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射程150kmのGLSDBをウクライナに供与した場合の影響と問題

JSF軍事/生き物ライター
SAAB社よりGLSDBのイメージ絵。ロケット推進部分と滑空爆弾は切り離し前

 アメリカがウクライナへ供与を検討している新しい兵器に「GLSDB」があります。これはスウェーデンSAAB社とアメリカBoeing社が共同開発したロケット弾です。

 このGLSDBはHIMARS/MLRS用の古いM26ロケット弾のロケット推進部分をブースターとして用いて、戦闘機用の小直径爆弾SDB(GBU-39/B)を弾頭部分として組み合わせた合体兵器です。

GLSDB : Ground-Launched Small Diameter Bomb

 ニュース報道ではGLSDBを直訳して「地上発射型小直径爆弾」と呼ばれる事が多いのですが、実際には航空爆弾ではなくロケット弾の一種になるので、この直訳は適切ではありません。これは航空爆弾を弾頭の部品として利用したロケット弾です。飛行途中でブースターから切り離される小直径爆弾SDBはGPS誘導能力を持ち、目標への正確な精密打撃が可能です。

 GLSDBは地上発射型小直径爆弾と呼ぶと誤解が生じかねないので、地上発射型SDBか単にそのままGLSDBと呼んだ方がよいと思います。

”滑空爆弾”SDBを地上からロケットで打ち上げる

Boeing社よりGLSDBの弾頭部分である小直径滑空爆弾SDBのイメージ絵。主翼展開状態
Boeing社よりGLSDBの弾頭部分である小直径滑空爆弾SDBのイメージ絵。主翼展開状態

GLSDBとHIMARS/MLRS用の弾薬との比較

  • M30/M31ロケット弾・・・射程90km
  • ATACMS弾道ミサイル・・・射程300km
  • GLSDB・・・射程150km

 GLSDBとM30/M31ロケット弾は直径が同じですが射程に差があります。これはGLSDBが弾頭部分のSDBに大きな折り畳み式の主翼が付いており滑空によって飛距離を稼いでいる為です。ただし代償として滑空時の空気抵抗で速度がどんどん遅くなってしまうので迎撃されやすくなります。

 なおアメリカ軍ではHIMARS/MLRS用の新型ロケット弾にER-GMLRS(射程延伸誘導MLRS)と呼ばれる「M403/M404」が計画されており来年には生産開始予定ですが、これも最大射程150kmです。GLSDBと同じ射程ですがM403/M404をわざわざ新しく開発したのは、上述の滑空時の空気抵抗で飛行中の速度が遅くなり迎撃されやすくなるGLSDBの弱点が問題だったのでしょう。最終突入速度が遅ければ貫通力でも劣ります。射程さえ長ければ優秀というわけでもないのです。ただし実戦の投入を経て迎撃突破率がそれほど悪くない数字だったならば、GLSDBが再評価される可能性はあります。

 またGLSDBはM26ロケット弾のクラスター弾頭を解体廃棄して余ったロケット推進部分と、大量に在庫がある航空爆弾SDBを合体させた、廃品と余剰品を組み合わせた再利用品のような兵器です。そのため簡単に作ることが出来て製造コストは安いのですが、まだ何処の国の軍隊にも正式採用されていません。つまり完成品の在庫が無いのでこれから製造する必要があります。今直ぐ大量供給するというわけにはいきません。

※アメリカはクラスター弾を全廃する方針。

GLSDBの射程150kmの問題:将来の展開位置と橋への攻撃

Google地図より筆者が作成。ケルチ大橋から半径150km
Google地図より筆者が作成。ケルチ大橋から半径150km

 GLSDBの射程150kmには懸念点があります。仮にウクライナ軍が地上での更なる反撃に成功してドニプロ川の左岸のヘルソン州南部やザポリージャ州南部を奪還してアゾフ海北部の沿岸まで到達した場合、そこからケルチ大橋(クリミア大橋)に届く性能なのです。交通の要衝メリトポリを攻略してアゾフ海沿岸のキリリフカやステパニウカ・ぺールシャまで進出できれば、射程150km圏内に目標の橋を捉えて攻撃が可能になります。(※あくまで将来の仮定での話。)

 ウクライナにGLSDBを供与して、ウクライナ軍の地上での反撃が其処まで進めば、彼らはほぼ確実にクリミアに架かる橋を打撃しようとするでしょう。それは次にクリミア攻略を促すことになります。

 つまりアメリカ政府が其処までウクライナが行っても問題無いと判断すればGLSDBがウクライナに供与されるでしょう。政治的にそれは拙いと判断された場合は供与が見送られることになります。

HIMARS/MLRS用の弾薬とクリミア半島攻撃の射程圏

Google地図より筆者が作成。300km、150km、90kmの円
Google地図より筆者が作成。300km、150km、90kmの円
  • 半径300km・・・ATACMS
  • 半径150km・・・GLSDB
  • 半径90km・・・M30/M31

※オデーサ市およびヘルソン州のドニプロ川右岸、そしてザポリージャ市周辺は現在ウクライナ側の支配領域なので(2022年12月3日時点)、ATACMSがあれば今直ぐセヴァストポリとケルチ大橋を攻撃可能。

※ウクライナ軍が前進してヘルソン州のドニプロ川左岸とザポリージャ州の南部を奪還できれば、GLSDBでケルチ大橋を攻撃可能。またウクライナ本土とクリミア半島の間のペレコープ地峡を確保するまで進撃すれば、GLSDBでセヴァストポリ港を攻撃可能。

※M30/M31ロケット弾ではクリミア半島にかなり進攻しなければセヴァストポリとケルチ大橋は射程圏内には入らない。

SAABのGLSDB宣伝動画

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軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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