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「長回しはなくならない」。長編第1作で大物スタッフを迎えたA24注目新鋭のワンショット殺人ミステリー

杉谷伸子映画ライター
『メドゥーサ デラックス』

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』『1917 命をかけた伝令』など、緊張感が魅力のワンショット映画の系譜にまた一つ快作が加わった。

これが長編第1作のトーマス・ハーディマン監督によるイギリス映画『メドゥーサ デラックス』が描くのは、ヘアコンテスト会場の舞台裏。コンテスト当日、開催直前に優勝候補と目されていたスター美容師が頭皮を切り取られた変死体で発見される。動揺し、さまざまな憶測を繰り広げるライバル美容師やモデルたち、コンテスト主催者や被害者の恋人、警備員たちをカメラが追いかけていく。

北米配給権A24が獲得したというあたりからも、作品の面白さが想像できるハーディマン監督に話を聞いた。

監督・脚本:トーマス・ハーディマン/映画やテレビでアートディレクターやラインプロデューサーを経験。初の短編監督作『RADICAL HARD CORE』('16)で注目を集め、本作で長編デビュー。
監督・脚本:トーマス・ハーディマン/映画やテレビでアートディレクターやラインプロデューサーを経験。初の短編監督作『RADICAL HARD CORE』('16)で注目を集め、本作で長編デビュー。

密室状態のコンテスト会場で起きた事件の顛末や犯人探しの緊張感もさることながら、髪に対する人間の情熱や執着が鮮やかに立ち上がることにも興奮せずにいられない本作。なぜ、このミステリーをワンショットで撮影することにしたのか。

「サウンドにしてもカラーにしてもいろいろ技術が進化していくと、新しいものが出てきたタイミングでそれまでのトレンドが“もう古い”と言われことが多いですよね。でも、僕から見ると、とりわけ映画においてテクノロジーの進化は、いろいろな可能性を広げて、これまでと異なる語り口を与えてくれるもの。

ティーンエイジャーの姪っ子はポストインターネット世代を体現していて、メイクやヘアをYouTubeで学んでいますし、これからもそういう流れはどんどん進んでいくでしょう。そうしたなかで、ロングテイク(長回し)は消えていくという人もいるけれど、僕は逆にYouTube的な領域においても世の中がロングテイクにもっと慣れ親しんでいくような予感がしているんですよね。僕自身もポストインターネット世代の脚本家として、ストーリーも今までと違う語り方ができるのではないかと信じています。

それに、大変なことがたくさんあればあるほど、人と人は繋がっていくことができて、関係性が強固になっていくし、それによっていろんな境界を壊していくことができると思うんです」

とはいえ、コンテストで披露されるはずだったアーティスティックなヘアスタイルが登場したり、監督の指示どおりには動いてくれない赤ん坊も登場したり。ただでさえ大変なはずのワンショット映画を困難にする要素もいっぱい。

撮影はイングランド北西部のプレストンのプレストン・ギルドホールで行われた。

「撮影期間は9日間しかなかったんです。2週間のリハーサル期間に、ZOOMで役者たちを繋いで、僕がiPhoneを片手にそのスペースの中を歩いて移動して、合わせていきました。撮影では赤ちゃんがずっと泣きっぱなしで、撮影が1日潰れる事態もありました。9日間のうち1日潰れるのはすごく大変だったんですけれども、赤ちゃんが双子で。1人はすごく泣く子でしたが、幸運なことに1人は全く泣かない子だった。クレジット的には2人の名前がありますが、実際にこの映画に映っているのは1人だけなんです」

ワンショット映画といっても実際にはカットが繋がれているわけだし、シーンを繋いだポイントがはっきりわかる作品もある。そこを見つけるのが楽しみの観客もいるわけだが、本作は実に自然にカメラが移動していく。実際には何ヶ所繋いでいるか、あえて聞いてもいいですか。

「絶対に言いませんよ(笑)。でも、映画のシークエンス的には絶対にカットがないと無理ですよね。ただ、実際にはそんなに必要なくて、結果的に当初想定していたよりもカットは減らしました。それは役者の演技やカメラワークに負うところが大きい。彼らがそれだけパーフェクトな流れを作ってくれたことが成功の秘訣と言えます。

映画の冒頭に35分のテイクがあるんですね。こうしたステディカムを使った映画作りとしては、画期的に長いテイクになってるんじゃないかと思います。映画の中にすんなりと入ってほしいですし、のちのち大きな意味を持つ空間になっているので、この冒頭のシークエンスはすごく大事。狭い部屋の中で撮影していますし、それを達成するのはすごく大変でしたが、クレア・パーキンス(ライバル美容師クリーヴ役)が驚くべき演技をしてくれたので助かりました」

クリーヴらの楽屋裏でのやり取りから被害者をめぐる人間関係が見えてくる冒頭の長回しならではの臨場感に引き込まれ、編集ポイントを探すのを忘れてしまうほど。

「キャラクターがストーリーを牽引していく作品にしたかったので、そういってもらえるのはすごくありがたいですね。何か事件のヒントがあるとカットするのがミステリーものの常套手段ですけれども、まず、ドラマ性や、人と人を繋げていく情熱が大事だと思うんですね。この作品では、あるコミュニティに属している人たちの関係性が、一度破壊されて、また形成されていくイメージで感覚的に作っていきました」

エキサイティングでアーティスティックな世界を創り上げたスタッフについては、後編でお伝えします。

『メドゥーサ デラックス』

10/14(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

(c)UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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