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令和6(2024)年財政検証を読み解く(1)-結果は楽観的である可能性-

島澤諭関東学院大学経済学部教授
写真はイメージです(写真:イメージマート)

厚生労働省から「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しー令和6(2024)年財政検証結果ー」が公表されました。

表1 財政検証2024の概略((出典)厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しー令和6(2024)年財政検証結果ー」)
表1 財政検証2024の概略((出典)厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しー令和6(2024)年財政検証結果ー」)

財政検証とは、原則、5年毎に政府が作成する国民年金・厚生年金の財政に係る現況及び見通しのことで、公的年金制度の定期健康診断に例えられることもあります。前回の財政検証は2019年に行われ、「老後資金2000万円問題」などが話題になりました。

そもそも公的年金制度は日本に住所のある者は20歳になったら強制的に加入することとなっており65歳から年金が支給されそれから平均寿命までの約65年にもわたる長期的な制度です。

せっかく40年間保険料を払い込んだのにいざ年金を受け取ろうと思ったら制度が破綻していたのでは、私たちの老後が破綻してしまいますから、人口の年齢構成、労働力、経済成長、賃金水準、利回りなどの社会・経済のトレンドを踏まえ、年金数理に基づいて長期的な公的年金財政の健全性を定期的にチェックすることは欠かせません。

財政検証の資料は膨大ですが、公的年金の健康状態をチェックするには、(1)所得代替率(現役世代の収入(ボーナス含む)に対するモデル世帯(夫:40年間就労、妻:専業主婦)の年金額の割合)、(2)マクロ経済スライドの調整期間の終了年度(3)年金額の水準を確認すればいいでしょう。

財政検証を見ると、経済の前提に沿って4つのケースがあることが分かります。

表2 経済の前提((出典)厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要 」)
表2 経済の前提((出典)厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要 」)

前回の財政検証では、経済想定は6ケースありましたから、今回の財政検証では少々整理されたことが分かります。

今回の4つのケースのうち、恐らく②成長型経済移行・継続ケースがベースラインのケースと思われます。前回の財政検証ではケースIIIに相当します。

今回のケースでは運用利回りスプレッド<対賃金>が同じ値のほかは全て上方改定されています。

その結果、2024年度足下の所得代替率が61.2%(比例:25.0%、基礎:36.2%)(=夫婦二人の基礎年金13.4万円+夫の厚生年金9.2万円÷現役男子の平均手取り収入額37.0万円)が、基礎年金(国民年金)のマクロ経済スライドの調整終了年次2037年度(なお、報酬比例部分は2025年度)には57.6%、夫婦の年金額は24.0万円(比例:10.4万円、基礎:13.6万円)と見込まれます。

なお、前回の財政検証では、2019年度足下の所得代替率61.7%(=夫婦二人の基礎年金13.0万円+夫の厚生年金9.0万円÷現役男子の平均手取り収入額35.7万円)が、マクロ経済スライドの調整終了年次2047年度では50.8%と見込まれていました。

つまり、今回の財政検証では、前回の財政検証と比べて、(1)所得代替率は+6.8ポイント上昇、(2)マクロ経済スライドの調整期間の終了年度は10年短縮、(3)年金額の水準は同額と、公的年金制度は「健康」を大きく回復したことになります。

しかし、残念ながらこれは経済想定が実現できたならという留保条件が付くことを忘れてはいけません。

実際、前回の財政検証時の経済想定のベースラインであるケースIIIでは、経済想定の多くは結果的に見れば過大に見込まれており、端的に言えば楽観的な想定でだったわけです。

表3 財政検証2019の経済想定と実績値の比較((出典)社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会「令和6年財政検証の経済前提について (検討結果の報告) 」より筆者抜粋)
表3 財政検証2019の経済想定と実績値の比較((出典)社会保障審議会年金部会 年金財政における経済前提に関する専門委員会「令和6年財政検証の経済前提について (検討結果の報告) 」より筆者抜粋)

残念ながら、今回の経済想定も楽観的であると思われます。

その理由としましては、内閣府の資料によりますと、長期的な経済成長率を規定する全要素生産性(TFP)上昇率が1.1%と想定されている訳ですが、これはバブルを含んだ過去40年間の平均値であり、内閣府の推計で見ると直近の2024年1~3月期の値は0.6%でしかなく、2012年10~12月期から2020年4~6月期までの平均値は0.5%となっていますし、TFP上昇率が1.1%を付けたのは、1997年7~9月期が最後となっているからです。TFP上昇率が高めに見込まれれば、経済成長率も賃金上昇率も利回りも高くなってしまいます。

しかもこのほかにも2023年には65〜69歳の労働参加率53%が2045年度には78%に高まり、2023年には1.20だった合計特殊出生率は1.64まで高まる前提となっています。

では、足元の経済状況に整合的な経済想定はと言いますと、③過去30年投影ケースだと思います。

このとき、所得代替率は2024年度の61.2%から50.4%(比例:24.9%、基礎:25.5%)にまで低下し、基礎年金のマクロ経済スライドの調整期間の終了年次は2057年度(なお、比例は2026年度)、夫婦の年金額は21.1万円(比例:10.4万円、基礎:10.7万円)となります。

なお、前回の財政検証で過去30年投影ケースと同等のケースはケースVですが、この時は基礎年金のマクロ経済スライドの調整終了年次は2058年度なのですが、所得代替率が50%を切ってしまい44.5%となります。

より現実的な経済想定である「過去30年投影ケース」で見れば、将来の年金額や所得代替率は楽観的な成長型経済移行・継続ケースより減少・低下しますし、マクロ経済スライドの調整終了年次も延びてしまうことが分かります。

そこで、こうした状況をあらかじめ防ぐために、オプション試算が示されています。

表4 オプション試算((出典)厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要 」)
表4 オプション試算((出典)厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要 」)

この中では、「1.被用者保険の更なる適用拡大」が、所得代替率や基礎年金の水準確保に効果が大きいことが分かりますし、「3.マクロ経済スライドの調整期間の一致」は国民年金にだけ頼る低年金者の老後の所得保障という点では重要ですし、現実的だと思います。

例えば、一人暮らしの場合、40年保険料を納めて満額支給でも過去30年投影ケースでは5.4万円と2024年度の6.7万円から減少しますし、平均的な女性では5.4万円が一定の前提の下試算すると4.3万円となってしまいます。

言うなれば、年金問題とは、国民年金問題であり、さらに言えば、一人暮らしの女性の問題であるといえるのです。

政府は、財政検証2024の公表を受けて、年金制度の持続性を高める改革案を年末までにまとめることになりますが、国民年金に関する諸々の問題を解決することはできるでしょうか?

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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