10のような攻撃機の類は拒否するという意思表示です。数年前からテキストロン社がアメリカ空軍に対して亜音速ジェット軽攻撃機「スコーピオン」を提案して既に自主開発して初飛行済みですが、空軍はこういった種類の遅い攻撃機はたとえ新規設計の機体であっても戦闘機の代わりとしては欲しくないのでしょう。
ブラウン空軍参謀総長はF-16戦闘機の再生産を否定し、戦闘機の代替としての亜音速攻撃機の採用も否定しています。これこそが空軍として言いたいことだったのではないでしょうか。
無人戦闘機ではなく有人戦闘機を要求
新しい戦闘機を計画するというのにブラウン空軍参謀総長は無人戦闘機を全く考慮に入れていません。高度な人工知能が要求される自律戦闘型の無人戦闘機が技術的に時期尚早であるなら、有人戦闘機の大まかな指令で戦闘を補佐するロイヤルウィングマン(忠実なる僚機という意味)無人機という考え方もありますが、これすら考慮に入っていません。
ロイヤルウィングマン無人機ならばオーストラリア空軍がボーイングと組んで既にATS(Airpower Teaming System)という機体を開発中で、アメリカ空軍はやや簡易な機体(XQ-58ヴァルキリー)を研究開発しています。
つまりアメリカ空軍は無人戦闘機が有人戦闘機に取って代わる日(完全自律行動型無人戦闘機の登場)はまだ遠い未来になると考えている上に、有人戦闘機を補佐する目的のロイヤルウィングマン無人機であっても有人戦闘機を減らせるようなものではないと考えている(弾薬の一種と見ている)ことが分かります。