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公設民営を前提としたカジノ導入とは

木曽崇国際カジノ研究所・所長

さて、先のエントリでは、「カジノ合法化に向けてネガティブな情報を幾つか」と題して、ここのところ急に目に付き始めた、自民党法務族のカジノ合法化に対する牽制をご紹介しました。また、同様に現在IR議連が推奨している民営賭博というカジノ合法化スキーム以外にも、「公設民営」という別の形の合法化のあり方も一方で存在するということもご紹介しました。今回は、そのあたりについて改めて解説しておきましょう。

(まだ先のエントリを読んでない方は、以下のリンクから)

カジノ合法化に向けてネガティブな情報を幾つか

http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/8468314.html

1. 日本の公営競技は、すでに「公営ではない」

競馬、競艇、競輪、オートレースの4事業が、我が国において現時点で「合法的な賭博」として認められている事業です。これらは、一般的に「公営競技」と総称されますが、その実態はすでに「公営ではありません」。我が国で採用されている公営競技制度では、すでに民間事業者の一部事業参入を認めており、公から事業受託をするという形式で、公営競技場の開発や運営に対して民間事業者が大きく関与している例が沢山存在しています。

埼玉県の競輪場である西武園競輪は、その開業当初から西武鉄道グループが施設の保有をしていますし、大阪市の住之江競艇場は南海鉄道グループの住之江興業が施設全体の保有を行なっているほか、「自治体からの受託」という形で公営競技場の運営全般を取り仕切っています。ちなみに、現在、大阪府知事の松井氏は元々この住之江競艇の開業に大きく関与した政治家一族の出身で、ご自身も政治家へ転身する以前は住之江競艇場の電気工事・保守点検事業を一手に請け負う電気工事会社(株式会社大通)の元社長であった事は大阪界隈では「公然の秘密」となっています。

…と、話はズレてしまいましたが、いずれにせよ現在我が国で採用されている公営競技が採用する公設民営の賭博統制制度の中であっても、民間事業者による開発&運営を前提としたカジノ施設の導入は可能なのであって、先のエントリの通りわざわざ法務省が危機感を示し続けている「民営賭博としてのカジノ合法化」という難しい制度的選択を行なう必要がないという事です。

2. アナタの言う「本邦初」は、「先人が誰もやらなかった」だけ

それでもなお、民営賭博としてのカジノ合法化を推しているグループは「今回の試みは本邦初の革新的な案である」と胸を張っているわけですが、そういう方々には「アナタの仰る『本邦初』は、先人が検討の結果、やらなかっただけ」という言葉を贈りたいと思います。そもそも、賭博の民営化の検討は今に始まったものではなく、2001年から始まった小泉政権による「聖域なき構造改革」の中でも散々論議され尽くした案件なのですよ。

皆様もご存知のとおり、小泉政権は「官から民へ」を旗印として、すべての行政分野に文字通り「聖域なく」切り込んだ政権です。その象徴として最も知られているのがそれまで公共性の高い事業として維持されていた郵政の民営化ですが、それと同様の民営化に向けた政治的圧力は当時の公営競技の世界にも強力にかけられていました。

当時の小泉政権では、竹中平蔵氏が行革担当大臣となり、競馬、競輪、競艇、オートレースと、それぞれの公営賭博を所管する官庁に検討会議を設けさせ、その実施にあたって法的、制度的、そして市場競争的な観点から、実現性を検証させました。ただ、この時の検討においても、市場競争力強化のための民間ノウハウと資金力の取り込みは必要とされながらも、現在の刑法解釈の元で賭博事業を完全民営化することは不可能であるとの結論が出され、その結果、生まれたのが先述の「公設民営」を旨とする公営賭博制度です。2003年には最も民営化に対して柔軟な立場に居た経産省が自転車競技法を改正、それを追う形で2004年に競馬法、2007年にモーターボート競走法と小型自動車競走法の改正が行われました。

民営事業化を前提とする法改正に最も時間の掛かったモーターボート競走法と小型自動車競走法の改正が2007年ですから、多くの官僚にとっては賭博事業の民営化検討は「ついこの間、総括が終わったばかり」の案件であって、今回のIR議連による民営賭博の合法化提案は「ウソでしょ!?またやんの??」状態。事実、私、某公営競技を掌握する部署の担当官にレクした時に、「それこの前、終わったばっかの案件じゃん…」とまさに直球のコメントを投げかけられたことがあります。そもそも、IR議連の推す民営賭博案には反対のスタンスの私としては、「そうですよね…心中お察しします」と、苦笑いをする以外ありませんでした。

3. そもそも「民営化でなければならない根拠」がよく判らない

そもそも、民営賭博化を推奨するグループが主張する「我が国で新設されるカジノが民営賭博でなければならない理由」自体が、これまでの論議の中で二転三転してきていて、よく判らないのですよ。

a) 「資金調達が出来ない」論

私の記憶の中で、最も古い時代に彼らが主張していたのが「公設民営では十分な資金調達ができない」というもの。公設民営、すなわち公民連携事業の一環として検討が始まった当初のカジノ合法化案は、1999年施行の旧・PFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)の一貫として検討が行われていたものです。当時のPFI法は先行するイギリスの制度を模倣して日本で導入したものでありましたが、非常に使い勝手が悪かったことでも有名で、特に大規模資金調達を必要とする事案において民間事業者に投資リスクを負わせる事が実質不可能であるなど、様々な不備がある制度となっていました。その結果、「公設民営ではカジノのような大規模資金の調達が出来ない」という主張が形成され始め…というのが、当時の流れだったはずです。

この主張は旧PFI法制下であった当時、何となく「モットモらしく」聴こえる論であったのは確かです。しかし時代は巡り、現在のPFI法はカジノと関係ないところですでにそれら制度的不備が指摘され、2011年に改正がされたもの。旧PFI法では難しかった大型の新規開発事案への適用も制度上は可能になっています。これらを既存の賭博統制制度にどのように適用するかという技術的な課題はあるにせよ、当時の状況とは環境が全く異なるワケで、「公設民営では資金調達が出来ない」という主張はその前提が全く崩れています。

現在、民営賭博の合法化を推奨するグループのこの視点における主張は「諸外国に公設民営のカジノは事例があまりなく、肝心要の外資オペレータにとって分かり難い。故に資金調達が難しい(と外資企業が言っている)」という何とも弱々しい主張になっています。私から言わせれば、別にPFIそのものが海外にないワケでもなく、その程度のスキームを投資家や融資先にキッチリと説明できないような外資企業さんは、むしろ日本に進出して頂かなくてよろしいんじゃないでしょうかね、といったところ。その際には国内企業中心の出資元で、事業開発を行なえば良いだけの話であって、それが「民営賭博でなければならない理由」にはなりません。

b) 「公が賭博リスクを負うべきではない」論

上記のような「資金調達が出来ない」論が何となく理屈が立たなくなってきた後に、民営賭博派が持ち出してきたのが「公が賭博リスクを負うべきではない」論です。

カジノで提供されるゲームというのは「バンクド・ゲーム」と呼ばれる「ゲームルールの中に胴元の取り分(控除率)が組み込まれる」形式のゲームです。この種のゲームが、競馬や競艇などを代表とする「パリミューチュアル・ゲーム」と大きく違うのは、短期的には胴元が大きくゲームで負け込み、ゲーム結果が胴元にとって赤字になるリスクを抱えているゲームであるということ。これをもって「賭博リスクを公が負うべきではない」→「ゆえに、民間賭博でなければならない」という論を展開し始めたのが、その後の彼等の主張の変遷です。

私からすれば「何だか一気に仔細な話になっちゃいましたね…」としか言いようがないのですが、彼等の主張の理屈は判る。ただね、競馬や競艇が例えパリミューチュアルゲームであってゲームの結果で胴元が赤字になる事はないとはいっても、その先にある運営事業費などを差し引いた事業収益の面では、当然赤字になるリスクはある…というか、事実、多くの現存する公営競技場は赤字であるワケで、現在の公営賭博統制方式の「公設民営」スキームの中でもその赤字リスクを民間に負わせる制度はすでに存在します。

具体的には公-民間で結ばれる運営委託契約の中で、事業が赤字となった場合の特約条項というものが付いていて、万が一事業が赤字になったとしても民間側は一定の金額の納付(収益)を公に対して保証するという「収益最低保証」が設定されているのです。カジノにおいても同様の条項を公-民間契約の中に入れ込めばよいだけの話。そもそも短期的に赤字が出ようとも、大数の定理上、中長期的には必ず胴元側にゲーム売上が残ることを知っている事業者側は、そのような条項が契約に入ることを大きなリスクとは見ません。

このような私の論に対して、民営賭博派の論者は「例えそのような特約条項があろうとも、賭博事業の主催者(施行者)が公である限りは、万が一、受託者が破産した場合にその債務を逃れ得ない」と主張するわけです。「これまた非常にレアなケースを持ち出した主張ですね…」というのが第一印象でしかないのですが、確かにそうですね。でも、これもまた既に現在の公設民営制度はすでに乗り越えているんですよね。

賭博事業が破綻した場合に、そのリスクが公会計に及ぶ可能性があるというのは既存の公営競技も全く同じ構図であって、現在の公営賭博制度はそれを乗り越えるために、賭博事業の主催者(施行者)を「公的な性質を持った主体」と限定をしているだけで、「公そのものでなければならない」とはしていないんですね。例えば、中央競馬の主催者は法律上、日本中央競馬会(JRA)と呼ばれる組織となっていますが、これは農林水産省から切り出された特殊法人であって、行政官庁たる農水省そのものではありません。まぁ、この種の特殊法人を新設するというのは何となく今の行政の風潮には合わないですし、特殊法人は会計的に必ずしも公と完全分離されていない部分がありますから、だとすれば行政府からより高い独立性を持って公的事業を行なう主体である独立行政法人を施行者にするという案もあるでしょう。事実、JRA以外の多くの公営競技に関与する団体は、独立行政法人の形式を取っています。

もっと言えば、実は現存する公営競技場の中では、公営企業(100%公が出資する企業)が事業の主催者として指定されているケース(浜名湖競艇場の「企業団モデル」)もあるワケで、実は公営賭博事業の会計を公的主体と切り分け、倒産リスクを公に及ばせない手法というのは既存の制度内に既にナンボでも存在している。民営賭博派の方々の、完全なる勉強不足です。

c) 「公設民営を地方自治体が望んでない」論

そして最後に、民営賭博派が最近、持ち出すようになった「民営でなければならない」論が、公営競技と同様のスキームでは地方自治体が賭博の主催者でありながら、同時に地域の行政主体としてそれらを管理する両方の立場となる。これは地方自治体にとって非常に難解な作業であり、また、それらを実質的に取りまとめられるような行政能力が自治体側にはない。それ故、公設民営スキームそのものが望まれていない(と自治体側が言っている)…という主張です。

私としては、ここまで至ると何とか民営賭博案を正当化する為に必至で理由を作っているに過ぎず、もはや失笑する以外の反応は示しようがないです。今の公営競技場の殆どは「施行者が自治体、管理者も自治体、そしてその先に民間事業者に管理運営を委託しているケースもある」という形式で存在しているワケですが、もしこのようなスキームが難解すぎて各自治体が対応できないとするのならば、既存の公営競技場はどのようにして存続しているというのでしょうか?「バカも休み休み言いなさい」のレベルです。

100歩譲って「自治体にはその能力がない」としましょう。でも、それも既に現状の公営競技の制度設計は乗り越えているのですよ。それが、先述の日本中央競馬会の存在です。我が国の公営競技場において、中央競馬と呼ばれる公営競技だけは、国の特殊法人が直轄で管理している事業であり、施設が立地する自治体はあくまで「立地自治体」として周辺施策つかさどり、それらを管理する主体でしか有りません。もちろん近年は競技場そのものの新設というのはないワケですが、一方で場外馬券場の設置に関しては未だ地域主導で積極的に行なわれており、しかも現在の場外馬券場(車券場、船券場も含む)はそれこそ最も民間企業による投資開発が行なわれている公営賭博分野でもあります。

例えば、これは私がよく講演会等で使う例ですが、読売巨人軍のホームグラウンドが存在する東京ドームシティは、野球場はもとより、「格闘技の聖地」である後楽園ホール、ホテル、ショッピングセンター、飲食店、SPA、遊園地、国際会議&展示施設などが、場外馬券場と共に開発されている複合観光施設です。施設そのものの開発運営は100%民間企業、かつ東証一部上場企業である株式会社東京ドームが行なっており、同時に公との契約の元で中央競馬と東京都競馬の場外馬券場が存在しているワケで、この場外部分がカジノに置き換われば、そっくりそのまま「統合型リゾート」と呼んで差し支えない施設といえるでしょう、

このようにすでに存在している公営賭博スキームがカジノ導入に応用できない理由は全くなくて、ここまで私が長々と論じたものを、全部全部取り込んでなんとなくスキーム図として纏めると、以下のようなものとなります。

「公設民営」型のカジノ導入方式(概略図)

公設民営カジノ概略図
公設民営カジノ概略図

正直、私としては民営賭博派が主張している「民営でなければならない理由」は、もはや「言いがかり」レベルのものが大半であって、ここまで丁寧に対応する必要はないとは思っています。しかし、例えば現行の公営賭博の制度の範疇であってもこのレベルまでは十分に対応出来るということ。結論としては、我が国で導入されるカジノが、既存法制と完全に齟齬を生み、関係各所からの反発が必至な民営賭博でなければならない理由というのは、ほぼ存在しないということです。

国際カジノ研究所・所長

日本で数少ないカジノの専門研究者。ネバダ大学ラスベガス校ホテル経営学部卒(カジノ経営学専攻)。米国大手カジノ事業者グループでの内部監査職を経て、帰国。2004年、エンタテインメントビジネス総合研究所へ入社し、翌2005年には早稲田大学アミューズメント総合研究所へ一部出向。2011年に国際カジノ研究所を設立し、所長へ就任。9月26日に新刊「日本版カジノのすべて」を発売。

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