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令和6(2024)年財政検証を読み解く(まとめ):100年安心は疑わしい

島澤諭関東学院大学経済学部教授
画像はイメージです(写真:アフロ)

今回の財政検証では、年金制度の将来見通しが改善され、100年安心が回復されたとの報道が多いようです。前回の財政検証の時は直前に老後の生活資金2000万円不足問題が突如として湧きあがり、批判的な論調が多かったのとは大違いです。

しかし、財政検証の結果を見ますと、公的年金制度の危機の本質は何も変わっていません。もしかしたら、足元がよく見えるせいで対策が先送りされかえって深刻化しているともいえます。

まず、今回の財政検証で100年安心が回復されたのは、その内実を見ると、年金を含む社会保障負担が重く生活が苦しくなったので主婦や高齢者が外に働きに出ざるを得なくなったら、年金の支え手が増えて持続可能性が高まって良かったと喜んでいる喜劇みたいな悲劇によります。

次に、世代間格差の点で言えば、減少に転じたものの相変わらず1000兆円を超える年金純債務を将来的には30万人弱しか生まれてこない子どもたちに押し付ける負担の先送り構造自体は変わらないので、いつ爆発してもおかしくない時限爆弾を抱えているのと同じです。

令和6(2024)年財政検証を読み解く(2)-年金の世代間格差はわずかに是正-

結局、異次元の少子化・高齢化の進行下においても、賦課方式という、ねずみ講型の財政構造は変わらないので負担の先送りは相変わらず(年金純債務)で、世代間格差は深刻なまま。後に生まれる世代ほど「損」をする実態には変更はありません。

気になるのは、2014年の財政検証を最後に掲載されなくなってしまった「世代ごとの給付と負担の関係について」という年金の世代間格差の実態を知るうえで必要不可欠な資料が前回に引き続き今回も見当たらないことです。

表1 世代ごとの給付と負担の関係について((出典)厚生労働省「平成26年財政検証結果レポート —「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し」(詳細版)—」)
表1 世代ごとの給付と負担の関係について((出典)厚生労働省「平成26年財政検証結果レポート —「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し」(詳細版)—」)

この資料については是非復活させてほしいと思います。

今回の財政検証に関して少々穿った見方をすれば、どうしても年金問題は政治に大きな影響を与えてしまうところもあり、政治を意識せざるを得ず、衆院選を控え楽観的な経済想定(成長型経済移行・継続ケース)で100年安心な楽観的な見通しを描いてみせたという感じでしょうか。

令和6(2024)年財政検証を読み解く(1)-結果は楽観的である可能性-

しかし、実態は過去30年投影ケースに近く100年安心が本当に確保できるかは綱渡りの状態が続いているともいえます。

社会保障制度を守るために主婦・高齢者を労働力市場に狩り出すなど、今の高齢者の年金を支えるこれまでの施策に終始したままで、異次元の少子化・高齢化が更に進行した場合、どうやって年金純債務をコントロールするのか、マクロ経済スライドを続ければ年金制度の安定性は確保できても低年金化は不可避なのに、抜本的な対策が見えないのが気になります。

報道によれば、

過去30年間と同程度の経済状況が続いた場合でも、現役世代の平均収入の50%以上を維持できるとされました。厚生労働省は、見通しが改善したことなどを受けて、来年の制度改正では国民年金保険料の納付期間の5年延長を見送る方針(国民年金保険料の納付期間 5年延長を見送る方針 厚生労働省(NHK 2024年7月4日 6時28分))。

国民年金保険料の納付期間 5年延長を見送る方針 厚生労働省(NHK 2024年7月4日 6時28分)

とのことですし、支給開始年齢の引き上げも今回は検討はなされないようです。つまり、年金の支え手は増やすけれども、受け取り手は減らさないということです。

どうやら、今後の改革のポイントは、いかにして年金の目減りを防ぐかということにあり、そのための対応策として、オプション試算にもある「非正規やパート労働者に対する厚生年金の適用拡大」の実現を目指すようです。

以上から、今回の財政検証は、厳しく言えば、抜本的な改革をしなくて済む程度の見通しにうまく収め、本質的な危機の解決は先送りしたと言えるのではないでしょうか?

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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