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三冠の『敵』や観客賞『小さな私』。アジアがさらに輝いた第37回東京国際映画祭。受賞作公開への期待。

杉谷伸子映画ライター
『敵』 (c)1998 筒井康隆/新潮社 (c)2023 TEKINOMIKAT

10月28日から11月6日に、トニー・レオンを審査委員長に開催された第37回東京国際映画祭ガラ・セレクションで上映されたジェシー・アイゼンバーグ監督作『リアル・ペイン〜心の旅』小泉堯史監督作『雪の花−ともに在りて−』など話題作のかずかずも、年明けには公開を控えるなか、東京グランプリ最優秀男優賞最優秀監督賞の三冠に輝いた吉田大八監督、長塚京三主演の『敵』が1月17日に公開される。

『敵』は、預金が尽きるまでが自分が生きられる時間だと慎ましくも日々を丁寧に生きている元大学教が主人公。そんな日常が不穏な気配を帯びていくさまを、ある日パソコン画面に映し出された「敵がやって来る」という不穏なメッセージと重ねて描き出す。

自身の専門であるフランス文学を学ぶ大学生や長年交流が続くかつての教え子への恋愛感情めいた想いや、亡き妻への後ろめたさに、主人公の男としての“いろいろ”を浮かび上がらせつつ、性別を問わず、誰にも訪れる「敵」について思いをめぐらせずにいられなくなる作品だ。

モノクローム映像が、夢と現実の境界が曖昧になる世界への没入感を高めるとともに、ときにユーモアを交えて描かれるその世界に深遠さを与えて効果的。芸術的でありながら、小難しいわけではない。アート系映画好きならずとも引き込まれずにいられない作品になっているあたり、三冠も納得。

近年、アジアの作品に力を入れていることで、独自のカラーを見出しつつある東京国際映画祭。今年はさらにアジア圏、とりわけ中国語圏からの作品に輝きを感じた観客も多いのではないだろうか。実際、最優秀芸術貢献賞『わが友アンドレ』(監督:ドン・ズージェン)。観客賞『小さな私』(監督:ヤン・リーナー)など、受賞作でも中国映画が存在感を見せていた。

『わが友アンドレ』 写真提供:第37回東京国際映画祭
『わが友アンドレ』 写真提供:第37回東京国際映画祭

『わが友アンドレ』は、父の葬儀のために故郷に向かった青年が、中学時代の親友との不可解な再会を通して、少年時代の記憶と対峙する心の旅。

『山河ノスタルジア』などで知られる俳優ドン・ズージェンの監督デビュー作だが、荒涼とした風景のなか、少年時代と現在を交錯させながらアンドレとの過去を解き明かしていく映像の幻想的な美しさにも魅了される。

『小さな私』は脳性麻痺の青年のひと夏の成長物語。大学受験を目指す主人公を後押しし、彼の世界を広げることに積極的な祖母と、息子をめぐるさまざまな現実を受け入れられない母親を対比させながら、障がいはあっても恋においても学業においても自分は一人の青年であるという主人公の想いを、登場人物たちを美化することなく、それぞれの温かさや痛みとともに描いた感動作。

中国語題の『小小的我』と英題『Big World』が同時に映し出されるタイトル画面からして、主人公と世界の関係を的確に表現していて印象的だ。『少年の君』のイー・ヤンチェンシーが、身体を自由に動かせない主人公の葛藤をまさに全身全霊で表現。観客賞も頷ける、愛さずにいられない作品だ。

受賞はならなかったが、シルヴィア・チャンが事故で急逝した娘とその同性のパートナーが遺した体外受精卵をどうするかの選択を迫られる母親を演じた台湾映画『娘の娘』には、現代的な題材を扱いながら、母と娘という普遍的なテーマを見つめさせられて、心を揺さぶられた。

『小さな私』 写真提供:第37回東京国際映画祭
『小さな私』 写真提供:第37回東京国際映画祭

昨年、審査員特別賞と最優秀女優賞をW受賞した『TATAMI』は、来る2月25日に漸く公開される。このように受賞作だからと言って、すぐ公開されるわけではない。だが、出品された数々の良作の日本公開への期待を高めてくれるのも東京国際映画祭の楽しみの一つ。2025年も、そうした作品に映画館で出会える日を楽しみに待ちたい。

【第37回東京国際映画祭 受賞結果】

コンペティション部門

東京グランプリ/東京都知事賞:『敵』(監督:吉田大八)

審査員特別賞:『アディオス・アミーゴ』(監督:イバン・D・ガオナ)

最優秀監督賞:吉田大八(『敵』)

最優秀女優賞:アナマリア・ヴァルトロメイ(『トラフィック』)

最優秀男優賞:長塚京三(『敵』)

最優秀芸術貢献賞:『わが友アンドレ』(監督:ドン・ズージェン)

観客賞:『小さな私』(監督:ヤン・リーナー)

アジアの未来部門 アジアの未来作品賞

『昼のアポロン 夜のアテネ』(監督:エミネ・ユルドゥルム)

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『SCREEN』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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