SNS投稿30億枚で顔認識データべース、警察に広がるAIアプリのディストピア
FBIの顔写真データベースは4億枚、だが600を超す捜査機関が使うこの顔認識AIアプリはその7倍にものぼる30億枚。しかも一般ユーザーのSNS投稿などを自動収集したものだ――。
米連邦捜査局(FBI)や警察など600を超す捜査機関に、ネット上の膨大な画像から容疑者を割り出す米ベンチャーの顔認識AIアプリが広がっている実態を、ニューヨーク・タイムズが伝えている。
この顔認識アプリは、フェイスブックやユーチューブ、ツイッター、インスタグラムなどのソーシャルメディアから自動収集した30億枚の画像をもとに、AIを使って即座に捜査対象者を割り出す、という。
このような画像収集は各ソーシャルメディアの利用規約に違反している上に、顔認識の精度も専門機関による検証を受けてはいないが、すでに捜査の現場に取り入れられている。
AIによる顔認識は、プライバシー侵害への懸念が指摘されており、すでにカリフォルニア州などは法規制に乗り出している。
そんな中での桁違いの規模の顔認識アプリの登場は、歯止めのきかないテクノロジーによる「ディストピア」が現実味を帯びていることを示す。
●FBIの7倍の顔写真
ニューヨーク・タイムズによると、この顔認識AIアプリ「クリアビュー」を提供しているのは、ニューヨークに拠点を置くベンチャー「クリアビューAI」。
同社はオーストラリア人エンジニアのホアン・トンタット氏と、ニューヨーク市長時代のルドルフ・ジュリアーニ氏の顧問だったリチャード・シュワルツ氏が設立。ペイパルの創業者で、フェイスブックへの投資、トランプ大統領支持でも知られる投資家のピーター・ティール氏が20万ドル(約2,200万円)を出資している、という。
「クリアビュー」はすでに、FBIや国土安全保障省などが採用の検討に入っているほか、フロリダ州北部、ゲインズビル警察が正式採用するなど、合わせて600カ所を超す捜査機関が使っているという。
「クリアビュー」の大きな特徴は、顔認識のための画像データベースの規模だ。
FBIには、「FACE」と呼ばれる顔写真データべースがあることが知られている。
米会計検査院が2016年に公開した米上院への報告書によると、「FACE」はFBIの犯罪者など2,970万枚の顔写真データべースのほか、1億4,000万枚のビザ申請の顔写真や州レベルの運転免許証の顔写真データベースを横断的に検索することができ、その顔写真の数は合わせて4億1,190万枚に上ることが分かっている。
だが、情報公開NPO「マックロック」などの調査によると、「クリアビュー」の営業資料では、同社のデータベースの保有枚数をFBIの「FACE」の7倍超にあたる30億枚と公表している。
しかも、「FACE」の顔写真照合では、正面を向いた容疑者写真が必要だが、「クリアビュー」では帽子や眼鏡を着用した不完全な写真でも顔認識ができるのだという。
正式採用したフロリダのゲインズビル警察では、古いお蔵入り事件から、30人以上の容疑者を特定することができた、という。
そして「クリアビュー」は、顔認識データベースの素材として、プロブラムを使ってネット上から顔写真を自動収集しているのだ、という。
その対象はニュースサイトと採用サイト、教育サイトから、フェイスブック、ユーチューブ、ツイッターなどのソーシャルメディアまで幅広い、という。
●20分で容疑者特定
「クリアビュー」の警察における利用は、すでにいくつかの事件で容疑者逮捕につながっている。
インディアナ州警察では、このアプリをテスト利用中の2019年2月、公園で起きた発砲事件の容疑者について、目撃者がスマートフォンで撮影した動画の画像から、20分で身元を特定することができたという。
この容疑者は、免許証も逮捕歴もなく、犯罪者データベースには登録されていなかった、という。
また、フロリダ州では同年11月、家電ショップからグリルや掃除機など1万2,000ドル相当が盗み出された事件で、この店の監視カメラの画像から、タンパ警察などが「クリアビュー」によって容疑者を把握。
さらに監視カメラに写っていたタトゥーと、容疑者のフェイスブックに投稿されていた写真のタトゥーが一致したことが逮捕の決め手になったという。
ただ、「クリアビュー」の識別の精度は75%程度、という。また、その精度に関する外部の専門機関による検証も行われていないようだ。
また、特にソーシャルメディアではこのような自動収集を利用規約で禁じているケースが多く、このアプリがそれらの規約違反となる可能性はある。
●スマートグラスへの接続
ニューヨーク・タイムズは、このアプリがスマートグラスのAR(拡張現実)に対応できる仕様になっている、と指摘している。
その機能が実装されれば、警察官が手配犯などの特徴を手掛かりに街頭で探す「見当たり捜査」や不審者の警戒をAIと連動できる一方で、街頭を歩く一般の人々に対するリアルタイムの身元特定も可能になる。
このような、警察官によるARスマートグラスをつかった身元特定は、すでに中国のベンチャー「エックスロング」が中国の警察向けに開発。北京、天津、さらに人権弾圧が指摘される新疆ウイグル自治区で実用配備されている、という。
※参照:「AI判定で収容所送り、1週間で1.6万人」暴露された中国監視ネットの実態(11/28/2019)
※参照:監視カメラ・スマホアプリで追跡、中国「AI監視社会」のリアル(05/03/2019)
AI社会の陰画として、中国における「監視社会」のディストピアが報じられる。
そのディストピアの影が、この「クリアビュー」にもつきまとう。
●顔認識と法規制
AIを使った顔認識には、監視社会・プライバシーへの懸念に加えて、認識精度の人種や性別によるばらつきなどの問題もあり、批判の声が高まっている。
※参照:顔認識AIのデータは、街角の監視カメラとSNSから吸い上げられていく(04/21/2019)
※参照:AIと「バイアス」:顔認識に高まる批判(09/01/2018)
※参照:「顔認識で監視」「アレクサが会話を盗み聞き」アマゾンAIに相次ぐ懸念(05/26/2018)
これを受けて、州レベルではオレゴンとニューハンプシャー、さらに市のレベルではサンフランシスコとオークランドが州法、条例での規制に乗り出しており、新たにカリフォルニア州も、3年間の時限立法で顔認識の規制を決めた。
だが、テクノロジーの広がりは、加速度的に勢いを増す。
「クリアビュー」の顔認識を支えるのは、膨張し続けるソーシャルメディアユーザーが投稿する、膨大な自撮り写真やインスタ映え写真だ。
ニューヨーク・タイムズは、「クリアビュー」の投資家の一人、デビッド・スカルゾ氏のこんなコメントを紹介している。
情報が膨張を続ける限り、プライバシーというものは存在しえない。私はそういう結論に達した。法律は何が合法かを判断せねばならない。だが、テクノロジーを禁止することはできない。もちろん、それがディストピアの未来といったものにつながっているのかもしれない。だが、禁止することはできない。
(※2020年1月19日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)