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軽度要介護者の介護保険はずし。利用者負担の原則2割化。財務省が繰り返し提案する介護保険改革案

宮下公美子介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士
財務省は繰り返し介護の効率化を求め、予算削減を試みようとしている(写真:イメージマート)

介護の効率化を強く求める財務省

2022年4月13日の財務省財政制度等審議会財政制度分科会(以下、財政審)で、また「効率化」を強く訴える介護保険制度改革案が示された。

中でも特に反発が強いのは、これまでも繰り返し示されてきた以下の改革案だ(*1)。

・利用者負担の見直し

・ケアマネジメントの利用者負担の導入等

・軽度者へのサービスの地域支援事業への移行等

・業務の効率化と経営の大規模化・協働化

介護保険サービスの利用者負担を見直し、原則2割にする。

現在、利用者負担なしのケアマネジメント(ケアプラン作成)を有料化する。

軽度者(要介護1,2)の訪問介護(ホームヘルプ)と通所介護(デイサービス)を介護保険から外して自治体サービス(地域支援事業)に移行する。

この3つの改革案は繰り返し提案されながら、介護現場や利用者からの反対の声が強く、未だ実現に至っていない。弊害が大きいからだ。

繰り返し提案されているケアプランの有料化は、利用者のコスト意識を高める効果がある反面、権利意識の強い利用者に押されて言いなりのケアプラン作成につながるリスクもある
繰り返し提案されているケアプランの有料化は、利用者のコスト意識を高める効果がある反面、権利意識の強い利用者に押されて言いなりのケアプラン作成につながるリスクもある提供:イメージマート

原則2割負担となれば利用控えが進む

利用者負担の原則2割化は、1割負担の利用者にとって負担の倍増となる。1割負担の利用者は、65歳以上の第1号被保険者全体の約6割を占める、住民税非課税世帯や生活保護世帯だ。

今でも利用控えがあると言われるこれらの利用者は、2割負担化が実現すれば、利用するサービスをさらに絞り込まざるを得なくなるだろう。それにより、重症化リスクを高め、結果的にかえって介護保険財政を圧迫することになると指摘する声は多い。

また、軽度者を対象とした訪問介護と通所介護の地域支援事業への移行も反発は強い。これは、事実上のサービス切り下げだからだ。

すでに要支援者への訪問介護、通所介護の地域支援事業への移行は、「全国一律の基準ではなく地域の実情に合わせた多様な人材・多様な資源を活用したサービス提供を可能にする」という名目のもと、多くの反対の声を押し切る形で実行された。

評判は良くない。

介護保険サービスからはずれたことで報酬が引き下げられ、訪問介護、通所介護の事業者にとって経営への打撃となった。また、特に訪問型サービスは、住民主体でのサービス提供が求められているものの、実行したくても担い手の育成・定着が進まない状況が指摘されている(*2)。

軽度者向けサービスまで地域支援事業に移行されれば、事業者にとっても利用者にとっても厳しい状況になることは間違いない。

国の社会保障で、制度があってサービスがない状況は許されない。しかし、自治体サービスである地域支援事業に移行すれば、サービス確保の責任は自治体に移る。自治体にとっても、受け入れたくない改革案だろう。

介護保険の訪問介護すらヘルパー不足で悩んでいる中、報酬単価が下がる住民主体の訪問型サービスは、参入したがらない事業者が多い上、担い手不足で十分な提供体制が整わない自治体も多い
介護保険の訪問介護すらヘルパー不足で悩んでいる中、報酬単価が下がる住民主体の訪問型サービスは、参入したがらない事業者が多い上、担い手不足で十分な提供体制が整わない自治体も多い提供:イメージマート

サービス切り下げを正面から説明すべきでは?

介護保険が始まった2000年度、介護保険の総費用(介護給付費+利用者負担額)は3.6兆円だった。それが2018年度には10兆円を超え、2021年度には12.8兆円と過去最高を更新した。

65歳以上が支払う介護保険料も、第1期(2000-2012年)には全国平均で2911円だったが、第7期(2018-2020年度)には5869円、第8期(2021-2023年度)には6014円と倍増している。

総費用が約4倍に増大しているのに制度はそのまま、というのはやはり無理がある。

2022年度の国家予算では、社会保障費は約36兆円で一般歳出の約54%を占める。増え続ける総費用をそのままに、ない袖を振り続けることはできない。

もちろん、このサービス切り下げに反対する介護事業者は多い。

しかし一方で、「目の前の利用者のことを思えば、反対したい気持ちはある。しかし、これからも介護保険制度を維持し、長く高齢者を支えていくためにはやむを得ない改革だ」と語る事業者もいる。

財務省はいつまで、「地域の実情に合わせたサービス提供のために」軽度者のサービスを自治体に移行するという中途半端な説明を続けるのだろうか。

介護保険制度をこれからも維持していくために重度者を支える制度に変更し、軽度者へのサービスを切り下げる――それが本当に必要なら、国民に正面から説明し、理解を求めていくべきではないか。

介護保険費用の推移。制度開始当初と比べると、保険料は約2倍、総費用は約4倍になった。グラフは財政制度等審議会財政制度分科会(令和3年4月15日開催) 社会保障等(参考資料)より引用
介護保険費用の推移。制度開始当初と比べると、保険料は約2倍、総費用は約4倍になった。グラフは財政制度等審議会財政制度分科会(令和3年4月15日開催) 社会保障等(参考資料)より引用

財務省が求める業務効率化の先にあるものは

もう一つ、注目したいのが「業務の効率化と経営の大規模化・協働化」。これも以前から繰り返し提起されている問題だ。

「業務の効率化」とは、たとえば、AIやICT活用によって省力化を図ること。食事の配膳や清掃、シーツ交換など、専門性がさほど必要ない業務を、無資格の介護助手に渡していくこと。煩雑な申請書類などを簡素化し、事務作業を削減することなどだ。

事務作業の削減は長年の課題だ。介護保険制度は、改正ごとに複雑な報酬加算が創設され、かつ改正点も多く、事務作業の煩雑さが事業者の大きな負担となっている。

また、申請書類や提出のルールなどが自治体ごとに異なるのも難点だ。複数自治体でサービス提供する事業者の事務処理負担の大きさは想像するに余りある。

自治体ルールによる事務作業煩雑化の問題は、2022年4月開催の国の規制委改革推進会議でも取り上げられた(*3)。そしてようやく、提出書類等の自治体ルールの解消のガイドライン作成、電子申請などについて国と自治体の連携による検討が進められることになった。

複数自治体でのサービス提供をしている事業者も、1つの自治体に提出すれば良いとする簡略化についても検討を進めるという。

様々な業務効率化によって、介護職がより専門性の高い本来業務に注力することができるようになるのは望ましいことだ。実際、業務効率化を推進し、サービスの質の向上につなげている事業者も増えている。

しかし、業務の効率化を求める財務省の目的は人員配置を減らすことだ。せっかく効率化によって生まれた余力が人員配置削減につながるのでは、効率化へのモチベーションは上がらない。

今後、深刻化する介護職員不足を考えれば、人員配置を減らせる体制づくりは考えざるを得ないだろう。しかし、それは介護現場のメンタリティとは相容れにくい。

国の施策に求めるべくもないが、介護保険改正では常にこうした「メンタリティ」の部分が置き去りにされている。それは、見えないダメージとなって、介護職のモチベーションを削っていることは間違いない。

介護職などの対人援助職には、「思い」を大切にして動く人が多い。人員配置削減の必要性も、介護職自身、頭ではその必要性を理解している人が多いだろう。

だからこそ、それを受け入れにくい「メンタリティ」の部分に何か支援があればと思う。

改正のたびに複雑化する介護報酬の加算体系によって、添付する書類が増える上に自治体ごとにルールが異なるため、それを把握して書類をそろえ、提出するには多大な労力が必要になる
改正のたびに複雑化する介護報酬の加算体系によって、添付する書類が増える上に自治体ごとにルールが異なるため、それを把握して書類をそろえ、提出するには多大な労力が必要になる提供:イメージマート

大規模化の目的もやはり報酬引き下げ

介護現場で反発の声がより大きいのは、「大規模化・協働化」の方だ。

財政審は、介護保険制度導入で事業者間の競争によるサービスの質の向上が期待されていたのに、小規模法人が多く、競争が必ずしも質の向上につながっていないことを指摘。

大規模で拠点数の多い法人ほど、スケールメリットが働き、平均収支率が良いことを挙げ、次のように提案している。

「効率的な運営を行っている事業所等をメルクマール(筆者注:目標、指標)として、介護報酬を定めていくことも検討していくべきであり、そのようにしてこそ大規模化・協働化を含む経営の効率化を促すことができる」

大規模化や効率化の推進は、やはり介護報酬の引き下げが目的なのだ。

現在、介護現場ではロボット導入等ICTの活用により、人員配置基準を緩和する方向での実証実験が進められている。これも報酬削減への布石だろう。

AIやICT、介護ロボットの活用による省力化は進めるべきだが、それで職員が減らされ、さらに報酬も削減されるのでは、介護職のモチベーションは上がらない
AIやICT、介護ロボットの活用による省力化は進めるべきだが、それで職員が減らされ、さらに報酬も削減されるのでは、介護職のモチベーションは上がらない写真:アフロ

大切なのは自立支援の実践か効率化か

こうした大規模化や効率化の方針について、きめ細やかな認知症ケアで国内だけでなく海外からの評価も高い、(株)あおいけあ(神奈川県藤沢市)代表取締役の加藤忠相さんは、次のように訴える。

「国は、われわれのような小規模事業者はいらない、ということでしょうか。そもそもわれわれ介護事業者の役割は、大規模化して要介護者を効率的に“面倒を見る”ことではないですよね。

2000年に介護保険制度が始まってから、介護事業者に求められているのは、“自立支援に資する”サービスの提供です。

であれば、少ない人数で効率的に介護していることを評価するのではなく、要介護度の軽減や悪化の防止をきちんと行っているかどうかを評価すべきです。

1年たっても要介護度が悪化していない事業者の報酬は引き上げましょう、そうでない事業者は引き下げましょうというのならわかります。大規模、小規模の問題ではないですよ」

国の財政を預かる財務省が、どこで予算の圧縮を図るかという視点で介護保険を見るのはやむを得ない。しかし、介護現場で真摯に高齢者と向き合う介護事業者とのベクトルの違いは大きい。

そこを埋めていかなければ、介護保険財政の維持以前に、地域で丁寧に高齢者と向き合う事業者が効率化の波にさらされて気がついたらいなくなっていた、ということになりかねない。

加藤忠相さんは、「財務省にいわせると、質が高いサービスを効率的に提供していくためには我々は存在しないほうがよいということか?」と問いかける(画像は加藤さんのFacebookより承諾を得て引用)
加藤忠相さんは、「財務省にいわせると、質が高いサービスを効率的に提供していくためには我々は存在しないほうがよいということか?」と問いかける(画像は加藤さんのFacebookより承諾を得て引用)

効率化と自立支援の実践の両立には

財務省と介護事業者のベクトルの違いを融和させる方法はある。「大規模化・協働化」をうまく活用することだ。

2020年の介護労働安定センターの調査によると、介護事業者は約3割が従業員数20人未満、約7割が100人未満(*4)。介護業界は、圧倒的に中堅中小事業者が多い。

その中には、地域密着できめ細やかなサービスを提供し、多くの利用者に必要とされながら、創業者が高齢化し、後継者不在で廃業を選択する法人もある。

そうした事業者が地域の介護体制を守るために事業を継続するには、大規模化や協働化が解決策になる場合もある。それは必ずしも、効率化を目指す大規模化・協働化ではない。

次回の記事「介護事業者に『大規模化・協働化』を求める国の圧力へのソリューション。実例・中小介護事業者の好M&A」では、その具体例を紹介したい。

<参考資料>

*1 財政制度等審議会財政制度分科会(令和4年4月13日開催)資料一覧 資料1 社会保障

*2 軽度者(要支援・要介護の1・2)に関する調査 ~総合事業の影響について~ 報告書(平成30年12月 東社協 東京都介護保険居宅事業者連絡会)

*3 規制改革推進会議(2022年4月18日開催) 資料2-3「介護分野におけるローカルルール等による手続負担の軽減について」

*4 介護労働安定センター 令和2年度 事業所調査「事業所における介護労働実態調査 結果報告書」

介護福祉ライター/社会福祉士+公認心理師+臨床心理士

高齢者介護を中心に、認知症ケア、介護現場でのハラスメント、地域づくり等について取材する介護福祉ライター。できるだけ現場に近づき、現場目線からの情報発信をすることがモットー。取材や講演、研修講師としての活動をしつつ、社会福祉士として認知症がある高齢者の成年後見人、公認心理師・臨床心理士として神経内科クリニックの心理士も務める。著書として、『介護職員を利用者・家族によるハラスメントから守る本』(日本法令)、『多職種連携から統合へ向かう地域包括ケア』(メディカ出版)、分担執筆として『医療・介護・福祉の地域ネットワークづくり事例集』(素朴社)など。

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