A24注目のワンショット殺人ミステリー『メドゥーサ デラックス』:監督インタビュー後編
ヘアコンテスト開催直前に起きた変死事件をめぐるワンショット殺人ミステリー『メドゥーサ デラックス』。
【「長回しはなくならない」。長編第1作で大物スタッフを迎えたA24注目新鋭のワンショット殺人ミステリー】に続き、トーマス・ハーディマン監督のインタビュー後編をお届けします。
ハーディマンはこれが長編監督第1作だが、ヘアスタイリングにパリコレなどで活躍するユージン・スレイマン、撮影に『女王陛下のお気に入り』でアカデミー賞候補になったロビー・ライアンという超一流スタッフを迎えている。
新人監督の作品にこれほどの大御所たちが参加しているのは驚くべきことでは? なぜ、こんなすごい顔ぶれが実現できたのか。
「まさにそうなんですよね。僕は映画作家で、ユージンはハイファッションの人間とフィールドは違うけれども、彼のことは長い間フォローしていて、彼がアレキサンダー・マックイーンやジュンヤ ワタナベといった人たちと仕事してきたのもよく分かっている。
なので、彼に心から敬意を表してアプローチしました。グーグルで調べただけじゃないことを彼がわかってくれたのが大きいですね。ヘアドレッサーの映画を作りたいんだけど、それにはあなたの力が必要だとお願いしました。
ユージンはいろんなものをぶっ壊して、そこからまた新しいものを生み出すパンク世代。僕はインターネット世代ですけど、この2つの世代は何もないところから新しいものを生み出すところがとても似ていて、仕事の仕方でも感覚的にいろんなことが共有できました。僕は今の若い世代なりの描き方を追い求めているので、そうした共闘のような形で仕事ができたんではないかと思っています」
それは、『女王陛下のお気に入り』に続き、ヨルゴス・ランティモス監督の最新作『哀れなるものたち』(24年1月公開)にも参加している撮影監督ロビー・ライアンに関しても同じ。
「映画監督には現場で怒鳴ったりするイメージがあると思うんですけど、僕は全くそういう人間ではなくて、共同で物事を生み出したいタイプなんですね。ロビーはとても温厚で優しい人で、彼が楽しんで映画作りに入り込んでくれているのがすごく感じられて嬉しかった瞬間がたくさんありました。
たとえば最初のシーンの撮影中には、あれほどのキャリアの持ち主が、カメラに映り込まないようにテーブルの下に隠れていて、クレア・パーキンス(被害者のライバル美容師クリーヴ役)が素晴らしいパフォーマンスを見せているタイミングで、微笑んでいるのを目にしたりして。世代は違いますが、彼とは同じ言語を理解している感覚があります」
日本の観客としてこの作品に注目する理由の一つに、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や『ミッドサマー』のA24が北米配給権を獲得したことがある。
その事実は観客に本作の面白さを確信させるが、映画監督にとって、A24によって北米配給されることの意味は?
「彼らが僕の映画に興味を持ってくれたことも、配給してくれることも、とても嬉しく思っています。彼らが、これまでとは異なるタイプの感性や物語の語り方が生まれてきていることに気づきはじめてるんじゃないかなと感じていますね。
多くの映画作家は子供時代からカメラを持って映画を作っていたんじゃないかと思うんですけど、自分はカメラを持ったこともなかったし、ニンテンドーを持っていて、マリオがジャンプする世界で遊んでいたりした。そういう経験が映画の撮り方にも表れているんじゃないかなと思っています。
それに、日本で公開されることもすごく嬉しくて。一度も行ったことがないので、公開に合わせて行きたいですね。
ユージンはジュンヤ ワタナベといろんな仕事をしてきていますし、僕もコム デ ギャルソンや日本のファッション、アーティストについても興味を持っています。
ポール・シュレーダーが撮った『ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ』で三島由紀夫に興味を持ったので、彼の本をいろいろ読んでみたいとも思っています」
映画少年ではなかったハーディマンは、なぜ、映画監督を志すことになったのか。
「映画監督になるなんて、実際、思ってなかったかも。クラスで一番絵が描けるような子というところからスタートして、自分の興味はずっとアートにあったんです。ドローイングからペインティング、そしてスカルプチャーとどんどん広がって。
17歳でロンドンに出て、アートスクールに通いながら映画作りの可能性に出会っていく。ロンドンなのでクラブに出かけて、ダンスに触れたりするうちに、徐々に物語というものに惹かれていって。自分は物語を書くような人間だとは思っていなかったけれども、最初のショートフィルムに繋がっていく。
なけなしのお金を全部注ぎ込んで撮ったので、今、そのお金があったら、もっとほかの使い道があったのかなと思いますけれども(笑)。幸運なことに、そのショートフィルムに興味を持ってくれる人がいて、今に繋がっているのは嬉しいことですね」
「みんなが予期しなかったようなカーペットについてのショートフィルム」と語る短編第1作『RADICAL HARDCORE』(2016)は、BFI(British Film Institute:英国映画協会)のNetwork Pick Seriesを受賞。その後、BFIの支援を受け、短編を制作し、本作での長編デビューに至っている。
ハーディマン監督は、自身の母親ら地域コミュニティの一部だった美容院で、彼女たちの会話を聞くのが大好きだったそう。なるほど、本作の会話劇的な要素にも納得だ。
「『メドューサ デラックス』のメドューサは神話に基づいていますが、それはそもそも性差別的なイメージですよね。メドゥーサには、もともと知的な女性が社会から押し出されるようにして辺境に押しやられ、怪物のように扱われるという意味合いがあると思うんですけども、そういう神話を解体したかった。皆さんには、キャラクターたちが体現してくれる、人生へのパッションを受け取っていただけると嬉しいです。それに尽きますね」
エンディングには、まさにそのパッションを象徴する演出が待っている。ワンショット殺人ミステリーの緊迫した空気感を大胆に覆すラストも、ハーディマン流の新しい語り口のひとつと言えそうだ。
『メドゥーサ デラックス』
10/14(土)シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
(c)UME15 Limited, The British Film Institute and British Broadcasting Corporation 2021