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NHK「バリバラ」再放送差し替え事件と「忖度」が広がる放送現場

篠田博之月刊『創』編集長
NHK「バリバラ」の公式ホームページ(筆者撮影)

 相模原障害者殺傷事件についての議論の場で何度もご一緒した堀利和さんから、NHK-Eテレ「バリバラ」の再放送差し替え事件についてのメールをいただいた。堀さんはご自身が視覚障害者であり、この間、私も交流している「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」の中心メンバーである。

 堀さんのメールは「がんばれ『バリバラ』、『バリバラ』らしい番組作りを!」と題されたもので、「バリバラ」への応援メッセージだった。末尾は「負けるな、みんな応援している!」と結ばれていた。

4月26日の再放送差し替えが大きな話題に

 「バリバラ」は障害者をテーマにした情報バラエティ番組だが、その再放送番組差し替え事件については、毎日新聞や東京新聞などが報じており(恐らく共同通信の配信か)、ネットでも大きな話題になっている。

 4月23日(木)夜20時からの放送は「バリバラ桜を見る会~バリアフリーと多様性の宴」と題して、「2019年度に起きた多様性・バリアフリーをめぐる大事な出来事をコントや漫才と共に振り返るお花見形式トークショー」(番組HPより)を放送する企画の第1部(前半)だった。

 ゲストが、性暴力と闘ってきた伊藤詩織さんや、ヘイトスピーチと闘っている崔江以子などで、差別の問題や旧優生保護法の問題などを取り上げた。それを安倍政権の「桜を見る会」をパロったセットの中でトークしていくという、なかなかすごい番組だった。

 ところが4月26日午前零時から放送予定だったその再放送が急きょ中止になり、別の回の内容と差し替えられた。放送予定直前(2時間半前)に、出演者や関係者に中止と差し替えのお知らせが送られたという。

 

 23日の放送直後から、ネトウヨや右派政治家などから批判の声がツイッターなどに次々とあがっていた。伊藤詩織さんや崔さんは番組の中でもネトウヨなどから攻撃を受けた体験を語っていたし、そもそも番組では、安倍総理や麻生太郎副総理を風刺したコントが次々と披露された。制作現場もネトウヨなどから非難があることは半ば覚悟して放送したのだろう。「忖度」が横行していると言われるNHKでも、現場には骨のある制作者が健在だというのを示したという意味でも拍手を送りたい。

 この番組自体は30日夜8時29分までTverなどの見逃し配信で簡単に見ることができるので、下記にアクセスしてぜひ見てほしい。

https://tver.jp/corner/f0050418

4月30日20時から第2部を放送予定

 そして今、話題になっているのは、3月29日に収録されたこの番組の第2部が4月30日(20時~)に控えていることだ。26日に第1部の再放送が中止になったという経緯の中で、果たして無事に第2部が放送されるのかどうか。

 ネットでは再放送中止事件について、安倍政権や右派からの圧力ではないか、という見方もある。ネトウヨなどの発言を圧力というなら、NHKに圧力がかかったと言えなくはないが、この場合は、そういう状況を気にした局の上層部の判断で自主規制されたというのが実態に近いだろう。現場としても、30日の放送を予定通り行うことを条件に、上層部の決定に応じたと言われている。

 だからこの一両日の動きは大変重要だ。今は見逃し配信もどれだけの人に見られたかが大事なデータとして扱われているから、ぜひ多くの人が第1部を実際に見て、30日の放送も見てほしい。そして局に激励の声を寄せることを薦めたい。放送局というのは、一般に思われている以上に視聴者の声を気にしており、特にNHKはそうだ。声の大きいネトウヨだけが目立つという状況でなくするためには、市民の思いを局に伝えることが重要だ。

https://www.nhk.or.jp/css/report/h24.html

報道現場の声を伝える貴重なアンケート

 さて、報道現場が今どういう状況なのか、それを知るための貴重な声が、日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)のホームページに公開されている。アンケートに寄せられた声を公開したものだが、生々しい記述がたくさん見られる。下記のホームページの「報道関係者への『報道の危機』アンケート結果(概要)について」と題されたものだ。

 アンケートの記述はかなりの分量にわたる。興味ある人はぜひ全文を読んでほしいが、ここで特徴的な声を幾つか引用、紹介しよう。現場の切実な声だ。

MICのホームページ(筆者撮影)
MICのホームページ(筆者撮影)

●政権批判の報道は上層部が常にチェックしている 政権や自治体批判をしていたスタッフが部署異動になる 政権批判の内容に対しては細かい裏取りが必要だと言われ結局見送りになる 事前予定項目に政権批判のニュースが入っていたのにいつのまにか変更になっている こういう事例が森友以降目立っている。(関西の民間放送局の関連会社・取引のある制作会社社員)

●政治ニュースで政権からクレームが来ないかだけを考え、少しもでも何か来そうだと誰か幹部が指摘すると、本来問題点を指摘することをやらなくてはいけないのに、放送をやめる。或いは表現をオブラートに包んで 、何が問題かが分からなくする。それが繰り返されることで、段々面倒なものはやらないとなり、或いは幹部に言っても放送しないだろうと考え、やらないのが当たり前になり、思考停止状態。おかしなことがおかしいと言えないどころか、気づかなくな り、あげくのはてには、問題にすることがおかしいと、ただの政権の方針を垂れ流す広報機関になり下がる、そんな事態が目の前で起きている。 (東京の民間 放送局社員 報道局)

●報道番組のディレクターですが、理事や報道局長からの介入が酷い。報道局長とその部下の女性記者に官邸からホットラインがあり、政府、安倍総理の広報原稿を読むだけになっている。日曜討論に与党しか出ない、総理会見の質問を打ち切り、女性記者が総理の代弁をする。全てホットラインのせいであり、部長や編集長級は転勤をちらつかされて言いなりです。(放送局社員)

●自主規制。正直、政権与党から直接的な圧を感じた事はないが、内側にいる我々が勝手な忖度し、中立公平という謎の概念に、ジャーナリズムを放棄するような判断が多々見られた。ジャーナリズムよりも企業倫理が勝ってしまう現状に危機感を感じ続けている。(東京の民間放送局の関連会社・取引のある制作会社社員=ニュース報道番組)

●忖度がまかり通っている。総務省が、理事がこう言っている、という主語で悪びれもなく指示が下りてくる。幹部も上司も思考停止で、監督官庁の意向を忖度するのに必死で、唯々諾々と上からの指示に従っているという感じ。疑問を呈するという姿勢がそもそもない。(放送局社員)

状況をわかりにくくしている「忖度」の現実

 「忖度」や自主規制と言われるものは、政権から明確な形で圧力がかかるという事例と異なるため、「バリバラ」再放送がいきなり差し替えになるといった事態が起きても、何が起きているかわかりにくい。今回は、幾つかの新聞などが報道したので話題になったが、NHKとしては政権からの圧力といったことでなく、局独自の判断でそのようにしたという説明になる。

 そんなふうにわかりにくい形で、じわじわと規制が進んでいるのが、今のメディア界だ。しかも安倍政権はそのへんを見越して、巧妙に鞭と飴を使い分けてメディア支配を強化している。その結果として、例の籾井元会長以降、大きく変わりつつあると言われているのがNHKだ。

 4月30日の「バリバラ」の放送がどうなるのか。NHKにとっても大事な局面だ。

 まずは今簡単に「見逃し視聴」できる4月23日の番組を多くの人が実際に見て、30日の第2部を無事に放送できるよう、現場を励ます声をあげるのがよいと思う。メディア現場を支えるのは、そうした多くの市民の声なのだから。

[追補] 結局4月30日の放送は予定通り行われた。途中でNHK自体をネタにしたシーンも出てくるなど、なかなかの番組だった。一件落着だが、こういう事例は今後も続く。多くの人がそういうマスコミ現場に関心を持っていくことが大切だと思う。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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