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米国のシリア攻撃による民間人犠牲者が問題視されることで黙殺される軍事介入と占領の不当性

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

米国が大規模空挺作戦を実施、4人を殺害

シリア南東部のダイル・ザウル県で12月13日、米駐留部隊がユーフラテス川とハーブール川の合流点に位置するブサイラ市とその周辺地域で、大規模な空挺作戦を実施し、4人を殺害、多数を拘束した。

英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、この空挺作戦は、ブサイラ市の北に位置するスワル町の刑務所から脱走した武器密輸業者やイスラーム国のメンバーを拘束するのが目的だったという。

ブサイラ市、スワル町を含むユーフラテス川東岸は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とするシリア民主軍が勢力下に収める地域。PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の傘下にあり、アラブ人部族の長や名士らによって構成されるダイル・ザウル民政評議会が自治を担っている。

米軍は同地各所に違法に30カ所あまりの基地を設置し、部隊を展開させている。その規模は900人から3,000人に及ぶとされている。

Jusur li-l-Dirasat、2021年1月6日
Jusur li-l-Dirasat、2021年1月6日

これに関して、国営のシリア・アラブ通信(SANA)は、米軍とシリア民主軍が、民家や農地に対して無差別に発砲し、民間人3人(家族)を銃殺したと伝えた。

シリア国内での米国によるこの手の軍事行動に関して、SANAや親政府系のメディアは民間人が犠牲になったと報道する傾向が強く、シリア人権監視団をはじめとする反体制派はその都度これを否定する。どちらの報道が真実なのか、その真偽を確認することは容易ではない。だが、「犯罪者独裁体制のメディアの喧伝だ」などと一蹴できない疑惑が最近頻繁に米軍に対して向けられるようになっている。

米軍の爆撃で女性や子供を含む70人以上死亡か?

疑惑の目を向けているのは、「犯罪者独裁体制のメディア」ではなく、米国のメディアだ。

きっかけは『ニューヨーク・タイムズ』(11月13日付)のスクープだった。同紙は2019年3月18日に米軍がダイル・ザウル県バーグーズ村に対して行った爆撃で、女性や子供を含む70人以上が死亡したと伝えたのだ。

この記事に関して、米中央軍(CENTCOM)のビル・アーバン報道官(大佐)は11月15日、以下の通り述べて否定した。

我々は我々自身の証拠に基づいてこの爆撃について独自の調査、報告を行い、意図しない人命の損失に対しては全責任を負う。

だが、調査は60人以上の犠牲者が出たと結論づけることはできなかった。

この手の戦闘においては、洗脳されたり、自らの判断で武器を手にしたりすることが選択される。そのため、厳密に民間人であると分類することはできなかった。

その一方で、ロイド・オースティン国防長官は11月29日、新たな高レベルの調査を行い、90日以内に結果を明らかにするようミシェル・X・ガレット大将に指示した。

極秘部隊「タロン・アンヴィル」

だが、調査結果を待たずして、『ニューヨーク・タイムズ』(12月12日付)は、極秘部隊がシリア領内で民間人を巻き添えとするかたちで爆撃を繰り返していたとする記事を新たに掲載した(記事の詳細は「『ニューヨーク・タイムズ』:「タロン・アンヴィル」と呼ばれる極秘部隊がシリア領内で農夫、子供、家族、村人を巻き込むかたちで爆撃を実施」を参照されたい)。

記事は複数の現役および退役した軍・諜報機関関係者の情報をもとに書かれたもの。それによると、この極秘部隊は「タロン・アンヴィル」(Talon Anvil)と呼ばれ、2014年から2019年までの期間、イスラーム国の車列、爆弾を装備した車輌、司令拠点などに24時間体制で爆撃を実施していた。

だが、同部隊は、非戦闘員の保護を定めた規則を無視し、収穫作業に従事する農夫、街にいる子供、戦闘を逃れた家族、建物内に避難している村人など、紛争に関与していない人々を殺害したという。

その原因として、記事は、20人弱によって構成されていた小規模な同部隊がイスラーム国に対して11万2000回の爆撃・ミサイル攻撃を実施するなかで、軍の規則に対する緩い解釈が横行したとの見方を示した。

また、米軍のイスラーム国に対する爆撃は最高指揮官の監督のもと、民間人の犠牲を極力回避するために正確を期して実施されていたにもかかわらず、タロン・アンヴィルにおいては、命令は最高指揮官ではなく、米軍デルタフォースの下位の指揮官が下し、パイロットや一部隊員による命令拒否や、CIAからの苦情申し立てがあった実態を明らかにした。

タロン・アンヴィルの司令室は、当初はイラクのアルビールに設置されていたが、その後、イラク国境に近いシリア領内に設置された「グリーン・ヴィレッジ」と呼ばれる複合型居住施設に移設された。室内では隊員らは、ファーストネームで呼び合い、ラフな格好で、RQ-1プレデターやMQ-9リーパーといった無人航空機(ドローン)を操り、AGM-114ヘルファイア空対地ミサイルやレーザー誘導爆弾で爆撃を行っていたという。

なお、記事によると、2019年3月18日のバーグーズ村に対する爆撃もタロン・アンヴィルによって実施されたという。

バグダーディー暗殺作戦でも民間人が巻き添えに

米軍に疑惑の目を向けたのは『ニューヨーク・タイムズ』だけでなかった。

ナショナル・パブリック・ラジオ(NPR)は12月11日の記事で、2019年10月26日にシリア北西部のイドリブ県バーリーシャー村に潜伏していたイスラーム国のアブー・バクル・バグダーディー指導者に対する米軍の暗殺作戦で、民間人が犠牲になった可能性があるとして、関連する文書やデータの開示を求めて国防総省を起訴した(バグダーディー暗殺作戦の詳細については『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたのか』を参照されたい)。

NPRは2019年12月3日の記事で、米軍ヘリコプターがこの暗殺作戦においてシリアの民間人2人を殺害し、また襲撃時に別の民間人1人の片腕を吹き飛ばしたと伝えていた。この報道を受けて、CENTCOMは調査を行ったが、国防総省は3人が戦闘員だったか、米軍兵士を脅かそうとしていたのかを判断するための証拠を示さなかった。そのため、NPRは国防総省に情報開示を要求、国防総省がこれに応じなかったため、今回の起訴に至った。

戦闘においては、民間人の犠牲は避けられない。それは「無差別爆撃」と非難されるような攻撃を行った場合においても、「精密爆撃」と自賛するような攻撃を行ったとしてもだ。米国のメディアは、シリアでの米軍による爆撃や攻撃によって民間人が犠牲となった事実を伝えるようになったことは、真実を伝えようとする報道姿勢として高く評価され得るものだろう。

だが、そうした評価によって、米国が2014年9月に、シリア政府を含むシリアのいかなる政治主体、武装勢力、さらには市民の同意を得ずに、イスラーム国に対する「テロとの戦い」と称して有志連合を率いて爆撃を開始したこと、2015年10月から地上部隊を駐留させていることが当たり前の事実として是認されるのであれば、それは米国のシリアへの軍事介入と占領の不当性そのものを隠蔽することを意味する。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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