攻撃陣の爆発とボルダラスが抱える矛盾。柴崎岳の適性とは。
柴崎岳の、ヘタフェでの2シーズン目が終わった。
リーガエスパニョーラ6試合出場。先発したのは、5試合だ。当然、その結果は物足りないものだった。
■戦術面
森保ジャパンで、柴崎はボランチ起用されている。プレービジョンと創造性で、自軍の舵を握る存在。それが柴崎だ。
だがヘタフェを率いるホセ・ボルダラス監督の4-4-2で、柴崎のボランチ起用はないだろう。「アンチ・フットボール」と称されるほど、ディフェンスに力を注ぐ指揮官の戦術においては、守備面におけるプレー強度がボランチに要求される。ボルダラス監督は守備の際に力を発揮するMFを中央に2枚置く形を好む。つまり回収力があり、早い段階で相手の攻撃の芽を摘める選手である。
ボルダラス指揮下でボランチの定位置を確保したのはネマニャ・マクシモビッチ(36試合出場/出場時間3211分)とマウロ・アランバッリ(33試合出場/出場時間2685分)だ。マクシモビッチはパス本数(769本)、ボール奪取数(166回)、インターセプト数(71回)、タックル数(77回)、アランバッリはパス本数(739本)、ボール奪取数(166回)、インターセプト数(30回)、タックル数(58回)と攻守で奮闘した。対して、柴崎(7試合出場/出場時間389分)はパス本数(116本)、ボール奪取数(32回)、インターセプト数(3回)、タックル数(7回)という数字を残している。
ボール奪取数でチームランキング3位のアランバッリ、4位のマクシモビッチに、守備の貢献という点では見劣りする。そもそも、ヘタフェのボランチは柴崎の適性ではないのだ。事実、柴崎は加入当初、FWの一角で起用されていた。ホルヘ・モリーナと組む形で、4-4-2の最前線に据えられた。彼に求められていたのは、前からのプレッシングであり、相手ボランチへのパスコース遮断である。プレスバックによって敵の攻撃の起点に蓋をする役割であった。
ただ、2018-19シーズン、柴崎の移籍2年目でヘタフェに変化が訪れる。ハイメ・マタ、ホルヘ・モリーナ、アンヘル・ロドリゲス。ボルダラス監督は、3人のアタッカーを軸にチーム作りを進めた。特筆すべきはハイメ・マタの補強だ。これが大当たりした。ハイメ・マタはリーガ1部初挑戦のシーズンで14得点を挙げ、ヘタフェの得点源となった。3月には、ルイス・エンリケ監督が率いるスペイン代表に招集された。この3選手がチームの48得点のうち36得点を記録した。
ハイメ・マタ(30歳)、モリーナ(37歳)、アンヘル(32歳)というベテランのアタッカーが指揮官の信頼を勝ち取った。彼らはいずれも2シーズン前まで2部でプレーしていた選手だ。ゴールは、経験によって、もたらされる。ヘタフェの攻撃陣はピッチ上でそれを証明した。そして、今季のヘタフェはFWに守備力ではなく得点を求めるようになった。
その戦い方で、なおかつヘタフェの失点数の少なさはアトレティコ・マドリー(29失点)に次いで、バレンシア(35失点)と並びリーガで2番目の数字だった。ヘタフェは早々と1部残留を決め、最終節までチャンピオンズリーグ出場権を争った。指揮官の判断には、文句のつけようがなかった。
■孕んだ矛盾
移籍1年目に柴崎はバルセロナ戦でゴラッソを沈めたあと、負傷で長期離脱を強いられた。そこからチームが固まった。テネリフェでは、サイドハーフとして起用された。サイドに置かれ、前向きでボールを受け、攻撃のタクトを振るった。だが、ボルダラス監督のヘタフェでは、タクトを振るうポジションがない。
サイドではアマト・エンディアエやフランシスコ・ポルティージョが重宝された。フィジカルに優れる、あるいはアップダウンができて突破力のある選手だ。
試合によっては、サイドバックが本職であるヴィトリーノ・アントゥネス、マティアス・オリベラ、ディミトリ・フルキエがサイドハーフに起用された。ダブルサイドバックの形だ。ボルダラス監督は選手のポジションを「後ろから上げる」タイプの指揮官だ。本来センターバックを務めるジェネ・ダコナムのボランチ起用、アントゥネスのサイドハーフ起用、柴崎のFW起用が、最たる例である。
思えば、補強の段階からヘタフェはある種の矛盾を抱えていた。今季開幕前、スポーツディレクターのラモン・プラネスがバルセロナに引き抜かれた。プラネスは2017年夏に柴崎獲得に尽力。テネリフェとの契約が満了を迎え、フリートランスファーで引き入れられる柴崎を見逃さなかった。なお、プラネスは2009年夏に中村俊輔をエスパニョールに加入させた人物でもある。
そのプラネスが去り、後任にはニコ・ロドリゲスが就いた。補強の担当が代わり、ヘタフェは2018年夏に11選手を獲得。補強費は前年比935万ユーロ(約12億円)増だった。プラネスの退任で、柴崎を評価する人間がクラブ内から一人いなくなった意味は少なくない。加えて、スペインの中小クラブにありがちな、選手たちの「大移動」である。その影響は避けられなかった。
そして、柴崎はその間も日本代表に呼ばれ続けていた。ここにも矛盾があるような気がする。長距離の往復。試合勘の鈍り。微妙なズレ。所属クラブで試合に出ていない選手にとって、インターナショナルウィークは監督のコンセプトに対する理解を深める機会なのだ。また、Jリーグや他クラブで試合に出ている選手の枠をひとつ削ることになる。どちらにとっても、得がある話とは思えない。
柴崎が海外に移籍して2年半が経過した。スペインという変化の激しい国で、怒涛の日々が過ぎ去った。自分の意思とは無関係に襲ってくる問題と、そこに内在する矛盾ーー。その解決策を見出した時、飛躍の瞬間が待っている。