「大阪維新の会」の“錯覚商法”が極まった大阪府市の都市計画行政
大阪市内の都市計画を大阪府に事務委託するという実に奇妙な条例が大阪府市で制定され、今年4月に施行された。都市計画とは道路、鉄道、住宅、商業ビルなど都市インフラを秩序立てて整備することであり、「街づくり」という行政の仕事の根幹部分である。政令指定都市の大阪市がこの都市計画を大阪府に任せるというのは、大阪市民の住民自治にかかわる。また、2000年代に入り都道府県の都市計画権限は次々に市町村に移譲されており、国全体で進めてきた「地方分権」の流れにも逆行する。
2011年末から、大阪府と大阪市では「大阪維新の会」(維新)の歴代代表3人が両首長ポストをぐるぐる回してきた。その間、維新の両首長らは「大阪府と大阪市の二重行政の解消」と称して、大阪市営の施設をつぶしたり府市で共同設置する部署を作ったりしてきたが、大阪市の都市計画権限を大阪府に譲り渡す条例は、ついに巨額の公金を使う大規模開発が維新流の「二重行政解消」の対象にされたということだ。実際には、大阪市域の都市計画に大阪府が権限を持って関与するので、二重行政の解消どころか新たな二重行政を生み出し、都市計画決定の手続きはより複雑化する。看板と中身が食い違っているのだ。
立法事実なき大阪府市一体化条例
大阪市の都市計画権限を大阪府に委託することなどを定めた条例は、「大阪市及び大阪府における一体的な行政運営の推進に関する条例」(大阪府市一体化条例)である。大阪府議会には今年2月、大阪市議会には今年3月に上程され、政令指定都市の重要な権限を手放すに等しいにもかかわらず、両議会は3月中にさっさと可決してしまった。大阪府議会は維新会派が過半数を持っているので何でも可決でき、維新会派が過半数ない大阪市議会では維新に協力している公明党会派が賛成して可決された。
「いったい何のための条例なのか。立法事実がない」
大阪府市一体化条例の議案を審議する大阪市議会で厳しく追及したのは川嶋広稔市議(自民)だ。立法事実とは条例を新しく制定する合理性、必要性の根拠となる社会的な事実のことで、川嶋市議は「大阪市民にとって何の利益もなく、法的にも誤った条例だ」と指摘する。
今年1月25日~2月20日、大阪府と大阪市は府市一体化条例案のパブリックコメントを実施した。その際の説明資料に、大阪市から権限を取り上げて「大阪府に一元化を図る都市計画権限」として、都市計画区域マスタープラン▽都市再生特別区地区▽国際戦略港湾▽高速自動車国道▽都市高速鉄道、などが挙げられている。これらが大阪市から大阪府に「事務委託」されるものだ。
説明資料では、条例が必要である根拠として「かつて、市は市域内、府は市域外という、別々のまちづくり」「拠点開発や高速道路・鉄道整備などの都市交通インフラ整備などで、府市の連携が十分でなかった」などと記載。「大阪市域を核とした大都市の発展に、将来にわたって大阪府が責任を持つ仕組みづくりが必要」だとして、大阪市の都市計画権限を大阪府に委託すれば「大阪市域をまたぐ集客機能の強化や交通網の整備等に、スピード感をもって取り組むことができる」としている。
まるで、大阪府と大阪市がてんでバラバラに都市計画を実施してきたような記載だが、これは事実と異なる。大阪市が市域の都市計画区域マスタープランを作成する権限を持ったのは2015年からであり、それ以前は大阪府都市計画審議会で決定されていた。また、府と市のどちらが作成するにせよ、大阪府国土利用計画と適合させて作られてきたのは言うまでもない。
都市計画法では、府と市のどちらに権限があったとしても、規模の大きい開発計画は互いに意見を聴いたり協議すると定められており、大阪府と大阪市が互いの意向を無視して別々に都市計画をすることなど法的にできないのだ。府市一体化条例は前提が誤っており、立法事実はない。
では、大阪市の都市計画権限を大阪府に委託すれば開発がスピードアップするのかと言えば、川嶋市議は「大阪府と大阪市の都市計画はノウハウが違う。府はベイエリアの埋め立て地や、山林を削って作った平地などの場所に街づくりをしてきた。一方、大阪市は都市インフラが集積するエリアの再生で高い技術が蓄積されている。都市計画決定を複雑怪奇な仕組みにしたうえ、大阪市内の開発にノウハウがない大阪府に委託して、開発がスピードアップするなんてあり得ない」と説明する。
大阪市民にとってメリットはないがデメリットはある
自治体が仕事の一部を別の自治体に任せる「事務委託」は、地方自治法で認められているが、大阪府市一体化条例はこれを脱法的に活用している。
大阪府職員として府政改革に取り組んだ小西禎一・元大阪府副知事は「地方自治法上の『事務委託』は極めて例外的なものであって、他の地方公共団体に委託した方が効率的、効果的になるものに限られる」と話す。市町村が都道府県に事務委託している例としては、職員の勤務条件に関する措置要求や不利益処分の審査をする「公平委員会」が最も多く、市町村では滅多にない案件なので、県などに委託した方が効率的になるためだと考えらえる。
小西・元副知事は「政令指定都市の都市計画を府に事務委託するというのは、地方自治法の事務委託制度が想定していない。制度の範囲を超えている」と言い、「大阪府民、大阪市民にメリットはない。逆にデメリットとしては、大阪市内で地元が望まない開発が大阪府によって決定してしまう可能性がある」と危惧する。
3月に大阪府市一体化条例が成立した後、5月には条例に基づく規約が府市両議会で可決された。規約によって、大阪府市共同の新しい組織「大阪都市計画局」が今年11月に設置される。大阪府の都市整備部と住宅まちづくり部から約100人、大阪市の都市計画局から約30人の合計約130人の職員で構成。大阪市内の新大阪駅前、大阪城東部地区などの開発と、大阪府が実施する大阪市域外の箕面森町(大阪府箕面市)、りんくうタウン(大阪府泉佐野市)などの開発が担当業務となっており、大阪市が大阪府に委託する都市計画決定の手続きもここで実施する。つまり、大阪都市計画局とは、大阪市と大阪府の都市計画に関する業務がごちゃ混ぜになり、これらの業務を大阪府職員と大阪市職員が入り混じって処理するという組織なのだ。
小西・元副知事は「大阪府は大阪市から委託を受けた都市計画決定の業務を、大阪市の職員を使って処理することになるだろう。それが地方自治法上の『事務委託』と言えるのか。大阪都市計画局という組織を作るのならば事務委託する必要はないし、事務委託するのなら大阪都市計画局で大阪市職員が実務をするのはおかしい。筋が通らないことをやろうとしている」と述べる。
また、5月の府市両議会で決まった規約について、川嶋市議は「とんでもない不平等条約のようなもの」と憤る。
「条例は大阪市議会の議決によって廃止することができるが、規約は府市両議会の議決がなければ廃止できない。大阪市議会が『もう都市計画の委託は止める』と意思決定した場合でも、条例は廃止できても規約は府市両議会が議決しない限り残るので、委託を止めることができず、大阪都市計画局も無くならない」と述べる。
大阪府市の連携を強化するとの謳い文句で作られた条例と規約だが、「無意味な連携」を強制する道具になる恐れは十分ある。
大阪府市一体化条例で得をするのは誰か?
大阪府市が両トップとも“維新の椅子”となって以降の10年、維新の掲げる「大阪都構想」によって、大阪市は廃止の危機にさらされてきた。大阪都構想とは、大阪市を特別区に格下げする構想であり、大阪府は大阪市の政令指定都市権限をごっそり入手できるのだ。しかし、2015年5月17日と2020年11月1日の2度にわたる大阪市民の住民投票はいずれも「反対多数」で、大阪市民は政令指定都市としての大阪市の存続を望んでいることがはっきりした。
2度目の住民投票の直後の昨年11月5~6日、松井一郎・大阪市長(当時・維新代表)と吉村洋文・大阪府知事(当時・維新代表代行、現・維新代表)は、「大阪市の広域行政を大阪府に一元化する仕組みを条例で定める」と表明した。広域行政とは都市計画権限のことを指しており、要するに住民投票で否決されたことを、条例化という形でやってのけようという独裁的発想である。
住民投票は2度とも反対多数とは言え、賛成票とは1万~1万7000票の僅差だ。結局のところ、松井市長、吉村知事の両首長が大阪府市一体化条例と規約を大急ぎで成立させたのは、大阪都構想の賛同者らに「住民投票結果がどうなろうと二重行政の解消は続ける」との姿勢を示して支持が離れないようにし、今年秋の衆院選を乗り切ろうという維新の選挙対策なのではないか。
また、今後、道路や鉄道の整備、エリア再生などの大型開発が進展する中で、松井市長、吉村知事らは「府市一体化条例を作ったからこそできたことだ」とアピールするのは間違いない。2023年春の大阪府市両首長のダブル選挙と統一地方選に向け、大阪の開発が進んだのは「条例のお陰」「条例を作った維新のお陰」と市民に錯覚させておくのも視野に入っているだろう。
新型コロナウイルス禍の影響で自治体の税収は厳しくなる見通しであり、大阪でもアフターコロナでは大型開発は難航する可能性がある。川嶋市議は「開発がうまくいかなければ、維新は『大阪市の権限を大阪府に事務委託しただけでは限界がある。やはり(大阪市を廃止する)大阪都構想しかない』とショック・ドクトリン的に市民を錯覚させ、3度目の住民投票に持ち込むこともあり得る」と、またもや大阪都構想が“政治的復活”をするのではと予想している。