「今、ネットで起きていることは、民主主義への脅威だ」スタンフォード大教授が語るリテラシー教育の重要性
フェイクニュースをアメリカの若者の多くが見抜くことができないー。2016年11月にスタンフォード大学が発表した調査は、トランプ政権の誕生直後でもあり注目が集まりました。調査を行った同大教育大学院のSam Wineburg(サム ワインバーグ)教授は、「今、ネットで起きていることは、民主主義への脅威だ」と強い口調で危機感を表明しました。
<参考:調査に関する記事>
- 偽のニュース、10代の多くは見分けられず=米調査(ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)
- Stanford researchers find students have trouble judging the credibility of information online(Stanford Graduate School of Education)
デジタルネイティブのリテラシーは高いのか?
同調査は、大統領選でフェイクニュースが問題となる前の2014年に、メディア・リテラシーの測定研究としてスタートしました。
教師たちは、生徒であるデジタルネイティブ(ジェネレーションZとかミレニアル世代とも言われる)に比べてテクノロジーを使いこなせないため「生徒は能力が高い」と考えがちでした。しかしながら、調査でデジタルネイティブを観察すると、記事やイラストをうまくレイアウトして、見栄え良く見えることを重視していたのです。
「生徒たちは、コンテンツをコピーしたりアップロードしたりするのは専門家ですが、コンテンツを信じていいのか?質の高い情報か?ということは考えていなかったのです。予想以上に生徒たちのリテラシーは低いものでした」
従来のリテラシー教育との3つの違い
ワインバーグ教授は、これまでのリテラシー教育と、ソーシャルメディア時代の教育には3つの大きな違いがあると言います。
- 以前はほとんどの人が情報の消費者だったが、今や誰でもパブリッシャーになれる
- 以前は(マスメディアのような)伝統的な、評判のある情報源に基づいて情報を評価していたが、今は、視聴数が一番大事になっている。だが、視聴数が多いからといってその人が信頼に値するとか、情報が確かだということにはならない
- 情報拡散。トロールやプロパガンディストが拡散する情報は、事件の進行と同じくらい早い
「私たちは情報戦争の真っ只中にいます。そして、ロシアがその背後にいることも分かっています。多くの人はロシアは一つの意見に傾かせようとしていると考えていますが、それは彼らのゴールではありません。ゴールは混乱を起こすこと。混乱している社会はコントロールしやすいからです」
注)フェイクニュースとロシアのハイブリッド戦については以前の記事「フェイクニュースの議論で欠落する、国家間の「情報戦」「ビジネス戦」という視点」でも触れている。
注)ハイブリッド戦の担い手はロシアに限らない。中間選挙を控えたアメリカでは、セキュリティ会社「FireEye」の調査によりイランや中国の介入が疑われている。「米SNS、イラン関与疑いの不審ページを相次ぎ摘発 ロシアに次ぎ米内政に介入意図か 中間選挙に向け中国、北朝鮮も警戒」(日本経済新聞)
深刻な情報汚染とエコーチェンバー
ワインバーグ教授が強調するのは、コンテンツが誰のどのような意図によって発信されているかを読み解くことですが、ソーシャルメディアのテクノロジーを介した情報接触は、好みの情報に囲まれるフィルターバブルや、同じ意見が増幅されるエコーチェンバー現象を生んでいます。
「エコーチェンバーの問題は、自分は多様な情報に触れて読み解くことができていると考えてしまうことです。情報汚染がひどく、自分は異なる情報を集めていると思っても、実際は同じ情報源から来ていたりするのです。これを、ワシントン大学の研究者は、Crippled epistemologyと呼んでいます。同じ情報源からの情報だけを見ているのに、そうだと気付かずに自分が情報を読み解いたと考えている人は、Crippled epistemologyの被害者なのです」
<参考:論文>
- 「Examining the Alternative Media Ecosystem through the Production of Alternative Narratives of Mass Shooting Events on Twitter」Kate Starbird(University of Washington)
「これは、頭がいいとか悪いとかの問題ではありません。私たちが情報に触れ、消費する時の変化が大きすぎて、新たなテクノロジーについていくことができないことが問題なのです」
リテラシーを高めるのは大人の責任
ワインバーグ教授が所属するSHEG(スタンフォードの歴史教育グループ)では、グーグルやジャーナリストの研修などを行うポインターなどと共同で、10代のメディア・リテラシーを高めるプロジェクト「MediaWise」に取り組んでいます。調査だけでなく、授業教材、アセスメントなどを行う大規模な取り組みで、グーグルはプロジェクトに300万ドル(約3億円)を拠出しています。
「私たちは生徒を責めますが、これは大人の責任です。教えてもいないのに、生徒を責めている。そして、情報革命の真っ只中にいるのに、未だにプリント時代にいると勘違いしている教育システムの問題でもあるのです」。
【この記事はJSPS科研費 JP18K11997(ミドルメディアの役割に注目したフェイクニュース生態系の解明)の助成によるものです】