くるまえび と よばれて
先日、都内某所でとあるオフ会的なものがあったと思ってほしい。たいへん楽しい会だったわけだが、その場で盛り上がった話題の1つが、最近話題の食材偽装問題だった。
その場にいた一同、「最近の大騒ぎはちょっといきすぎじゃないか」みたいな話で大筋合意だったのだが、それでわいわい話しているうちに、「アンニュイなブラックタイガーがこの状況を愚痴る」みたいなお話があったら面白い、みたいな流れになった。そこからどこがどうしてそうなったのか詳しくは覚えていないのだが、最終的には私が文章を書いて、それにその場にいた松尾たいこさんが絵をつけてくださるという話になっていた。
松尾たいこさんといえば、押しも押されぬ人気イラストレーターだ。お忙しいだろうし、まさかと思っていたが、ちょっとしたお話を書いてみたら、本当にイラストをつけてくださって、うひゃー、となっているのが今、というわけだ。
ご承諾もいただいたので、イラストつきで公開。
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くるまえび と よばれて
え: まつお たいこ
ぶん:やまぐち ひろし
ぼくだって
だますつもりは
なかったんだよ
ぼくの
なまえは
ブラックタイガー
ただのえび
あたりまえの
えびだ
それいじょうでも
それいかでも
ない
ぼくは
ぼくで
あることを
こころの
そこから
きにいっている
しんせきの
くるまえびは
ゆうめいだけど
べつに
うらやましく
なんかない
あいつの
しましまは
かっこいいけど
ぼくの
ほうが
おおきいしね
うみのそこで
かいを
たべたり
ときどき
フライやてんぷらに
なったり
のんびり
きままに
していたい
でもあるひ
ホテルのおじさんが
いったんだ
「きみ
くるまえびに
ならないか?」って
「きみも
にんきものに
なれるよ」って
よくない
はなしだって
わかってたさ
だってぼくは
ブラックタイガー
なんだからね
うそつきは
わるいに
きまってる
だけど
こころが
ゆれたんだ
ちょっとだけ
いいかもって
おもったんだ
くるまえびの
にんきは
すごいからね
きにしてない
つもり
だったけど
やっぱり
うらやましく
おもってたのかな
それで
ちょっとだけ
やってみたんだ
そりゃ
ちょっとは
たのしかったさ
やっぱり
ほめられるのは
うれしいもんね
だけど
やっぱり
かなしくなった
「すごい
りっぱな
くるまえびだ」
「さすが
くるまえびは
おいしいね」
みんなが
ぼくを
ほめるたびに
こころが
ちくっと
いたんだよ
ほんとは
わかって
ほしかった
「ぼくは
くるまえび
なんかじゃない」
「ほんとは
ぼくは
ブラックタイガー!」
けれども
ひとりも
きづかなかった
ようやく
ぼくは
わかったよ
きみたち
ほんとは
ぼくたちと
くるまえびの
ちがいなんて
わからないんだろう?
なまえだけみて
わかってるふり
してるんだろう?
こないだ
くるまえびに
あったんだよ
あいつには
わるいこと
したかなと
おもってたから
「ごめん」って
あやまったんだ
あいつは
ぜんぜん
おこってなかった
むしろ
すっごく
おちこんでた
「にんげんは
ぼくが
すきなんじゃなくて
ぼくの
なまえが
すきだったんだ」って
それなのに
ばれたら
おおさわぎだ
「ぎそうだ!
だました」って
おおさわぎだ
きいたら
ほかにも
あったらしい
なかよしの
バナメイエビは
しばえびに
しりあいの
メバチマグロくんは
クロマグロに
シイラさんなんか
カンパチにも
ハマチにも
カジキにも
シマアジにも
されるんだとさ
ひどい
はなしだって
おもってるんだろう?
たしかに
だますのは
よくないよ?
でもね
そういうつもりじゃ
ないんだよ
ホテルの
おじさんに
きいてみたら
「そうすると
みんなが
よろこぶんだ」って
ほんとは
ホテルが
おりょうりの
ざいりょうに
かけてる
ねだんなんて
うりねの
せいぜい
2、3わり
あとは
ホテルの
おじさんの
りょうりの
うでや
たてものの
きれいな
かざりや
いいおさら
やさしい
おにいさん
おねえさんの
サービスの
ねだん
なんだって
でも
それなのに
きみたちは
そういう
どりょくも
くふうもすべて
ぜんぜん
ひょうか
しないじゃないか
おじさんが
うでをふるった
じまんのソースを
ちっとも
ほめたり
しないくせに
「わあ!
くるまえびだ」とか
いうだろう?
おじさんに
しつれいだとは
おもわないか?
ぼくらを
くるまえびの
かわりにしても
ホテルは
たいして
もうからない
みんなの
えがおが
みたいんだ
みんなに
よろこんで
ほしいんだ
だって
きみたちは
わからないから
くるまえびの
りょうりですって
かかないと
おいしいって
おもって
くれないから
わるくないって
ひらきなおる
わけじゃないんだよ?
だけど
すこしは
いわせてほしい
きみたち
ちょっと
きょくたんすぎないか?
きみたち
てづくりふうハンバーグくんにも
もんくいったんだって?
「ほんとは
てづくりじゃ
ないじゃないか!」って
バカも
やすみやすみ
いえってんだ
てづくりじゃないから
てづくり「ふう」って
つけたんじゃないか
「おふくろの
あじの
ていしょく」を
おとこのひとが
つくってたって
いいじゃないか
おふくろが
つくったとは
いってないんだし
きみたちは
だまされたから
おこってるんじゃなくて
きづかなかったのを
ごまかすために
おこってるんじゃないのか?
ほんとうは
あじなんて
わからないって
ばれちゃったから
おこってるって
ことじゃないのか?
ぎそうしてるのは
きみたちも
おなじじゃないか?
ごめん
ちょっと
いいすぎた
きみたちを
わるくいう
つもりはない
でもね
わかって
ほしいんだ
なまえで
おいしさを
きめないでほしい
ぼくの
なまえは
ブラックタイガー
ただのえび
あたりまえの
えびだ
だけど
あじには
じしんがある
たぶん
くるまえびにも
まけないよ
ぼくを
ぼくとして
みてほしい
そのままの
ぼくのよさを
わかってほしい
だけど
うすうす
わかってる
たぶん
きみらは
わかってくれない
やっぱり
なまえで
えらぶんだろう?
ぼくらは
とっくに
あきらめてるんだ
たぶん
これからも
かわらないよ
きみらは
だまされ
つづけていく
だって
ぼくらを
みてないから
ぼくらの
なまえしか
みてないから
それはそれで
しあわせかも
しれないよ?
ぼくらは
ちょっと
かなしいけどね
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特に補足することもないとは思うが、偽装行為を正当化しようとかそういう話ではないので念のため。この問題について目にするたびに感じていたもやもやを、ブラックタイガーくんの目を通して語ってもらったということだ。企業の単なる利潤動機、だけではすまない問題がここにはある。私たちは「だまされた無垢な被害者」だとすましてばかりいていいのだろうか。
皆さんがどう読まれたかはわからないが、きっかけとなった某オフ会に参加いただいた皆様にはおほめいただいた。自分としてもこの話、けっこう気に入っている。というか、特にこの松尾たいこさん描かれたブラックタイガーくんのイラストがすっごくいい。ポップでクールな画風がブラックタイガーくんの悲しみをよく伝えているように思う。なんとかこれをもとに、松尾さんのイラストがいっぱい入った、大人向けのほろ苦系の絵本とか作ってくれる出版社とかないだろうかと半ば本気で思っているのだが、どこかないもんかなあ。