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「禁煙補助薬」に関する2つの新論文とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 禁煙治療をする日本の禁煙外来で使用されている治療補助薬に「チャンピックス(Champix、日本名)」(ファイザー)という商品名の薬がある。この薬はニコチン性アセチルコリン受容体にくっつき、ニコチンより弱いがニコチンと同じようなドーパミン刺激を脳に与える。同時に、喫煙によるニコチンの受容体への結合を邪魔し、ニコチンが作用しにくくする機能も持つようだ。

バレニクリン(チャンピックス)とは

 チャンピックスの薬理作用はバレニクリン(Varenicline)という薬品によるもので、バレニクリンのもともとの成分は、古くから禁煙のために利用されてきたマメ科の植物に含まれる致死性のあるアルカロイド、シチシン(cytisine)だ(※1)。ニコチンと同様、シチシンがアセチルコリン受容体にくっつくことがわかり、2005年に米国の製薬会社ファイザーが禁煙補助薬として製品化した。FDA(米国食品医薬品局)の承認は2006年、日本では2008年に効能効果が承認されている。

 米国の研究者が約3年間、16カ国140医療機関の禁煙治療データをもとに合計で8144人をコホート調査した研究(※2)では、バレニクリンのほうが、プラセボ群やニコチンを皮膚から吸収させるニコチンパッチ群、ブプロピオン(bupropion、日本では承認されていないニコチンを含まない禁煙補助薬)群よりも禁煙治療に効果があった、と言う。ただ、この研究にはファイザーとグラクソ・スミスクライン(ブプロピオン薬を販売)から研究資金が出ている。

 日本人の喫煙者210人をバレニクリン群(107人)とプラセボ群(103人)に分けて比較した研究(※3)では、15週〜24週の連続禁煙率はバレニクリン群のほうが高かった(46.7%:12.6%)。また、調査開始時と比べて4週目に喫煙本数を半分に減らした喫煙者の数、8週目に喫煙本数を75%に減らした喫煙者の数は、どちらもバレニクリン群のほうが多かった(4週目59.8%:30.1%、8週目38.3%:12.6%)。

 この研究もファイザーから資金提供を受け、論文筆者にファイザーの研究者が参加していることに注意したい。もちろん、こうした製薬会社からの支援は医薬品では別に珍しいことではなく、実際、バレニクリンに関する研究のほとんどでファイザーの資金提供がある。

 これはタバコ関連の研究にタバコ会社が資金提供したりタバコ会社の研究者が参加したりすることに似ていなくもない。だが、バレニクリンに関してネガティブな結果への出版バイアスを考えれば、研究支援を受けている論文でもおおむね正当なデータを出しているのではないか、と筆者は思う。

 また、この研究では、重篤な副作用がバレニクリン参加者の3.7%にみられた(プラセボ群では1%)とも言っている。チャンピックスには副作用があることが知られ、厚生労働省の医薬食品局が注意喚起(PDF)をしている。それによれば、めまいや意識障害が起き、その結果として自動車運転中の事故に至った2例(いずれも60代男性)を紹介し、医療従事者や服用患者へ情報提供する、という内容になっている。

 一方、ファイザーからの資金提供のない研究の中にはバレニクリンに否定的な論文もある。例えば、米国で約3年間、禁煙治療を受けた喫煙者1086人を調べたコホート調査研究(※4)によれば、26週(約半年)後の禁煙継続率はニコチンパッチ群22.8%、バレニクリン群23.6%、コントロール群26.8%であり、それが52週(約1年)後にはニコチンパッチ群20.8%、バレニクリン群19.1%、コントロール群20.2%となり、それぞれに大きな違いはなかった。

 また、米国の250人の禁煙希望者を対象にした研究(※5)では、バレニクリンによる禁煙治療の限界を指摘し、禁煙には薬物治療だけでは効果はなく個々人の患者に対する心理的なサポートの影響が大きい、としている。どちらの研究も公的な研究支援は受けているが、ファイザーからの資金提供はない。

心血管疾患のリスクは上がるのか

 そんなバレニクリンだが、興味深い論文が2つ出たので紹介したい。1つ目はバレニクリンが心血管疾患のリスクを高める可能性がある、というものだ。

 これはカナダの研究者による論文(※6)で、2011年9月から2014年2月までの期間にバレニクリンを使った患者5万6851人の記録を分析したところ、使用の翌年から心血管疾患や精神神経疾患、もしくはその両方により、入院や救急治療などを受けた患者が有意に増えたと言う。これはバレニクリン治療を受けなかった場合より発生率が約34%多く、研究者は1000人当たり3.95人で心血管疾患のリスクが高くなる可能性を指摘している。

 もちろん、喫煙は多種多様で重篤な病気を引き起こすことがわかっているから、禁煙治療をしてタバコを止めるほうがずっといい。数多くの研究によりバレニクリンの禁煙治療効果は明かで、この論文の研究者も交絡やバイアスなどを排除しきれていないとしつつ、バレニクリンを使えば使わないより3倍も禁煙成功率が上がる、と断言する。そして、バレニクリンの使用には個人差もあり、医療従事者は患者を注意深く観察すべきだ、と主張しているのだ。ちなみに、この研究ではバレニクリンと精神神経疾患との関係の有意性は否定している。

 もう1つは、バレニクリンが喫煙だけではなく飲酒にも抑制効果がある、という論文だ(※7)。これは米国東部での研究で、2012年9月から2015年8月までの期間、禁煙希望の喫煙者でアルコール依存症(高い大量飲酒日数率)でもある男女131人(男性92人、女性39人、平均42.7歳、標準偏差11.7)をバレニクリン群(64人)とプラセボ群(67人)に分け、その後の2016年2月から2017年9月にかけて両群を比較した。

 すると、男性ではバレニクリン群のアルコール飲料率が半数近く(54%)に減ったのに比べ、女性ではほとんど効果がなかった(-0.69%)と言う。例えば、バレニクリン群の男性45人中13人(29%)がアルコール飲料率を下げたのに比べ、プラセボ群では47人中3人(6%)しか減らなかった。男性の場合、禁煙治療にバレニクリンを使えば、アルコール依存の治療にも効果があるのかもしれない。ただ、この研究にもファイザーなどの製薬会社が支援をしている。

 バレニクリン(商品名チャンピックス)は、日本の禁煙外来で広く使われている禁煙補助薬だ。というより、ニコチン代替の内服薬ではこれしかないから、喫煙者が禁煙外来へ行けば勧められることも多いだろう。バレニクリンには副作用も報告されているから、ニコチンパッチなどとの効用効果、使用上の違いなどを医師とよく相談し、服用の影響に注意しながら使うことが重要だ。

※1:R Seeger, "Cytisine as an aid for smoking cessation." Medizinische Monatsschrift Fur Pharmazeuten, Vol15(1), 20-21, 1992

※2:"Neuropsychiatric safety and efficacy of varenicline, bupropion, and nicotine patch in smokers with and without psychiatric disorders (EAGLES): a double-blind, randomised, placebo-controlled clinical trial." The LANCET, Vol.387, Issue10037, 18-24, 2016

※3:Masakazu Nakamura, et al., "Efficacy of Varenicline for Cigarette Reduction Before Quitting in Japanese Smokers: A Subpopulation Analysis of the Reduce to Quit Trial." Clinical Therapeutics, Vol.39, No.4, 2017

※4:Timothy B. Baker, et al., "Effects of Nicotine Patch vs Varenicline vs Combination Nicotine Replacement Therapy on Smoking Cessation at 26Weeks: A Randomized Clinical Trial." JAMA, Vol.315(4), 371-379, 2016

※5:Rae A. Littlewood, et al., "Moderators of smoking cessation outcomes in a randomized-controlled trial of varenicline versus placebo." Psychopharmacology, Vol.234, Issue23-24, 3417-3429, 2017

※6:Andrea S. Gershon, et al., "CARDIOVASCULAR AND NEUROPSYCHIATRIC EVENTS FOLLOWING VARENICLINE USE FOR SMOKING CESSATION." ATS Journals, doi.org/10.1164/rccm.201706-1204OC, 2017

※7:Stephanie S. O'Malley, et al., "Effect of Varenicline Combined With Medical Management on Alcohol Use Disorder With Comorbid Cigarette Smoking: A Randomized Clinical Trial." JAMA, Psychiatry, doi:10.1001/jamapsychiatry.2017.3544, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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