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16歳で受け取った性同一性障害の診断書のコピーを渡して。若き俳優二人に求めた演じる覚悟

水上賢治映画ライター
「フタリノセカイ」より

 トランスジェンダーの真也と、シスジェンダーのユイの10年にわたる関係を描いた映画「フタリノセカイ」。

 自身もトランスジェンダーである飯塚花笑監督が手掛けた本作は、セクシュアルマイノリティ当事者の現実を伝える作品であることは間違いない。

 ただ、ここにきて量産されているといってもいいセクシュアルマイノリティについての映画とはひと味違うというか。

 ある意味、抗う作品になっているといっていい。

 トレンドや流行とは関係ない。あるフタリの歩みが、なにも特別ではない、わたしたちのすぐそばにある物語として描かれる。

 この作品に込めた思いとは? 飯塚監督に訊く(第一回第二回第三回)。(全四回)

僕が16歳のときに受け取った性同一性障害の診断書のコピー

 前回(第三回)に続いてキャストについての話から入る。

 真也とユキを演じるにあたって、坂東龍汰と片山友希にこう切り出したという。

「最初の顔合わせで、片山さんと坂東くんにお会いしたときに、僕はこういったんです。『とにかくこの役をやる上では、考えなくてはいけないことが山ほどあるんだぞ』と。

 それから『あなたたち、これから大変なことに挑まないといけないんだぞ』という意味をこめ、併せて僕が16歳のときに受け取った性同一性障害の診断書のコピーを渡したんです

 いまから思えば、ちょっと酷なことをしてしまったなと感じているんですけど……。

 その診断書には、僕の染色体の検査図とともに、僕の人生史みたいなことも書かれているんです。性同一性障害と診断していいのか、それとも違うのか、を検証するためにこれまでのことが書いてある。

 それを読めば『僕はこういう人生を生きてきました』というのが分かる。『いまからあなたたちが演じるのは、こういう人生を生きてきた人たちの物語です』と伝えたかった。

 実際にトランスジェンダーの真也を演じることになる坂東くんには、こういう役に挑むことを心してもらいたかったし、片山さんは、こういう人物を支えたり、衝突したり、理解したり、理解できなかったりすることを10年繰り返す役ですよと、肝に銘じてほしかった。

 あまりに重く受け止めてほしいとは思っていなかったんですけど、ヘビーなテーマであることは知っていてほしかった。

「フタリノセカイ」の飯塚花笑監督
「フタリノセカイ」の飯塚花笑監督

 これに対して、坂東くんはもともと明るい性格もあって、わりとひょうひょうと受けとめてくれていました。

 変に力まれても困るので、それはちょっと安心しましたね。

 片山さんも、そのときのリアクションはさほどなかったので、こちらも大丈夫かなとおもっていたんですけど、実はけっこう重く受け止めたみたいで……。

 インタビューなどの記事での答えをみていると、すごく重たい気持ちになったといったことを言っていて。一番最初に酷なことをしてしまったなと、いま反省しています。

 でも、二人が真摯に受け止めてくれていることがこのとききちんとわかることができました」

坂東くんとはトランスジェンダーの方に実際にお会いして、

当事者の方の考えや生の意見を聞いたりと取材もいっしょにしました

 ある意味、監督自身でもある真也を託す上で、坂東とはどういう話し合いをしたのだろうか?

「さっき、わりと坂東くんはひょうひょうと受けとめてくれたといいましたけど、あとからわかったのですが、本人はやっぱり不安があったみたいです。

 そもそもトランスジェンダーに見えるのかというところからはじまって。

 トランスジェンダーの感覚と、坂東さん自身の感覚が当然といえば当然違う。

 その違った感覚を真也を演じる上では坂東さん自身の内面とリンクさせないといけない。その感覚を摺り寄せて演じるまでいくのに、そうとう時間がかかったようです。

 彼は役と自分の気持ちがマッチしないと演じることはできないとはっきり言っていたので、僕と二人でトランスジェンダーの方に実際にお会いして、当事者の方の考えや生の意見を聞いたりと取材もいっしょにしました。

 その中で、坂東くんが『こういう感覚は僕もある』というのをいくつもいくつも発見してくれればいいなと思って。

 坂東くんが『演じられる』というラインまで、トランスジェンダー当事者として話せるだけ話しました。

 具体的に言うと、一般的にトランスジェンダーは肉体的なコンプレックスを持っている人が多い。僕自身もそうです。

 なので、坂東くんの持ってる肉体的コンプレックスはないのか、あるならば、それがあるがゆえに困ることはどういうことかを考えてもらって、その気持ちを大切にしながら演じてもらう。

 たとえば、映画の中で真也がセックスを拒む場面がありますけど、あのシーンってものすごくトランスジェンダーの葛藤を象徴している。

 拒む行為がただ拒む動作をするのではなくて、肉体的なコンプレックスが『愛する人にみせられない』という葛藤となり、ああいう行動をとってしまう。

 そういうことをひとつひとつ確認して、真也が感じることを坂東くんが実感できるようにする。そういう話し合いをひたすらやっていました」

「フタリノセカイ」より
「フタリノセカイ」より

二人とも、役としてちゃんと生きてくださる俳優さんで、すばらしかった

 真也とユイを演じた二人についていまこう言葉を寄せる。

「二人とも真剣に役と向き合ってくれました。

 坂東くんは真也へ没入していくことが手に取るようにわかりました。

 役にのめりこんでいくタイプの役者だと思うんですけど、ほんとうに撮影の中盤を過ぎた辺りから、ほとんど僕が何のコミュニケーションをとらなくても、もうそこにいるだけでちゃんと真也になっていました。

 もう真也としてそこに生きてる感覚がひしひしとこちらに伝わってきたので、途中からはもう心強いぐらいでした。

 片山さんは、いい意味で地続きで演じられるというか。

 『自分の身に起きたら』『自分がこうなったら』という想像すると、その状況やそのときに生まれる感情を掌握して、すっと役に入っていける。

 だから、撮影がはじまったときから、片山さんに関しては、もう等身大で自然な形でユイという役に臨んでいた。

 ほんとうにその場に立って役になって生きてくれる役者さんだなと実感しました。

 二人とも、役としてちゃんと生きてくださる俳優さんで、すばらしかったです。

 他人のことなんだけど、自分ごとにする。これが、僕の中では、一番役者さんにとって大変なことなのではないかと思っているんです。

 ですから、そういう気持ちに素直になることができる二人はすごいなと思いました」

「フタリノセカイ」より
「フタリノセカイ」より

よく演じ切ってくれたなと思っています

 二人にはいま感謝しているという。

「当時、坂東くんが22歳、片山さんが23歳ぐらいで、『愛ってなに?』と問われても、答えられないと思うんですよ。

 僕だって、いまだに『愛ってなに?』と問われたら、答えに窮する(笑)。

 二人がどういう恋愛を経験してきたか知りませんけど、でも、これほど困難で切実で真剣な恋愛は体験していないんじゃないかと思うんです。

 その中で、よく演じ切ってくれたなと思っています」

【「フタリノセカイ」飯塚監督インタビュー第一回はこちら】

【「フタリノセカイ」飯塚監督インタビュー第二回はこちら】

【「フタリノセカイ」飯塚監督インタビュー第三回はこちら】

「フタリノセカイ」より
「フタリノセカイ」より

「フタリノセカイ」

監督・脚本:飯塚花笑

出演:片山友希 坂東龍汰

嶺 豪一 持田加奈子 手島実優 田中美晴 大高洋子

関幸治 松永拓野 / クノ真季子

全国順次公開中

写真はすべて(C)2021 フタリノセカイ製作委員会

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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