理研とスパコン ~今だからこそ、あの時の仕分けを振り返る~
一連の小保方騒動に関して、小保方氏本人や共著者、所属する理化学研究所などについて、様々な論評がなされている。その中には、過去、理研や「スパコン」について政府が行った「事業仕分け」を引用している記事も少なくない。
私は当時、行政刷新会議事務局で事業仕分けの運営や仕分け作業のコーディネーターを務めていたのだが、引用されている記事やtwitterの中には、誤解や曲解されているものも目立つので、あの議論は一体何だったのか、この機会を捉えて整理したい。
なお、ここで記載する内容は、誰かの肩を持つことや逆に貶めることを意図しているものではなく、当時現場にいた一人として、また事業仕分けという手法を発明した構想日本に所属する身として、事実を伝えることを目的としたものである。
平成21年11月の事業仕分けの対象事業として取り上げられ、蓮舫議員の「2位じゃダメなんですか」で国民誰もが知るところとなった「次世代スパコン事業」。あの事業はどのようなことをしていたのか? 簡単に言うと、
・スーパーコンピューターとは、気象や震災の影響などの予測に活用するもので、回転速度が速ければその予測結果を出すことも速くなる。
・この分野は世界の競争力が高い中、日本は世界最速を目指しており、1秒間に1京=10ペタフロップスの計算性能を持つコンピューターの開発を行っていた。
・平成17年~24年までの7年間で約1150億円の予算投入を予定(仕分けを行った21年度までに545億円を投入)。
・開発は、独法の理化学研究所を中心として富士通、NEC、日立の民間3社との共同プロジェクトだったが、21年5月にNECと日立の2社が撤退。システム構成の見直しを迫られ、方式を「ベクトル・スカラー複合型」から「スカラー型」へ変更。
そして、仕分けの時にはどのような議論がされたのか。
・2社の撤退によって大きくハードが変更になった中で、ソフト開発を同時に行う意味。
・スピードだけを求めるのではなく大事なのは利用者(研究者)の使いやすさ。例えば、1台のスパコンに10ペタを搭載するよりも、1ペタのスパコンを10台作って実際に利用する全国の若手研究者のいるところに置くなどの考え方もあるのではないか。10ペタのスパコンを開発すること自体が目的化していないか。
・アメリカが24年までに10ペタのものを作ろうとしている中で、仮に一度日本のスパコンが世界最速になったとしてもいつまで世界一でいられるのか。
・サイエンスには費用対効果がなじまないことは理解するが、1000億以上もの税金が投入されることの成果が全く見えてこない点は、改善すべきではないか。
こういう議論の中で蓮舫議員から「世界一になる理由は何があるんでしょうか? 2位じゃだめなんでしょうか?」という言葉が出た。
要するに、スピードが世界一になったところで、利用者の使い勝手が悪ければ使われない。しかも、すぐに抜かれるだろうという予測もある。なぜそれなのにスピードばかりにこだわるのか? という趣旨だった。
この仕分けの議論は1時間半ほどかかった。議論の後半の大部分は世界一を目指す意義についてだった。つまり、「なぜ2位じゃダメなのか」という趣旨の質問は蓮舫議員だけじゃなく、スパコンの利用者側の立場でもある金田康正氏(当時東大教授)や松井孝典氏(当時東大名誉教授)らも含めて指摘をしていたのだ。
また、仕分け人側が言いっぱなしだったのではなく、文科省に回答を求めていたが、その時の文科省の答えは「最先端のスパコンがないと最先端の競争に勝てない」「世界一を取ることにより国民に夢を与える」など定性的・情緒的でかみ合わなかった。
仕分けの結論は、「限りなく見送りに近い縮減」。
その後の大臣折衝などを経て、22年度に110億円の予算がついた(文科省の要求額は268億円)。このことを、新聞等で「仕分け違反」「結局仕分けはパフォーマンス」などと書かれたが、私は違和感を持っていた。
なぜなら、「開発側視点から利用者側視点への転換」として、開発するスパコンと国内のスパコンをネットワークで結び共同化したり、開発時期を遅らせ開発総額も削減するなど、仕分けでの指摘を大部分踏まえた計画に変更されていたからだ。
ご存知の通り、その後完成した「京」は、2011年6月に回転速度「世界一」(10.5ペタ)を獲得したが1年後に抜かれ、現在は中国の「天河二号」(33.9ペタ)、アメリカ「タイタン」(17.6ペタ)、「セコイア」(17.2ペタ)に次いで4位である。
ちなみに、私はその後神戸にある「京」を視察したことがあるが、その際、担当者から「スピードは3位だが、使いやすさに関係する、CPU・メモリ間、CPU間のデータ転送性能は他のスパコンよりも優位、いわば使い勝手は世界トップと言って良い」という説明を受けた。「2位じゃダメなんですか」などの事業仕分けでの議論が間違ってはいなかったと言えよう。
この件に関しては、仕分け直後から最近に至るまでたくさん叩かれた。ノーベル賞受賞者が並んで記者会見を開いたり、「(事業仕分けは)将来、歴史の法廷に立つ覚悟でやっているのかと問いたい」(2009.11.25毎日新聞)と理研の理事長が語ったり。
さらに、理研に関しては、平成22年4月の事業仕分け第2弾(独法仕分け)でも取り上げられている。
「研究開発に関する戦略をどこが描いているのかが曖昧で、結果として他の独法や大学などと重複している(重複を回避する仕組みがない)」
「研究テーマの選択や評価、見直しなどについてガバナンスが不十分かつ不透明、チェック機能が働かないのではないか」
といった指摘が仕分けの議論で出され、結論は「ガバナンスに大きな問題。国を含めた研究実施体制のあり方について抜本的見直し」とされた(実は理研の外部評価機能である「アドバイザリーカウンシル(RAC)」においてもガバナンス強化についての指摘がされていた)。
今回の騒動で、理研のガバナンスに関する指摘を多く目にするが、少なくとも4年前に同様のことが指摘されていた。
事業仕分けや「2位じゃダメなんですか」の評価がそうであるように、一度「空気」が作られると打破することは容易ではない。今回はどのような空気が作られようとしているかは私にはまだわからないが、冷静な目をもって事実は何かを探していきたい。
スパコンや理研に関する事業仕分けの情報はこちら。
今年度の理研やスパコン関係の資料(行政事業レビューシート)は以下から。