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昆虫は食糧問題を解決する健康食材なのです

前屋毅フリージャーナリスト
昆虫を使った「虫寿司」。左からコオロギ、イナゴ、カマキリ

居酒屋ながら高品質のジビエ料理

昆虫・・・イナゴやコオロギ、セミといった、あの「ムシ」である。種類によっては一部の地域で食べられてはいるが、一般的には馴染みのない食材である。その昆虫を食べさせる居酒屋が東京にある。

東京・高田馬場の駅から歩いてすぐの場所にある「米とサーカス」が、その店だ。ただし、この店のメインは「ジビエ料理」である。イノシシやシカといった野生の鳥獣を使った料理のことだ。

その「米とサーカス」に一緒に足を運んだメンバーは、わたしを含めて5人。しかし「昆虫食」が目的ではなく、まずは、この時期の定番といっていいイノシシ肉を使った「ぼたん鍋」を食べるためだった。ぼたん鍋といいながらイノシシと豚を掛け合わせた「イノブタ」の肉を使う店が多いなか、ここは正真正銘、野生のイノシシの肉を使っている。店員さんに確認してみると、その日のイノシシは「大分産」だという。

実は、5人のうちの大半がイノシシは初体験だった。そのために、ドキドキの「ぼたん鍋体験会」だったのだ。

前菜もあったのだが、そこははぶいて鍋の話を優先すれば、グツグツと鍋が沸き立ったところで、「もう、いいんじゃない」と全員が箸をのばす。そして肉を口にはこび、ひと噛み、ふた噛み。次には、「おいしい~」の大合唱。イノシシといえば「固い」「臭い」という固定観念に縛られていたみたいなのだが、そんな縛りなど一瞬のうちに消え去り、臭みはないし固くもない、柔らかすぎるでもない、それでいて味のあるイノシシに、誰もが大感動で、黙々と箸を動かす。あっという間に、最後の雑炊までも食べきってしまったのだ。

「じゃ、昆虫をいきますか」と、調子のでてきたメンバーの1人である長野県出身者がボソリと言った。昆虫食メニューもあると情報は伝えていたのだが、この日は手をのばす予定はなかった。はっきり言えば、躊躇していた。しかし、ぼたん鍋の旨さに気をよくした長野県出身者が、突然に提案したのである。蜂の子やカイコは長野県では普通に食べられているらしく、長野県出身者である彼も子どものころから食べていて、抵抗はないという。

ただし、ほかのメンバーは、昆虫というものを口にしたことはない。もちろんイナゴやハチは知っていても、それを食べるという発想とは無縁に育ってきた。

しかし、提案されて断る理由もない。恐るおそるだったイノシシ肉が信じられないくらい旨かったのだから、昆虫だって旨いかも、とおもってしまったのである。その場のノリを壊すのも無粋だ、と考えたのも事実である。

恐るおそる口に運んでみてビックリ

そして注文したのが、「昆虫盛り」だった。日によって若干ちがうらしいが、この日はイナゴにハチの子、ゲンゴロウ、カイコ、バンブーワーム、タガメが皿に盛られて目の前に置かれた。

虫の盛り合わせ。仕入れによって内容は異なる。
虫の盛り合わせ。仕入れによって内容は異なる。

イナゴにハチの子、カイコは佃煮風で、「長野でも普通にあります」と長野県出身者は躊躇いもなく手を伸ばす。ほかのメンバーも、こわごわ口に運んでみて、「ああ、佃煮だね」と笑顔。続いてはバンブーワームだが、見るからにムシである。見た目に抵抗はあるものの口に運んでみれば、からりと油で揚げてあり、「これって『かっぱえびせん』みたいだね」と、これまた全員がニッコリ。

問題は、タガメである。素揚げにされているらしいが、そのままの形でデンと皿にのっかっている。「解剖するみたいだよ」と長野県出身者が、説明書を読みながらボソッと言う。皿には小さなハサミが乗せられており、それで解体するらしい。

ええっ、というメンバーの叫びも聞こえたか聞こえないのか、長野県出身者はタガメを取り上げて、ハサミを入れていく。着々と解体がすすむうち、「あれっ」と彼が声をあげる。何事が起きたのかと、ほかのメンバーは緊張するわけだが、「いい香りだ」と長野県出身者がうっとりした声をだした。

それに釣られてメンバーは次々に、解体されたタガメに鼻を近づけてみる。「梨だね」「これは洋梨だよ」「洋梨より洋梨っぽい香りだ」と、感想が重なる。それほどに、ぜひ、ぜひ体験していただきたい、洋梨のような香りに、うっとりとなる。体験してみれば、「これがタガメ?」と誰もが驚くことまちがいなし。

イノシシ肉に昆虫食、誰もが最初はおっかなびっくりだったのだが、最後は全員が大満足で店を後にしたのだった。

最初は苦戦したジビエ

なぜ、昆虫食を「米とサーカス」では提供するようになったのか。その深いふかい訳を、「米とサーカス」を運営している宮下企画(東京・新宿区)の広報担当である宮下慧(みやした・せい)さんに訊いた。

楽しそうにタガメを解体する宮下さん
楽しそうにタガメを解体する宮下さん

――そもそも、なぜジビエだったのですか。

宮下2011年3月に店をオープンすることは決まっていたんですけど、何をメイン料理にするか迷っているときに、たまたま知り合いに鹿肉を食べさせてもらったんです。それが、あまりに美味しくて、その知り合いに肉を送ってきていた猟師さんを紹介してもらって、すぐに北海道まで行きました。そこで話をしていて、「シカだけじゃなくて、クマなんかもあるよ」と言われたんですね。

当時は、まだジビエというと敷居が高い存在だったんですが、「こんなに美味しいんだから、もっと気楽に食べてほしい」と思ったんです。それで、「ジビエ居酒屋」としてオープンしたわけです。

――ジビエというと、やはり「くさい」イメージがありますよね。ところが、米とサーカスのジビエ料理は、くさみがない。先日、さくら鍋を食べさせてもらいましたけど、全員が感動する美味しさでした。

宮下猟師さんたちの解体や血抜きの技術にかかっているんですね。その技術の高い猟師さんや業者さんにお願いしているので、お客様に喜んでもらえる質で提供できていると思います。

――とはいえ、仕入れがたいへんなんじゃないですか。

宮下たいへんですね。それでも、いろんな方に紹介していただきながら、助けられてやっています。日本全国から仕入れているし、ワニやダチョウ、カンガルーなどはオーストラリアといったように、モノによっては世界的に仕入れています。

――ジビエ居酒屋として開店して、お客さんの反応はどうだったんですか。

宮下最初はダメでしたね。牛、豚、鳥しか食べられないイメージが強くて、せっかく来店していただいても、「食べられるものが無いじゃないか」と言われたりもしました。店の経営としても、苦戦しましたね(笑)。

――止めようとは思わなかったんですか。

宮下そうですね、でも、徐々に理解してもらえるようになりました。ちょうど北海道がシカ肉をアピールしはじめたり、ジビエがブームになってきて、なんとか軌道に乗りましたね。それからは、「この肉が食べたい」といって来店されるお客様が増えきています。

――どういう客層なんですか。

宮下20代、30代がメインですかね。女性も好奇心が強いのか、お客様全体の35%くらいを女性が占めています。

あとは昆虫しかない

――昆虫を食べる「昆虫食」ですが、いつから始めたんですか。

宮下去年(2016年)の2月からです。その前の年のバレンタインデーに、チョコの上にイナゴを乗せた「イナゴチョコ」をやったんですが、それが意外にも評判がよかったのに気をよくして、研究を重ねて「昆虫フェア」をやりはじめました。

――イナゴを乗せたチョコの評判がよかったんですか。

宮下まぁ、賛否両論あったんですが(笑)、イナゴそのままが乗っているのが可愛いというか、「キモカワイイ」という感じだったんじゃないでしょうか。

――それで、一気に昆虫食にいくわけですね。

宮下実は、その前に昆虫食にチャレンジしたことがあったんです。いろんな食材をやってみて、「あとは昆虫しかないない」ということで試作してみました。しかし食べてみて、「これはダメだわ」と断念したんです。

――なぜ、ダメだったんですか。

宮下やはり、見た目の抵抗感ですね。それで、そのときは断念しました。それがイナゴチョコが評判がよかったので、「意外と受け入れられるかな」というので昨年2月にやってみました。

――そのときは、かなりの自信作に仕上がっていたんですか。

宮下まだまだ試行錯誤のなかでしたね。そのまま食べるセットに、カイコ入りの茶碗蒸し、アリの卵を入れた出汁巻き、アリをふりかけたチャーハンとか、わからないなりに工夫して料理してみたんです。

それが、けっこう評判で、ビックリするくらい多くのお客様に来ていただいたんです。昆虫が求められていたんだな、と実感しましたね。

それから昆虫食研究家の方に協力してもらってメニューを練り、夏にも昆虫食フェアをやりました。

――フェアであって、常に店のメニューにあるわけではないんですね。

宮下昆虫は仕入れがたいへんで、たくさんのメニューを常時、提供するのは難しいんですね。だから期間限定になってしまいます。

それでも現在は、「昆虫の盛り合わせ」は定番メニューにしています。仕入れによって、種類が違ったりはしますけどね。

さらに月に1回ほどですが、「昆虫料理研究会」を開催しています。そこにも毎回、15~30人くらいの方に参加してもらっています。根強いファンも多いんですよ。

――「珍しいものを食べてみたい」という人たちなんでしょうか。

宮下それもあります。ただ実は、昆虫食は健康食材として世界的に認知がすすんでいるんです。アメリカではミールワームを乾燥させて粉にしたものを練り込んだプロテインバーが、スーパーマーケットでも普通に売られたりしています。最近では、日本にも輸入されているようですよ。

――健康食ですか。

宮下種類によって差はありますが、昆虫は高タンパク質で必須アミノ酸や鉄分などのミネラル・ビタミン類も豊富に含んでいるんです。100グラムあたりのタンパク質・ビタミン・ミネラルの含有量は、肉や魚より高いこともわかっています。

――意外ですね。まさに健康食材なんだ。

昆虫食は21世紀の救世主

宮下さらに、昆虫は将来の食糧難で救世主になる可能性の高い食材でもあるんです。それが、「米とサーカス」が昆虫食に力をいれて、広めていこうとしている理由のひとつでもあるんですけどね。

――昆虫を食べないと生きていけない時代が来るということですか。

宮下そうです。2030年には世界人口が90億人に達するといわれていますが、にもかかわらず地球温暖化の影響で食料生産が先細り、食糧難になる可能性が強まっています。

たとえば牛肉1キロを生産するには8キロの飼料が必要なんですが、地球温暖化で穀物生産も減るので、それだけの飼料が供給できなくなります。タンパク質を牛肉に頼っていると、じゅうぶんなタンパク質をとれなくなるわけです。

ところが昆虫なら、1キロを生産するのに2キロの飼料でだいじょうぶなんです。牛肉より栄養価も高いので、飼料変換効率がかなり高い。環境への影響も、動物を飼育するより、ずっと優しい。食糧難も救えるし、環境にも優しい、まさに昆虫は21世紀を救う食材なんです。

――すごい食材なんですね。

宮下これは、たんなる俗説ではありません。2013年に国際連合のFAO(食糧農業機関)が、人口増加と地球温暖化にともなう食糧問題の解決手段として昆虫食を推奨するレポートを出しています。それを私も知って、ますます昆虫食に力を入れようと思ったわけです。

――なるほど。そのために、これからの「米とサーカス」としての取り組みを教えてください。

宮下昆虫食フェアも開催していきますし、昆虫料理研究会も続けていきます。もちろん、新しい昆虫メニューにも積極的に取り組んでいきますよ。

今度のバレンタインデーにあわせて、「虫食いライター」として有名な昆虫料理研究家のムシモアゼルギリコさんの考案による「ミールワームブラウニー」を開発しました。焼き菓子のブラウニーに、小麦の皮である「ふすま」を食べて育ったミールワームをたっぷり混ぜ込んだ、香ばしい「虫スイーツ」です。

バレンタインデーのプレゼント「ミールワームブラウニー」
バレンタインデーのプレゼント「ミールワームブラウニー」

これを、2月13日と14日の2日間、来店いただいた先着50名ずつ、合計100名のお客様に無料でお配りする予定です。男性だけでなく、女性にもお渡ししますよ。これをきっかけに、昆虫食に興味をもっていただけたらいいな、と思っています。

――わかりました。昆虫食についての認識が変わりました。ありがとうございました。

「米とサーカス」の連絡先

東京都新宿区高田馬場2-19-8

03-5155-9317

<参考>

国連FAOが報告書 

AFPBB News : http://www.afpbb.com/articles/-/2943855

フリージャーナリスト

1954年、鹿児島県生まれ。法政大学卒業。立花隆氏、田原総一朗氏の取材スタッフ、『週刊ポスト』記者を経てフリーに。2021年5月24日発売『教師をやめる』(学事出版)。ほかに『疑問だらけの幼保無償化』(扶桑社新書)、『学校の面白いを歩いてみた。』(エッセンシャル出版社)、『教育現場の7大問題』(kkベストセラーズ)、『ほんとうの教育をとりもどす』(共栄書房)、『ブラック化する学校』(青春新書)、『学校が学習塾にのみこまれる日』『シェア神話の崩壊』『全証言 東芝クレーマー事件』『日本の小さな大企業』などがある。  ■連絡取次先:03-3263-0419(インサイドライン)

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