フェイクニュースの議論で欠落する、国家間の「情報戦」「ビジネス戦」という視点
国内におけるフェイクニュースの議論は、政治家の発言やマスメディアの誤報をチェックする「ファクトチェック」と混同されがちです。マスメディアの誤報は問題ですが、国家間の情報戦であり、ビジネス戦争である、という視点が欠落すると全体像を把握することが難しくなります。先ごろ開かれたG7でも、各国によるソーシャルメディア上の「情報戦」が繰り広げられたところです。そこにフェイクニュースを紛れ込ませようとしている国もあるのです。
注)トランプ大統領に机に手をついて詰め寄るメルケル首相の写真が拡散したが、それはドイツが発信したG7の写真。各国は自国に都合が良いイメージとなるようソーシャルメディアで写真を発信した。
日本ジャーナリスト教育センター(JCEJ)では、フェイクニュースに関する多角的な議論を深めたいと、政策分析ネットワークの協力で『「フェイクニュースから見るデータ社会のインテリジェンス」 ~プラットフォーム企業、広告モデル、民主主義のあり方~』と題したパネルディスカッションを6月9日に行いました。この記事はパネルでの議論を再構成したものです。
パネリスト:発言は個人の見解です
足立 義則(NHK報道局ネットワーク報道部副部長。ソーシャルメディア情報を分析、収集、報道と連携するソーシャルリスニングチームSoLT担当)
奥平 和行(日本経済新聞編集委員。シリコンバレー支局、名古屋支局などを経て現職。IT、自動車、スタートアップを取材している)
クロサカ タツヤ(企代表。各国のネットや通信事業の政策調査、コンサルティングを行う。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任准教授を兼務)
高野 聖玄(ホワイトハッカー集団によるセキュリティ企業であるスプラウト代表取締役。著書にサイバー空間の無法地帯に迫った『闇(ダーク)ウェブ』)
藤代 裕之(JCEJ代表運営委員、ジャーナリスト、法政大学准教授。著書に『ネットメディア覇権戦争- 偽ニュースはなぜ生まれたか』など)
藤代:JCEJはフェイクニュースを解明する調査手法が掲載された「A Field Guide to Fake News and Other Information Disorders(フェイクニュース調査のためのフィールドガイド)」の邦訳作業を行ってきた。ガイドは、欧州のリサーチ機関「パブリック・データ・ラボ」などが制作したもので、フェイクニュースへのロシアメディアの影響が登場している。
フェイクニュースは、政治家の発言やマスメディアの誤報をチェックする「ファクトチェック」という狭い話ではなく、国家の問題であり、ビジネスの問題だが、国内では広い視点で議論している人が少ない。今日のイベントでは、フェイクニュースと社会の関係性を、視点を変えて考えていきたい。
フェイクニュースは「戦争」の手段
高野:現代の戦争は、ハイブリッド戦になってきている。サイバー攻撃とメディアや広告ネットワークを使った情報戦の組み合わせ。サイバー戦と情報戦はほとんど線引きがなく、同時発生するケースが非常に多い。国や同盟国レベルでやらないと、個人でできることはほとんどない。
藤代: フェイクニュースとインテリジェンスの関係を理解するのに分かりやすい事例だと思う。もう少し詳しく。
高野:ロシアの新たな軍事ドクトリンには、サイバー情報を含めて総合的な戦い方をしなくてはいけないと明確に入っている。中国も同じ考え方。ロシアがウクライナに侵攻した際は、まずフェイクニュースで国内を混乱させ、その後軍事侵攻した際には、バックドアを利用したサイバー攻撃でウクライナの通信設備を遮断させたりしている。
注)高野氏が率いるスプラウトが運営するニュースサイト『THE ZERO/ONE』に詳しい記事が掲載されている。後編に掲載されているウクライナに対するロシアの「ハイブリッド戦」年表は一読の価値がある。
藤代:サイバーセキュリティ関係者と話をしても、ハッキングでデータを改ざんする、金を抜き取る、などの話で終わり、フェイクニュースとサイバー攻撃をミックスさせて軍事行動を起こすという考え方が乏しい。攻撃側は総合的に考えているが、受け手側では分断しているのが問題。
フェイクニュースと通商は表裏一体
クロサカ:バックドアのない機械を使えばいいんじゃないのという話が出てくるかもしれないが、特に基幹部分のネットワーク機器には何らかアクセス手段があるものが多い。ネットワーク機器はつながってないといけない。その理由はリモートメンテナンスの必要性があるから。
注)バックドアについては、アメリカで中国メーカーファーウェイやロシアのセキュリティ企業カスペルスキーが問題視されている。
藤代:バックドアが「ハイブリッド戦」に使われているのは理解できたが、そもそも日本の製品に競争力はあるのか。パソコンもスマートフォンも外国製品ではどうにもならない。ビジネスが強くなければ、サイバーセキュリティ戦も戦えないのでは?
奥平:競争力があるかというと厳しいのではないか。パソコンしかり、スマホしかり、全部コアなところを握られている。アメリカはセキュリティですべてをリセットできる。トランプがセキュリティ問題で関税をかけるのは通商問題。ファーウェイの機器はアメリカから締め出されているが、ファーウェイ攻撃している議員に献金しているのはライバルのシスコシステムズなどと言われている。経済記者の立場からみると通商問題と表裏一体。フェイクニュースと通商は表裏一体だという視点を日本も持たなくてはならない。
注)トランプ政権は「国家安全保障上の脅威」を理由に追加関税を検討している。
- 自動車、25%追加関税 トランプ氏、検討指示(毎日新聞)