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上院は「予算決議」採決を巡り共和党の反対で混乱:上院議長のハリス副大統領の1票で最終決着

中岡望ジャーナリスト
上院議長を務めるハリス副大統領:副大統領の1票で「予算決議」採決(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

「予算決議」採決でバイデン大統領の「アメリカ救済策」が実現へ

 日本ではほとんど報道されないが、金曜日の早朝、アメリカ上院で「予算決議(budget resolution)」が採択された。投票結果は、賛成票51、反対票50であった。現在、上院の勢力は民主党50議席、共和党50議席である。党派通りの投票結果であった。上院のルールによると、票決が同数の場合、上院議長が最後の1票を投じて決着することになっている。上院議長は副大統領が務める。したがって今回の予算決議採決はカマラ・ハリス副大統領が最後の1票を投じることで可能になった。これによってバイデン大統領が進める1兆9000万ドルの「アメリカ救済計画」が議会で成立する見通しが立った。

 バイデン大統領は、1兆9000億ドルの緊急予算は新型コロナで苦しむ人を救済するために絶対必要だと主張している。その最大のポイントは個人に支援金を直接給付することである。具体的には、年収7万5000ドル未満の単身者と既婚者で合計年収が15万ドル未満のすべての個人に1400ドルの直接支援を行い、扶養家族にも一人に一律に500ドルを支援するという内容である。共和党は、昨年末に既に支援策を講じており、今回の支援額は多すぎると批判している。共和党は対案として、単身者の所得制限を5万ドル、既婚者の合計所得を10万ドルに引き下げるよう求めている。だがバイデン大統領は「私は国民への約束を破ることから自分の政府を始めるつもりはない」と強硬な姿勢を崩していない。これに対して共和党議員は「バイデン大統領は“統一”と“超党派”による協力を主張しているが、実際には妥協を拒否し、分裂を促進するような手法を取っている」と批判している。

「予算決議」採決の持つ意味

 「アメリカ救済計画」を実施するために、今回上院で採決された「予算決議」は極めて重要な意味を持つ。同決議によって、共和党は予算成立を阻止するためにフィリバスターを使うことはできなくなり、最終的に上院では通常の多数決、すなわち過半数の賛成で予算案が可決されることになる。共和党が反対しても、民主党から離反者が出ない限り、票決は50対50になる。そしてハリス副大統領の1票で最終的に予算案は可決されることになる。

 下院では既に「予算決議」は218対212で採決されている。上院の「予算決議」と下院の「予算決議」には内容に違いがあるため、上院で採決された後、下院で「予算決議」が調整される。「予算決議」の最大のポイントは“予算総額”を設定することだ。その設定に基づいて予算の細部は各委員会、あるいは予算委員会で審議され、最終的な「予算調整法(budget reconciliation bill)」が作成され、再び両院で別々に審議される。こうして提出された予算調整法に対して共和党はフィリバスターを行使できず、予算額の削減もできない。票決は多数決で行われる。また審議時間も20時間に制限される。そこで票決が同数になれば、再びハリス副大統領が登場することになる。したがって「予算決議」が上院で採択されたことで、バイデン大統領の「アメリカ救済計画」は間違いなく承認され、実行に移されることになる。

■バイデン大統領の「アメリカ救済計画」のポイント

 バイデン政権が「アメリカ救済計画」の実施を急ぐ理由がある。ひとつは失業保険給付の増額支給の期限が3月14日に迫っていることだ。さらに航空会社の従業員に対する給与支援の期限も3月末に迫っている。救済措置を継続できなければ、失業者は生活困窮に陥る。航空各社は間違いなく従業員の解雇を進めるだろう。「一刻も猶予はできない」というのがバイデン大統領の思いである。今、上院で「予算決議」を採決しないと、最終的な予算案を2月末までに作成できない可能性がある。3月初旬に予算を成立させたいというのが、バイデン大統領の希望である。

 さらに民主党のクリス・ヴァン・ホラン議員は「多すぎる支援を行うことに伴うリスクよりも、十分な支援を行わないことによるリスクの方が高い」と語っているように、小出しにするよりもできるだけ潤沢な支給を行う必要があるというのが民主党の共通認識である。さらに現在は一種の“戦争状態”にあり、巨額の予算執行に躊躇すべきでないというのがバイデン政権の認識である。民主党のシューマー上院院内総務は「民主党は一致団結しており、必要があれば、共和党の協力を得ずに単独で採決する」と、共和党との対決姿勢を鮮明にしている。

上院の修正動議の内容

 修正動議の個別の内容として、共和党議員は「アメリカ救済計画」の中に最低賃金を15ドルに引き上げる案が含まれており、その措置は緊急事態とは関係ないと批判し、修正動議は採択された。最低賃金引上げの急先鋒であるバニー・サンダース上院予算委員会委員長も「最低賃金引上げは5年をかけて行うもので、新型コロナで緊急事態にあるとき、誰も最低賃金引き上げを議論することはない」と、採決を容認する発言を行っている。また共和党議員から、不法移民(英語ではundocumented immigrant=正式な書類を持たない移民と表現される。通常illegal immigrantsという表現は使われない)に対する支援金支給に反対する動議も提出されている。この動議は、8人の民主党議員が賛成に回り、58対42で採択された。緊急事態中に中小企業に対する増税を禁止する動議は全会一致で採択されている。病院に対する資金援助に関する動議は99対1で採択されている。動議の内容によって民主党議員も賛成に回っている。ただ、こうした修正動議は基本的に拘束性がなく、その多くは民主党院内総務と共和党員会総務が合意する最終的な「予算決議」に盛り込まれることはない。

「フィリバスター」を封じる手段

 上院の民主党と共和党の勢力が均衡しているため、バイデン政権にとって法案を成立させるのは容易ではない。票決に持ち込み、最後の1票を上院議長が投じることで法案を成立させることはできるが、現実は票決に持ち込むまでに大きなハードルがある。上院では少数党の権利を守るために、「フィリバスター(議事妨害)」が合法的に行われている。法案に反対する党は、フィリバスターを駆使して審議を引き延ばし、法律を廃案に持ち込もうとする。上院議員の発言時間に制限がないため、延々と審議を引き延ばすことができる。発言内容は、法案と直関係がなくても構わない。料理のレシピ本や聖書を読み続けても問題はない。日本の国会では、かつて野党による“牛歩戦術”があった。投票箱を前に牛のようにゆっくり歩み、何時間も掛けて投票することから牛歩戦術という名前が付いた。日本では、こうした戦術は非生産的だと批判され、野党は牛歩戦術を止めてしまった。その結果、少数野党は実質的に抵抗手段を失い、多数決の原理だけが独り歩きするようになった。だがアメリカの上院では、議事進行を阻止することは野党の“抵抗権”として認められている。ただ下院は議員の発言時間に制限があるため、フィリバスターを使うことはできない。

 フィリバスターを阻止する方法はひとつある。それは「60ルール」と呼ばれる手法である。フィリバスターで審議が引き延ばされている場合、「審議打ち切り、採決動議」を提出するのである。この動議が成立するには、100名の上院議員のうち60名の賛成が必要である。そのためフィリバスターを阻止するのは事実上不可能に近い。現在の上院の状況では10名の共和党議員が動議に賛成しなければならない。だが共和党は一致団結して法案成立に反対するのは間違いない。今回、予算に関してフィリバスターを拒否できたが、通常の法案では同じ手法は使えない。バイデン政権が法案を成立させるのは容易でないと予想される。

フィリバスターに代わる審議引き延ばし手段

 ただ「予算決議」の採択に際してフィリバスターを使えないため、共和党は異なる抵抗手段を講じた。それは「予算決議」に修正動議を相次いで提出する戦術である。これは「Vote-a-rama」と呼ばれている。日本語の適訳は分からないが、議員は制限なく修正動議を提出することができ、フィリバスターと同様に議事妨害を行うことができる。今回も4日の夕方までに提出された修正動議の数は900本に達している(「Biden coronavirus relief plan clears Senate budget hurdle after ‘vote-a-rama」『the Hill』2月4日)。相次いで提出された修正動議の討議と採決が行われる。時間が途切れることなく30時間、40時間と連続で討議と採決が行われる。そのため上院の議事堂には簡易ベッドが運び込まれ、議員たちは仮眠を取りながら討議と採決を行うことになる。夜を徹しての審議は、上院議員に言わせれば、一種の“拷問”である。フィリバスターと同様に、動議は予算と関係ない内容で、どの議員でも自由に提出できる。民主党のブライアン・シャッツ議員は「自由に修正動議を提出できる仕組みは、上院の最も悪い制度だ」と批判している。

 ただ修正動議の大半は強制力のない内容である。最終的には「予算決議」が採択されることは間違いないにも拘わらず、上院議員が相次いで修正動議を提出するには訳がある。それは選挙区の有権者に訴えるチャンスでもあるからだ。たとえば新人の共和党議員3名が共同して69本の修正動議を提出している。また共和党のリック・スコット議員は一人で38本の修正動議を提出。20本以上の動議を提出した共和党議員は数多くいる。また修正動議の内容によっては、民主党議員を取り込むこともできる。共和党としては、民主党議員に楔を打ち込む効果も期待できる。日本の国会のように“党議拘束”でまったく自由のない議員と違い、アメリカの議員は自分の良心と選挙民に対する忠誠心に基づいて行動するのが普通である。

■共和党との対立から始まる議会運営

 「統一」と「協調」を旗印に出発したバイデン政権は、最初から共和党と激突することになった。オバマ政権の時、共和党は一致団結してオバマ大統領に抵抗した。それでもオバマ大統領がリーマンショック後の経済対策として成立させた「アメリカ復興再投資法」の場合、2名の共和党議員が賛成票を投じ、形の上では“超党派”法案となった。だが、今回は共和党を離脱する議員は出てこないだろう。議会の両極化はさらに深刻になる可能性もある。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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