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理化学研究所「一般公開」潜入記 ~理研にある2つのスパコン~

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

4月19日、埼玉県和光市にある理化学研究所の一般公開が行われた。毎年1回、国の科学技術週間にあわせて公開しており、STAP細胞や小保方さんの報道の影響が相当あったようで、公開を開始した1960年以降最多の約11000人が来場したとのこと。

前回の記事「理研とスパコン ~今だからこそ、あの時の仕分けを振り返る~」を書いて以降、理研のガバナンスやスパコンについての問合せが多くあり、私自身も理研の研究内容をより詳しく知るべく、一般公開に参加した。実感としても来場者は多く、特に制服を着た中高生の姿が目立っていた(社会科見学の一環?)。

理化学研究所は独立行政法人で、約3400名の職員・研究員を抱え、収入約988億円の87%にあたる860億円の国費が投入されている。そのうち、運営費交付金は約580億円で、これは教職員数5400名の京都大学と同規模、平成24年度決算ベース)。会場では、様々な研究の紹介が行われており、科学への興味を持ってもらうには十分だと率直に感じたのだが、「あれ?」と首を傾げたくなる点もいくつかあった。

一つは、理研内の情報基盤センターにある4Dシアター。

野球の投手が投げるボールが、どのような空気抵抗を受けて変化しているのかを研究しており、例えば田中将大投手が投げる「スプリット」のボールの回転と、ボール周辺の空気の動きをバーチャルで再現している。野球経験者の私としてはとても興味深いものだ。

このシアターには、実際に田中投手が投げるストレートやスプリットを3Dメガネをかけて打つことができる、いわゆる「バーチャルバッティングゾーン」がある。私も体験したが、大変におもしろい。でも、なぜこれが独法の中にあるのだろうか。何の事業として作られたのだろう。このシアターには観客席があるほか、通常の映写だとバッターの影が投手側にできてしまうため、壁を壊して特製の半透明で一枚板のスクリーンを設置していたり、これも特製のバーチャルなボールに反応できるバットが用意されていたりと、予算の約9割が国費で成り立っている組織からすると、贅沢ではないかと疑念を持たざるを得なかった(維持管理コストはわからないが)。

予算事業になっていなかった「もう一つのスパコン」

もう一つは、神戸の「京」以外に存在するスパコン。

理研には、演算速度が一時期世界トップ(10.5ペタフロップス)であった「京」が神戸にあることは有名だが、実はもう一つ、私の行った和光市の本所でもスパコンを持っている。「RICC」と呼ばれるもので、2009年10月に運用開始。演算速度0.1ペタフロップスは、当時の日本ではトップクラスの速度であった。また、RICCは理研の研究員のみ、かつ無料で利用できるスパコンで、年間8億円以上の経費がかかっている(理研情報基盤センターホームページより)。

2009年10月というと「京」の開発がすでに進んでいたタイミング(事業仕分けを行ったのも2009年10月)。思い返せば、仕分けの場でもその準備段階においてもRICCのことが俎上に載ることはなかった。改めて調べてみると、その理由は「中期計画書」にあった。

理研は独立行政法人であるので、「独立行政法人通則法」により中期目標とそれに基づく中期計画及び年度計画の策定が義務付けられている。理研の当時の中期計画(H20~24)には、「京」についての存在がはっきり書かれているが、和光のRICCについては明示的な記載はなく「研究活動を支えるIT環境のさらなる整備」とだけ書かれており、年度計画では「大型計算機」と言い換えられていた。これではなかなか探し当てることは難しい。

実は、現在の中期計画にも同様のことが記載されており、年度計画には、「IT環境のさらなる整備を図るため、(中略)大型共同利用計算機の更新に向けて仕様の検討を行う」となっている。見学の際に研究員が「スパコンは大抵が5年間でリプレース(更新)される」と言っていたことも含めると、RICCは今年度更新されることになる(一般的に更新するときは演算速度を速くするため、今回は10倍程度は速くなるのではないかとのこと)。

中期計画をさらに注意深く読むと、和光のスパコン更新は「経費を削減するための事業」として行われることが分かる。これは、理研の中期計画に書かれている「中期目標期間中に一般管理費を15%以上削減し、その他の事業費について毎年1%以上の業務の効率化を図る」ために研究資源活用の効率化が必要で、その手段の一つである情報化の推進として大型共同利用計算機(スパコン)を作るという論理になっている。つまり、経費削減の一環としてスパコンを新たに作ることになる。

なお、本来は研究の自由度を高めるための使いやすい研究費として「運営費交付金」が理研に交付されている。運営費交付金は、計画に縛られずに柔軟に使えるため、何が発見されるか分からない研究現場では効果的だと聞く。しかしこの柔軟性を逆手に利用すれば、年間8億円以上かかる和光のスパコン事業が、中期計画で明示せず、かつほんの一文を解して実施できてしまうことにも留意すべきだ。

ガバナンス強化策は国民への透明性の確保

現在のRICCの利用状況はかなり高いと聞いている。ただ、以下の2つのことから考えて、更新には十分な議論が必要と考える。

  • 一概にスパコンといっても用途の限られているものや汎用性の高いものなど様々な形態があり、演算速度については、0.1ペタクラスのスパコンは大学などにも今はあるので、自分の組織になくても自分の研究内容に合うスパコンを、使いたいタイミングで探して利用しているという、研究員数名に取材した内容などから見えてきた運用実態
  • 理研には1100億円ものお金をかけた「京」があり、既にスパコンが大学などにも存在している中で、約9割が税金で運営されている独法が新たに開発することの必要性

以上の2つの例から考えた時、理研のガバナンスが問われているいま、事業の重複などがチェックできているのだろうか。経費削減のための措置でスパコン事業を行うことや仮想バッティングのシアターを持つことに対して、理研内のチェックがどのように行われてきたのか、国民にしっかり示していくことが重要ではないか。

神戸と和光にある理研の2つのスパコン。そして今後開発予定の「京」の100倍の速度を目指す「エクサスケール・スーパーコンピュータ」。これらの今後の動きを私たち国民がしっかりウォッチしていく必要がある。

※理研の中期計画はこちらに公開されている。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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