アラブ諸国を蝕む偽学位問題
この夏、中東の産油国であるクウェイトで学位や資格が偽造・捏造されていることが社会問題として浮上した。偽学位を悪用した者は7月下旬の時点で400人にのぼり、その職種は弁護士、技士、医師、看護師などに広がっていた。さらに、学位を偽造し販売するネットワークが、監督官庁の学位や資格の登録部門にまで浸透していたことが問題の深刻さに拍車をかけた。
クウェイトにおける偽学位問題摘発の端緒は、「顧客」を集めていたクウェイト在住のエジプト人の摘発らしいので、学位や資格を偽造・捏造したのは高所得を求めてクウェイトに出稼ぎに来た者が多いのかもしれない。しかし、博士、技士、医師や看護師の資格を持っていれば、資格手当のような相対的な好待遇が期待できるし、専門職として安定した雇用を得られるかもしれない。この点に鑑みれば、出稼ぎ者でなくとも学位や資格を偽造して有利な職に就きたいと思うだろう。
筆者の個人的な経験でも、アラブの社会では中東調査会の研究員と名乗るよりも博士と名乗った方がはるかに通りがよかったことがあるので、学位(こちらは偽造でも架空でもありません。念のため)を取得した感慨と学位の効果は、日本での生活でよりもアラブ諸国に出かけた折に強く感じたことがある。
クウェイトでの問題拡大との直接的な関係はさておき、隣国のバハレーンでもハリーファ首相が直々に偽学位・架空学位について広範な調査を行うよう関係機関に指示した。バハレーン教育省の高官によれば、同国では偽学位・架空学位の問題は顕在化してはいないとの由だが、ハリーファ首相は偽学位・架空学位に頼って高い地位に就く者がいてはならないと強調しており、調査の主な対象である民間部門において、学位の真正性を巡る疑念や不安が広がっている可能性はある。
どのような者が偽学位を利用しているにせよ、この問題はペルシャ湾岸の産油国が経済開発や投資・人材誘致を進める上で、個人の能力や社会的信用への評価を混乱させる要素となろう。各国とも、天然資源への依存を低減するための経済開発計画を策定している中で、学位や資格の真正性が疑われるのは開発の障害となりうる。また、偽学位や資格が弁護士、医師、看護師にまで及んでいる以上、この地域に進出する日本企業や渡航・居住することになる日本人にも、現地の公共・民間の諸サービスを安心して利用できなくなるという問題につながる。さらに、海外での留学・研究歴を評価したり、海外から人材を誘致したりする上で、学位・資格や経歴の真正性をどのように見極めるかは、今後日本での経済・社会生活においても決して無縁の問題ではない。