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イスラーム国は「イランの民兵」と連携してシリアに駐留する米軍を脅かそうとしているのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

英国で活動する反体制派系NGOのシリア人権監視団は6月13日、複数の独自筋からの情報として、レバノンのヒズブッラーをはじめとする「イランの民兵」が、米軍が随所に基地を設置するなどして駐留を続けているシリア東部に影響力を拡大する目的で、イスラーム国と会合を重ねていると発表した。

「イランの民兵」とは?

「イランの民兵」とは、シリア内戦において、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称である。イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指し、「イランの支援を受ける民兵」、「シーア派民兵」などと呼ばれることもある。一方、シリア政府側は、これらの組織を「同盟部隊」と呼ぶが、それらは対イスラエル抵抗闘争の文脈においては、「抵抗枢軸」と呼ばれる、シリア、ヒズブッラー、そしてイランを中心とする陣営の一翼を担っていると見ることができる。

違法駐留する米軍

一方、米軍は、2014年9月、イスラーム国を殲滅するとして、有志連合(正式名は「生来の決意」作戦合同任務部隊(CJTF-OIR(Combined Joint Task Force – Operation Inherent Resolve))を率いて、シリアでの爆撃を開始、2015年になると、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)の民兵組織である人民防衛隊(YPG)を主力とするシリア民主軍を支援するかたちで地上部隊を派遣、同軍が制圧した地域などに基地を設置した。その数は、2021年現在、27カ所(ハサカ県15カ所、ダイル・ザウル県9カ所、ラッカ県1カ所、ヒムス県2カ所)に達している(「シリアにおける米国の軍事介入と部隊駐留の変遷(2011~2021年)」を参照)。

米軍(有志連合)の基地(筆者作成)
米軍(有志連合)の基地(筆者作成)

米軍(そして有志連合)のシリアでの軍事行動、部隊駐留は、シリア政府を含むシリアのいかなる政治主体の同意も得ておらず、国際法的にも、国内法的にも違法である。一方、米軍が展開するシリア民主軍の制圧地は、シリア北部および東部のユーフラテス川東岸地域一帯に及んでいる。その自治は、現在はPYDが主導する自治政体の北・東シリア地域民主自治局によって担われている。だが、アラブ人が多い地域、なかでもダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸地域は、同自治局の傘下にあるダイル・ザウル民政評議会が自治局ダイル・ザウル地区執行評議会に代わって実効支配を行っている。

勢力図(筆者作成)
勢力図(筆者作成)

PYD、YPG、シリア民主軍は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲み、米国もPKKとPYDを外国テロ組織(FTO)に指定している。だが、シリア民主軍については、イスラーム国に対する「テロとの戦い」の「協力部隊」(partner forces)と位置づけ、これを全面支援している。

連携に至る顛末

シリア人権監視団によると、「イランの民兵」は、シリア政府とともに、2013年8月にシリア民主軍に対して決起したアラブ人部族のアカイダート部族など地元の武装集団を支援し(「シリアでのクルド民族主義勢力に対するアラブ系部族の蜂起から10日:「外国勢力」の相矛盾した姿勢」を参照)、ダイル・ザウル県のユーフラテス川東岸への影響力の拡大を図ってきた(「シリア人権監視団:共和国護衛隊の士官がシリア民主軍への攻撃を続ける地元武装集団を指導するアカイダート部族の族長ハフル氏と政府支配下のダイル・ザウル県アシャーラ市で会談(2024年5月2日)」などを参照)。

だが、こうした取り組みは治安を紊乱するには不十分で、「敵の敵は味方」の論理に従うかたちで、イスラーム国と連携するようになったという。シリア人権監視団によると、「イランの民兵」とイスラーム国の折衝は、ダイル・ザウル県ズィーバーン町出身で、イスラーム国の治安部門における元幹部だったとされるムーサー・ターハー・アリーを名乗る男性が仲介した。この男性は、トルコ占領下の「平和の泉」地域内のラッカ県ラアス・アイン市方面に逃走し、長らく消息が分からなかったが、2023年8月にダイル・ザウル県でシリア民主軍に対する地元武装集団の蜂起が始まると、アラブ部族軍を指導するイブラーヒーム・ハフルに伴われるかたちで再び姿を現すようになったという。

ムーサー・ターハー・アリーは、「イラク人司令官」1人を派遣し、イスラーム国との交渉にあたらせた。交渉が成立した結果、2014年から2017年にかけて、ダイル・ザウル県ウマル油田の管理を担当していた責任者の1人だったとされるアブー・バラー・イラーキーを名乗るイスラーム国幹部がイラクのモースルを脱出、ダイル・ザウル民政評議会の支配下にあるダイル・ザウル県ユーフラテス川東岸のバーグーズ村、スーサ町に潜入、その後、政府支配下のブーカマール市方面に向かったという。

「イランの民兵」とイスラーム国の会合は、4月14日にマヤーディーン市近郊の農場とアラバ(ラフバ)の城塞の間にイスラーム国が建設した地下トンネルで行われた。イスラーム国側からはアブー・バラー・イラーキー、「イランの民兵」側からはハーッジ・ハサンを名乗るヒズブッラーの司令官、アブー・マリヤム・ラーミーを名乗るイラク人民動員隊所属のヒズブッラー大隊の司令官、バッシャール・アサド大統領の弟のマーヒル・アサド准将が実質的な司令官を務めるシリア軍第4師団東部地区の幹部司令官のアリー・イブラーヒーム准将、そして「イランの民兵」の1人でムーサー・アリーを名乗る人物が出席した。

会合では、ダイル・ザウル県の治安紊乱の方途、とりわけ米軍を同地の治安対策で忙殺させる方法が話し合われた。ヒズブッラー(ハーッジ・ハサン)は、イスラーム国(アブー・バラー・イラーキー)に10万米ドルを支払う一方、ヒズブッラー大隊(アブー・マリヤム・ラーミー)も武器や弾薬を供与した。また、第4師団(イブラーヒーム准将)も、イスラーム国がユーフラテス川西岸から東岸に渡河するルート2カ所(アッバース村とハジーン市、クーリーヤ市とシャンナーン村をそれぞれ結ぶ密輸ルート)を確保することを確約した。

イスラーム国側は、この会合で、イスラーム国がラッカ市に近づくことを認めるよう求めた。だが、第4師団は、シリア軍や親民兵への攻撃の可能性を懸念し、これを拒否、代わりにイスラーム国に対して、ユーフラテス川東岸での地元武装集団の攻撃を強化するよう要請した。

シリアで活動する「イランの民兵」の紋章(Arabi 21、2020年1月16日)
シリアで活動する「イランの民兵」の紋章(Arabi 21、2020年1月16日)

主要な標的は「イランの民兵」側

シリア人権監視団によると、この合意を受けて、ダイル・ザウル民政評議会の支配下にあるユーフラテス川東岸地域では、4月30日から5月末にかけて、イスラーム国のスリーパーセルが15回以上の攻撃を実施、民間人1人とシリア民主軍兵士7人を殺害、地元武装集団も攻撃をエスカレートさせたという。しかし、シリア国内情勢を注意深くフォローしている者であれば、イスラーム国がこの間に主要な標的としてきたのが、彼らと連携しているはずの「イランの民兵」側であることに容易に気づくはずである。

イスラーム国は、2023年10月にパレスチナのハマースが「アクサーの大洪水」作戦を敢行したことを受けて、イスラエルがガザ地区への攻撃を激化させると、「イランの民兵」を支援するイランやシリア、さらにはロシアを標的としたテロを激化させていた(「イスラーム国はなぜイスラエルではなくその敵にテロや攻撃を仕掛けるのか?:狙われるシリア」を参照)。

ロシアのプロパガンダか?

こうした事態を受けて、シリア駐留ロシア軍に所属するロシア当事者和解調整センターは、5月末頃から、ロシア空軍が米軍(有志連合)の占領下にあるヒムス県のタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)から同県のアムール山やダイル・ザウル県のビシュリー山の奥地に潜入していた武装勢力の基地を攻撃し、破壊したとの発表を繰り返すようになっていた。ここで言う武装勢力とは、55キロ地帯で活動するシリア自由軍(旧革命特殊任務軍)など、バラク・オバマ政権時代に「穏健な反体制派」などと呼ばれた勢力ではなく、イスラーム国を意味している。

ロシア、そしてシリア政府は、米国が、PYD(あるいは北・東シリア地域民主自治局)の支配地内の刑務所に収容されているイスラーム国の(元)メンバーを55キロ地帯に移送、そこから政府支配地に潜入させ、その治安を紊乱しようとしているとかねてから主張してきた。

こうした主張をプロパガンダと一蹴することも可能だろう。だが、シリア人権監視団が、「イランの民兵」とイスラーム国の連携を「暴露」するのに先立ち、シリア軍は6月6日から、ロシア空軍の支援を受けて、55キロ地帯に至る南東部の砂漠地帯でイスラーム国を掃討するための大規模軍事作戦を開始していた。

スプートニク・アラビア語版によると、作戦には「トラ」の愛称で知られるスハイル・ハサン准将が司令官を務めるシリア軍第25特殊任務師団、第4師団、共和国護衛隊が参加、Mi-24攻撃ヘリコプターが投入されるとともに、シリア・ロシア両空軍が航空支援を行っている。ロシア当事者和解調整センターは6月7日、ヒムス県とダイル・ザウル県の砂漠地帯にある武装勢力の基地5ヵ所を、9日には13カ所を、10日には6カ所を、11日には6カ所を、12日には10カ所を破壊したと発表した。

一方、シリア人権監視団も、「イランの民兵」側とイスラーム国の間で激しい戦闘が発生し、前者に多数の犠牲が出ていると喧伝していた。それによると、イスラーム国は6月8日アムール山で、パレスチナ人民兵のクドス旅団や親政権民兵(国防隊)を襲撃、クドス旅団メンバー3人を含む5人を殺害した。また、6月12日には、ヒムス県ジュッブ・ジャッラーフ町東のジャバーブ・ハマド村近郊のシリア軍陣地1ヵ所を襲撃し、中尉1人を含む兵士3人を殺害、准将1人を含む複数人を負傷させた。

しかし、この間、米軍が展開するユーフラテス川東岸地域では、シリア民主軍とイスラーム国の大規模な戦闘は確認されなかった。

イスラーム国が米国と結託していると主張するロシアもシリア政府も、「イランの民兵」がイスラーム国と連携していると主張する在英のシリア人権監視団も、シリア内戦の当事者であり、双方が発信する情報は、それがたとえ事実であったとしても、政治的・軍事的な文脈のもとで意味を与えられている。

イスラーム国が誰と結託しているのか、誰をパトロンとしているのかをめぐる情報戦は、ハマースとイスラーム国を同一視しようと躍起だったイスラエルのプロパガンダ戦略を見れば明らかな通り、自己を正当化し、他者を貶める効果を狙ったものに他ならない。

ロシアやシリア政府のプロパガンダに警鐘を鳴らすのであれば、それと同じだけの警戒心を、敵、そしてその手先の言動にも持つ必要がある。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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