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勝てば官軍か。なでしこジャパンを全肯定する哲学なき日本サッカー界を憂う

杉山茂樹スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

 女子W杯決勝トーナメント1回戦。スペインに4-0で大勝した前戦(グループリーグ第3戦)の余勢を駆るようにノルウェーを3-1で下した、なでしこジャパンへの称賛が止まらない。

 そのベスト8入りは喜ばしい話ではある。しかし日本の女子の世界的なレベルは男子より2ランクほど高いという現実を踏まえれば、100%喜ぶべき話とはならない。「世界を驚かせた」は、必ずしも的を射た言い回しではないのだ。

 ノルウェー戦。ビルドアップさえままならない相手との力量差を考慮すれば、後半36分まで2-1で推移する展開を苦戦と称した方が適切との見方もできる。見解は分かれていいはずだ。

 ところが日本の報道は絶賛一色だ。懐疑的な声は聞こえない。不自然。バランス的に問題ありと言いたくなる。

 勝てば喜び、負ければ悲しむ。そもそもサッカーは試合を受けての感情や感想が、この枠内に収まりにくい競技なのだ。結果に運が占める割合は3割。1試合あたりの得点は少なく、番狂わせも茶飯事だ。記録の類が少ないので選手の善し悪しなど多くが主観に委ねられている。選手の並べ方=布陣にも多くの選択肢がある。

 サッカーほど不確定要素の高い競技はない。それこそが最大の特徴であり魅力である。感想は十人十色。議論の余地は無限にある。サッカー談義は尽きない。あーでもない、こーでもないと盛り上がる。世界のナンバーワンスポーツたる所以だ。その本質が「がんばれニッポン!」という世俗的な応援に抑え込まれた状態にあるのがいまの姿だ。

写真:ロイター/アフロ

 昨年11月に開催された男子のW杯=カタールW杯でも、日本国内はこのような気配に包まれていたのだろうか。こう言っては何だが、筆者は2002年日韓共催W杯を除き、日本(男子)が出場したW杯を国内で見たことがない。突っ込みどころ満載だった森保ジャパンをお茶の間のファンはどんな感じで眺めていたか。想像することしかできない。

 4-2-3-1あるいは4-3-3を採用していた監督が本番で突如、3-4-2-1というコンセプトが真逆な布陣を採用する姿をファンはどう見たか。テレビ解説者はそれをどう報じたか。

 7割強のシェア率を誇るオーソドックスな4バックから、シェア率3割弱の5バックになりやすい3バックに布陣を変更して戦ったわけだ。なんの説明もなしに攻撃的サッカーから守備的サッカーにコンセプトを180度変えて戦う日本の姿に、どれほどの人が違和感を覚えただろうか。筆者はそれをこの目で確認することができていない。

 欧州では間違いなく大きな問題になる。欧州サッカーは攻撃的サッカーと守備的サッカーのせめぎ合いを繰り広げながら発展してきた経緯がある。その違いを哲学的に捉えてきた。

 池田太監督が提唱するなでしこジャパンの布陣は3-4-2-1だ。相手ボールに転じるや5バックになる、後方に人員を多く割く守備的なサッカーである。歴代のなでしこジャパンとは異なるコンセプトで今大会に臨んでいる。だが、布陣を変更した理由について森保監督同様、キチンとした説明は行われていない。

 その就任会見では、田嶋幸三会長とともに登壇した任命者の1人である今井純子女子委員長も、その認識に欠けるのではと疑いたくなるような具体性に欠ける言葉を重ねた。池田監督はその一方で、ノルウェー戦後の会見においては「アグレッシブ」を口にしている。

 うっかりしていると誤魔化されてしまいそうな台詞である。この場合のアグレッシブは、言うならば精神論だ。攻撃的精神を持って守備的なサッカーを実践すると言ったわけだ。

写真:ロイター/アフロ

 想起するのは2001年4月、コルドバでスペイン代表と戦ったトルシエジャパンだ。その1ヶ月前、パリでフランスに0-5で大敗するとトルシエ監督は、解任を恐れたのだろう。スペインにフラット3ならぬフラット5(5-2-2-1)で臨み、守り倒そうとした。終了間際、得点を奪われ0-1で敗れると、トルシエは試合後の会見でこう述べたものだ。

「守備はオッケー。あとは攻撃的精神を持って臨むだけだ」と。

 すると日本のメディアは、その言葉をそのまま翌日の見出しにした。敗因を選手の精神論に置き換えようとするトルシエの口上にまんまと欺かれた。ひたすらゴール前を固めるトルシエジャパンを見た知人のスペイン人記者は、筆者にこう皮肉を言ってきたものだ。

「日本ははるばるスペインのコルドバまで守備の練習をしにやってきたのか」

 今回、池田監督が口にした「アグレッシブ」に欺かれたとすれば、日本のサッカーメディアは20年前から進歩していないことになる。

 それはともかく5バックになりやすい3バックの特徴は、サイドアタッカーがウイングバック1人しかいないことだ。縦105mをウイングバックが1人でカバーすれば、サイドアタッカーを両サイド各2人擁すオーソドックスな4バックと対峙すると、サイドで数的不利に陥る。時間の経過とともにウイングバックは専守防衛となり、最終ラインに取り込まれる。

写真:ロイター/アフロ

 ノルウェー戦に先発した両ウイングバック遠藤純(左)と清水梨紗(右)も例外ではなかった。

 マイボールに転じ、たとえば左サイドの遠藤にパスが回っても孤立を余儀なくされた。そこから縦方向への前進を図ることができなかった。ゴールラインが迫る最深部までボールを運び、マイナスのボールを折り返す。サッカーで最も得点が生まれやすいとされる決定機を追求することも、当然のことながらできなかった。深々としたサイド攻撃ができず終い。それこそが守備的サッカーといわれる所以でもある。

 ゴールラインまで20m〜30m程度残した段で、ウイングバックは真ん中方向に侵入することになった。ボールを奪われる位置もおのずと真ん中に偏った。攻守が切り替わる場所はサイドより中央の方が危ない。チーム全体が逆モーションになり、反転速攻を食いやすいからだ。「ボールを奪われるならサイドで」という鉄則から逸脱した、悪いボールの奪われ方を日本は繰り返した。ノルウェー相手には1失点で済んだが、クオリティの高い相手と対戦すれば危険度が高まることは言うまでもない。

 グループリーグの第3戦で日本に0-4で大敗したスペインのサッカーがまさにそれだった。スペインは布陣こそ4-3-3だが、ここ十数年来の男子の代表チームがそうであるように、ウイングが活躍しにくいパスサッカーを真ん中付近で展開した。そこを日本に狙われた。幾度となく反転速攻を食い、失点の山を築いた。

写真:ロイター/アフロ

 日本がよかったというより、悪いボールの奪われ方を繰り返したスペインがダメだった。監督の力不足は目に余った。

 日本がノルウェーにある時間まで苦戦した理由は守備的サッカーを布きながら、相手が弱すぎるが故に攻撃せざるをえなかったことにある。守備的サッカーの態勢のまま攻めた。カウンターサッカーが遅攻を余儀なくされた時、非効率に陥った。スペインには嵌まったがノルウェーには嵌まらなかった。苦戦した理由である。

 スペイン戦は相手の悪いサッカーに救われ、ノルウェー戦は相手のシンプルな弱さに助けられた。準々決勝のスウェーデン戦はどうなのか。ボールを奪われる位置を注視したい。

 そして最後にもう1点、触れるべきはノルウェー戦の選手交代だ。弱者相手に3-1で勝利したにもかかわらず、5人の交代枠を1人しか使うことができなかった。これは監督の力量を推し量る上で、見逃せない大きな問題だと筆者は見る。ノルウェー相手に頭が固まってしまった。

 心配になるのは選手ではなく監督。男子の代表チーム、森保ジャパンと症状は似ている。任命者の問題はそれ以上に大きいのだが。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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