AKBの曲を音商標として出願するとどうなるか
正露丸CMのラッパ音楽が音商標として登録されたことを受けて、ありものの軍隊ラッパメロディを勝手に商標登録してしまってよいのかという意見が見られました。この機会に、ちょっとややこしいのですが、商標権(特に音商標)と著作権の関係について簡単に説明します。
そもそも、商標は著作物や特許とは異なり「創作物」ではなく「選択物」なので、既にあるものを商標として選択すること自体には何の問題もありません。たとえば、「桃太郎寿司」を運営している会社が「桃太郎」という言葉を作ったわけではないですよね(もちろん、たとえば、“Google“のように新たに作った言葉を商標にしてもそれはそれでOKです)。
ここで、「既にあるもの」に著作権が発生している場合が問題です。これは、音商標登録が可能になる前にもあった問題でした。たとえば、他人のイラストを勝手に商標登録出願した場合などに発生し得ます。
大前提として、商標法の規定には著作権を侵害する商標は登録しないという規定はありません。特許庁の審査でも原則的に著作権のチェックはしません。著作権は登録なしに権利が発生しますので、すべての著作物をチェックすることは不可能です。ただし、たとえば、著名なキャラクターの絵に明らかにフリーライドしているといった場合には「公序良俗違反」(商標法4条1項7号)として拒絶されることがあり得ます。
「公序良俗違反」に引っかからず、他人の著作権とかぶる商標登録がなされた場合はどうなるかというと、以下の条文により調整されます。
つまり、仮に商標登録されたとしても使用の時点で著作権の制限がかかるということになります。
この大原則は音商標についても同様です。
正露丸ラッパ音楽に話を戻すと、この音楽の著作権について大幸薬品のサイトには説明がありませんが、パブリックドメインではなく陸軍軍人須摩洋朔氏の作曲による「食事」であると思われます。ヤマハミュージックメディアの楽譜にタイアップとして記載されていることからもこれが伺われます。
ここで、「食事」はJASRACに信託されています(タイトル画像参照)ので所定の使用料を払えば、著作権侵害にはなりません。JASRAC管理曲にはCMを別扱いとして権利者(出版社)と直接交渉を必要としているものもありますが、「食事」についてはCMの権利もJARACに信託されていますので使用料さえ払えば著作権の問題はクリアーされます(この「使用料」については後述)。
そもそも、須摩洋朔氏(およびその遺族)と何のもめることもなく、数10年間にわたりCMを続けているのですから、著作権上の問題が生じているとは思えません。
実は、正露丸CMのラッパメロディの音商標審査において著作権は問題になっていませんでした。匿名の第三者からの情報提供で他人の著作物類似なので公序良俗違反であるという主張がなされていました(参考過去記事)が、この点は特許庁審査官にはスルーされています(情報提供はあくまでも参考情報の提供なのでどう扱うかは審査官の自由です)。
さて、ここでやっと本記事タイトルの話になりますが、(別にAKBでなくてもよいのですが)ありもののヒット曲を自分の音商標として出願したらどうなるのでしょうか?実際にそれをやった人はいないと思うので、推定になりますが、まずは、他人の著作物のフリーライドと判断されれば公序良俗違反として拒絶される可能性があります。
そして、仮に著作権の問題がクリアーされたとしても大幸薬品も苦労した「使用による識別性」の証明の問題があります(参考過去記事)。つまり、その音楽を聞けばほとんど誰もがその商品を想起するような状態になっていなければなりません。1951年からCMで継続的に使用されている正露丸のラッパ音楽ですら膨大な証拠を提出してやっと認められたということでハードルは相当に高いです。
ありものの音楽で「使用による識別性」を獲得しているレベルのものは正露丸以外ではちょっと思いつきません(どなたか候補が思い浮かんだ方は教えてください)。
最後に、余談ですが、仮に著作権がある楽曲が音商標として登録されたとしても、前述のとおり、その利用には著作権の処理が必要です。JASRAC管理楽曲であれば使用料を払えば済むのですが、広告目的で使用するための使用料は通常とは異なり権利者側の指し値になっています。さらには、CD音源そのものを使おうと思うと原盤権(著作隣接権)の処理が必要ですがこれは権利者が許諾しなければどうしようもありません。結局、広告目的で著作権がある楽曲を使おうと思うと、最初の段階から広告主と権利者が協議してタイアップを行なうというパターンしか事実上ないでしょう。
ということで、一般の人がAKBの楽曲を音商標として出願しても、まず登録されることはないですし、万が一登録されたとしても著作権の処理は別途必要なので、少なくとも現実的には広告目的には使えません(権利者が友好的な使用料を設定してくれるとは思えません)し、それ以外の利用でも著作権使用料の支払いは必要ということになります。商標登録したからといって著作権をオーバーライドできるわけではありません。
追記: ありものの楽曲(の一節)が音商標として登録されてしまうケースがあり得るかですが、楽曲がマイナーで審査官が既存楽曲だと認識せず、かつ、歌詞がたまたま識別性のある商品名等として認識されるというような場合が考えられるかと思います。また、既存楽曲を替歌にして商品名を載っけると音商標として登録されてしまう可能性はあるかもしれません。しかし、この場合には、替歌の権利処理が必要になります(これはJASRACに使用料を払ってもクリアーできません)ので、やはり企業と権利者が事前に協議して(それなりの金銭を動かして)タイアップというパターン以外は想定し難いと思います。