史上最低だけど最高だったNHKの大河ドラマ「いだてん」に金メダルを贈りたい
日本ではじめてオリンピックに参加した金栗四三(中村勘九郎)とオリンピックを東京に呼んだ田畑政治(阿部サダヲ)を主人公に、明治、大正、昭和とオリンピックの歴史とそれに関わった人々を描く群像劇。12月15日に放送された最終回は快晴のオリンピック開会式当日からはじまった。
一年間、毎週、「いだてん」のレビューを書いて来た。前半は講談社ミモレ、後半はヤフーレビュー個人と場所を変えながら。「いだてん」は途中、俳優降板などのアクシデントに見舞われたり、全47回の全話平均視聴率が最低だったこと、とりわけ39回では3.7%という過去最低記録を出したりしながらも、スポンサーのいないNHKならではの打ち切りなしで放送は続き、途中、物語は崩れることなく、満足度の高い大団円を迎えた。
田畑が、天才バカボンのパパが「反対の賛成なのだ」と言うみたいに「違う!そう!」と意見を翻したり、占い師マリーのタロットカードが上下の向きで意味が変わったりするように、最低の記録を出したとはいえ(繰り返してすみません)、内容的には最高。宮藤官九郎がウイスキーのCMで「笑える歌詞とかっこいい曲」と言っているが、「いだてん」は笑えるセリフとかっこいい演出、スポーツも政治も落語も史実も創作もぐっちゃぐちゃに混ざり合った最高のドラマだった。
改めて、各話、簡単に振り返り、最終回をまとめてみたい。
第1回 「夜明け前」 演出:井上 剛
いきなり1964オリンピックのために工事真っ盛りの昭和からはじまる。そこから明治に戻って、三島弥彦(生田斗真)が参加している〈天狗倶楽部〉の勢いで撹乱し、主人公の四三は最後の最後、雨のなか、隈取メイクのような形相で現れる趣向。志ん生(ビートたけし)の最後のサゲも決まる。
第2回 「坊っちゃん」 演出:井上 剛
明治時代、舞台は熊本へ。子供の四三(久野倫太郎)の、歯並び含めた可愛さ。「スッスッハッハッ」の呼吸法を会得。
四三と志ん生(美濃部孝蔵)の、それぞれの運命の師匠との出会い。
第3回 「冒険世界」 演出:西村武五郎
昭和:謎の青年・五りん(神木隆之介)登場。
明治:四三、東京に旅立つ。
第4回 「小便小僧」 演出:一木正恵
四三、走りのパートナーとなる足袋と出会う。本放送では当初、足袋職人・黒坂はピエール瀧が演じていた。
第5回 「雨ニモマケズ」 演出:井上 剛
「時に明治44年11月19日、羽田の空は鉛色」 第1回の四三のマラソン大会が丁寧に順を追って描かれた。子供のとき嘉納治五郎(役所広司)に抱っこしてもらえなかった四三がここで抱っこしてもらえた。あとから思うと、昭和のストックホルムのゴールといい四三は時間をかけて目標を実現する大器晩成型。
四三と一緒に東京に出て来た友人・美川(勝地涼)は目標が見いだせず、大きな猫を抱っこするしかない。
第6回 「お江戸日本橋」 演出:西村武五郎
花火を背景に、四三と孝蔵が日本橋の真ん中ですれ違う瞬間が劇的だった。
第7回 「おかしな二人」 演出:一木正恵
ストックホルムオリンピックの準備。可児(古舘寛治)と安仁子(シャーロット・ケイト・フォックス)のテーブルマナーを巡る攻防。
第8回 「敵は幾万」 演出:井上 剛
四三と三島がいよいよストックホルムへ旅立つ。資金を用意したスヤ(綾瀬はるか)は大地主の家へ嫁に行く。
四三とスヤの思い出の「自転車小唄」が胸をしめつける。
第9回 「さらばシベリア鉄道」 演出:大根 仁
新橋→敦賀(福井)→(船で)ウラジオストク→(シベリア鉄道で)満州ハルビン(途中下車)→ウラル山→セント・ピータースパーク→(船で)ストックホルムの旅路。志ん生(ビートたけし)の語りに合わせ、四三と三島が当て振りしたり、大森(竹野内豊)がドイツ人に丸め込まれたり、シベリア鉄道珍道中が繰り広げられた。
第10回 「真夏の夜の夢」 演出:西村武五郎
ストックホルムに到着し、欧米と日本人の差に苦しむ四三と三島。
「つま先立ちで小便するたびに お前らが足の長い西洋人たちに勝てるわけがないと笑われているような気になるよ」と激白する三島。
初回から昭和と明治、オリンピックと落語の話が混ざって混乱する視聴者が続出、視聴率が奮わない中、三谷幸喜が朝日新聞のコラムで「いだてん」について“僕の観たい大河ドラマとはちょっと違うけれど、今一番注目している「連ドラ」であることは間違いない。”(「三谷幸喜のありふれた生活」936 宮藤官九郎さんについて 2019年3月7日より)とエールを贈った。彼が後に、オリンピックの記録映画を劇映画として撮った市川崑監督役で登場するとはこのとき視聴者は誰一人として予想していなかっただろう。
第11回 「百年の孤独」 演出:西村武五郎
ストックホルムオリンピック本番。プレッシャー対策に、四三は押し花をする。
ピエール瀧が麻薬所持で逮捕され降板。播磨屋・黒坂役が三宅弘城に。11回で、オリンピックの記録映画を黒澤明監督が撮るという話を田畑がしていて、このとき、田畑も市川崑に代わると予想もしていなかっただろう。ドラマも現実も予想していなかった展開に。
第12回 「太陽がいっぱい」 演出:一木正恵
いよいよマラソン本番。四三は、同じくたったひとりで国を背負ったポルトガル代表のラザロ(エドワード・ブレタ)と友情を育むも、ふたりの運命はY字路で大きく変わってしまう。子・四三(久野倫太郎)、再登場。ファンタジックな場面を作り出す。
第13回 「復活」 演出:井上 剛
道を間違えた四三はゴールできないまま大会は終わり、「ミッシング・ジャパニーズ」と言われる。
別れの際、通訳・ダニエル(エドウィン・エンドレ)の襟に花を挿す四三、いま思えば、後に、田畑がベルリン、インドネシアでも通訳と親交を深めるエピソードがある。
予告のナレーションが古舘寛治から川栄李奈にバトンタッチ。
第14回 「新世界」 演出:井上 剛 大根 仁
四三はベルリンオリンピックに再挑戦。時代は大正に。二階堂トクヨ(寺島しのぶ)の登場で、女性とスポーツ編のはじまり。
落語修行中の孝蔵は師匠・円喬(松尾スズキ)に「フラ」があると言われ、修業と称したドサ回りに出される。
天狗倶楽部解散が少々寂しい。時代は変わっていく。四三と弥彦がストックホルムの映像を見る場面にしんみり。
ラストは大竹しのぶの「続きは来週」。
第15回 「あゝ結婚」 演出:一木正恵
タイトル通り、夫を亡くしたスヤ、四三と結婚。四三、大地主・池部家の養子になる。
綾瀬はるかの冷水浴に視線集中。
孝蔵がドサ回りで出向いた静岡で田畑の少年時代まーちゃんに出会う。海で泳ぐ若者たち(浜名湾のかっぱ軍団)が爽快。
第16回 「ベルリンの壁」 演出:大根 仁
ベルリンオリンピックを目指すも、第一次世界大戦が激化し不穏に……。
孝蔵は牢屋のなかで、師匠・円喬の死を知り、渾身の落語を披露する。
この回から三宅弘城演じる黒坂が登場。
第17回 「いつも2人で」 演出:一木正恵
戦争でオリンピックが中止、絶望の四三は、駅伝をはじめる。50人の金栗四三が走ったり体操したりするユニークなCGが登場した。
第18回「愛の夢」 演出:松木健祐
三島家のお手伝いを辞め二階堂に師事するシマ(杉咲花)。女性がスポーツをやる困難にぶち当たっていく。二階堂が語る「和装7つの大罪」。
海外帰りの可児はフレディ・マーキュリーみたいな出で立ちで、「骨盤がバーン、臀部がデーン」などと言って反感を買う。
「茶の湯のこころ」「月のしずくのように」とメイポールダンス(西欧の豊穣を祝う踊り)を舞うシーンが優雅。
美川くんは絵描きに転身。
第19回「箱根駅伝」 演出:大根 仁
ベルギーのアントワープにて8年ぶりにオリンピックが開催されることになった。
若き志ん生演じる森山未來が、志ん生のふたりの子供(金原亭馬生と古今亭朝太)を演じ分けた、いわゆる神回。私はそれを「森山未來、おそろしい子!」(ガラスの仮面より)と称賛した。
第20回「恋の片道切符」演出:大根 仁
金栗四三(中村勘九郎)はアントワープオリンピックのマラソン16位と惨敗。失意のベルリン旅行を経て、髪型も変わって復活。
二階堂は密かに野口(永山絢斗)に思いを寄せていた。
第21回「櫻の園」 演出:西村武五郎
大正10年、四三、名門女学校・東京府立第二高等女学校(通称・竹早)の教師に。
生徒のひとり・村田富江(黒島結菜)は「くそたっれ」と叫びながら槍投げをする。
教師となったシマ、二階堂が蹴った見合い相手(柄本佑)と結婚する。「明後日を意識して」とカメラマン(山下敦弘)。
第22回「ヴィーナスの誕生」 演出:林 啓史
「東京おりん噺」として、孝蔵がおりん(夏帆)と結婚する。
人見絹枝(菅原小春)登場、その身体能力に注目したシマは陸上をやらないかと誘う。
「ご幸福ですか」と雨のなか悶える二階堂は髪を剃りかつらをかぶる。寺島しのぶの怪演がドラマを牽引した。
美川は怪しい露店商に。
第23回「大地」 演出:井上 剛
「浅草の町がたった2日で消えた」
大正12年9月1日、関東大震災が起こり、シマが行方不明になる。
志ん生が「オリムピック噺」でこの出来事を語るとき、「40年も経っているのにどうしても笑いのほうへ引っ張れないんだな」と言う。
第24回「種まく人」 演出:一木正恵
第一部完結
関東大震災で壊滅状態の東京、避難場所にもなった神宮外苑での復興運動会が行われる。
「あまちゃん」でも震災地へのエールを描いた、脚本・宮藤官九郎、演出・井上剛、プロデューサー訓覇圭が再び、復興の物語に向き合った。
人見絹枝、シマなどの活躍に感銘を受ける視聴者が増えて、SNSで盛り上がってくる。
第25回「時代は変る」 演出:井上 剛
大正13年、金栗と田畑が日本橋ですれちがい、田畑政治(阿部サダヲ)編がはじまる。朝日新聞社政治部長・緒方竹虎(リリー・フランキー)、社長・村山龍平(山路和弘)、記者・河野一郎(桐谷健太)、バー・ローズのママ・マリー(薬師丸ひろ子)、高橋是清(萩原健一)、水泳選手・高石勝男(斎藤工)、野田一雄(三浦貴大)、帝大水泳部コーチ・松澤一鶴(皆川猿時)、政界の黒幕・三浦梧楼(小林勝也)……と新たな登場人物が続々と登場。四三編とは違った趣に。
田畑は、マリーに「30歳で死ぬ」と占われる。マリーの当たらない占いが、最後の最後であんなふうに生きるとは……このとき視聴者は誰一人未来を占えなかったろう。
予告のナレーションは皆川猿時に。
第26回「明日なき暴走」 演出:大根 仁
「富める国はスポーツも盛んで国民の関心も高いんですよ。金もだして口も出したらいかがですか」
高橋是清(萩原健一)を説得し、6万円もの多額の寄付を獲得する田畑。彼の悲願の水泳チームは11人の選手がアムステルダムオリンピック(1928年)に参加することになった。そこで人見絹枝、女子陸上で銀メダル獲得。
萩原健一が亡くなり、「いだてん」が遺作となる。
第27回「替り目」 演出:大根 仁
選挙のため一週休んでの再開。
ロサンゼルスオリンピックに向けて、松澤(皆川猿時)を監督、田畑は総監督、助監督に若くして現役引退した野田(三浦貴大)という編成で、日本水泳の強化を目指す。名付けて「メダルガバガバ大作戦」。このタイトルで特集番組も作られた。
序盤から人情味を出してきた四三の兄・実次(中村獅童)が亡くなる。
第28回「走れ大地を」 演出:桑野智宏
満州事変勃発、5.15事件、犬養毅(塩見三省)暗殺。
第29回「夢のカリフォルニア」 演出:西村武五郎
1932年、ついに来たロサンゼルス。
「一種目も失うな」とこのオリンピックに賭ける田畑は、アムステルダムの功労者・高石勝男(斎藤工)を容赦なく選手から外す。
第30回「黄金狂時代」 演出:津田温子
晴れ舞台、期待の大横田(林遣都)が胃腸カタルになってしまう悲劇を、落語「疝気の虫」と重ねて描く。
ロスオリンピックで実際に試みられた「実感放送」の誕生秘話も興味深かった。
第31回「トップ・オブ・ザ・ワールド」 演出:西村武五郎
前畑秀子(上白石萌歌)の大活躍。
エキシビションで、日本泳法を披露する日本選手団。
「(メダルを)一個残してきたのは田畑さんのなんというか品格だと私は思います」と後に田畑と結婚する菊枝(麻生久美子)の名セリフ。
「いだてん」ではスヤやおりん、菊枝などが男たちを支えていた。
第32回「独裁者」 演出:大根 仁
「血のにじむような努力を重ねて縮めた十分の一秒、十分の一秒の集合体、十分の一秒の60倍がすなわち6秒なんだよ」(田畑)
東京にオリンピックを招致すべく、嘉納はムッソリーニに譲ってくれと交渉してみようと考える。
第33回「仁義なき戦い」 演出:桑野智宏
嘉納が腰痛に。「(激痛が)来るか来ないか…来ない」
オリンピックも来るか来ないか…来ないと思ったら来た。
美川くんは、関東大震災のあと大阪、広島、山形とまわり熊本に戻ってカフェを経営。スヤは彼を「ゴキブリ」と嫌う。
第34回「226」 演出:一木正恵
嘉納「こんなときだからオリンピック」
田畑「どんなときでもオリンピック」
第35回「民族の祭典」 演出:井上 剛
田畑「前畑がんばれ」
五りん「え、それ言っちゃう」
第36回「前畑がんばれ」演出:大根仁 井上剛
前畑は、プレッシャーに打ち勝って金メダルを獲得する。
第37回「最後の晩餐」 演出:井上 剛
カイロで行われた IOC総会の帰りの船で、嘉納は外務省の平沢和重(星野源)とこれまで一番おもしろかった話をする。その後、嘉納は亡くなる。
次第に追い詰められていく田畑。
「こんな国でオリンピックやっちゃオリンピックに失礼です」
「今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか」
第38回「長いお別れ」演出:西村武五郎
東京オリンピックが中止に。戦争は激化。オリンピックをやるはずの国立競技場で学徒動員。まるで涙のように雨が降る。
第39回「懐かしの満州」 演出:大根 仁 渡辺直樹
圓生(中村七之助)と満州慰問にでかけた志ん生は小松勝(仲野太賀)と出会い「富久」にアイデアをもらう。
美川が満州にいた。
視聴率は大河史上最低の3.7%(ビデオリサーチ調べ 関東地区)。
予告のナレーションは松坂桃李に。
第40回「バック・トゥー・ザ・フューチャー」 演出: 井上 剛
第1回で駆け足で描かれた1964年東京オリンピック目前の物語に。
古橋廣之進役で北島康介が登場。「気持ちいじゃんねー」と言う。
いよいよ東京オリンピックを描く最終章という段になって、41回から登場予定の大松博文役・徳井義実の一時期の税金未納が明るみになり「いだてん」での扱いが注目された。
第41回「おれについてこい!」 演出: 一木正恵
徳井義実の登場シーンをできるだけ配慮して編集し直したものを放送したため、本編が1分短くなった。冒頭ではそのお断りも流れた。
1960年、オリンピックまであと4年、安保反対運動が盛り上がる日本で、オリンピックを盛り上げよう奮闘する田畑の前に、政界の寝業師・自民党幹事長・川島(浅野忠信)、 組織委員長で元大蔵大臣の津島(井上順)らが立ちふさがる。
日紡貝塚の監督・大松(徳井義実)、のちの東洋の魔女・ウマこと河西選手(安藤サクラ)ほか、女子バレーの面々。赤い日の丸、金色の文字の斬新なポスターをつくったグラフィックデザイナーの亀倉雄策(前野健太)、オリンピックの記録映画を撮ると名乗りをあげた黒澤明 (怒髪天・増子直純)、国立競技場を設計した丹下健三(松田龍平)等々、新時代を切り開く才能が続々登場。
第42回「東京流れ者」 演出:北野 隆
第1回から出ていたタクシー運転手・森西(東京03角田)が聖火リレー踏査隊になるというサプライズ。連ドラを続けて見る楽しみの最たるもだった。
五りんが病気ですっかり弱った志ん生を背負って歩く場面には叙情性が。
第43回「ヘルプ!」 演出: 津田温子
田畑対川島
第44回「ぼくたちの失敗」演出:大根 仁
ジャカルタ大会で起きた問題を契機に、組織委員の地位が危うくなった田畑は「どこで間違えた?」と頭を巡らせると、思い出したのは、第26回の出来事だった。
第45回 「火の鳥」 演出:一木正恵
バレーの河西選手の名セリフ「青春を犠牲にして そう言われるのが一番きらいです。わたしたちは青春を犠牲にしてない。これが青春だから」は実際に語られたものだとか。当時の人たちがいかに劇的に生きていたか感じられる。
裏組織委員を楽しく行う田畑の家を酒瓶もって覗く東(松重豊)の孤独(のグルメ)。
第46回 「炎のランナー」演出:西村武五郎
志ん生の復活高座を前に行方をくらましていた五りんが三波春夫(浜野謙太)について紅白歌合戦で踊っていた。知恵(川栄李奈)が妊娠して生活費を稼がないといけないが、祖母シマ、母リク、父・勝から受け継いだ走ることへの思いも持ち続けていた。
第47回 「時間よ止まれ」演出:井上剛
第1回以来の15分拡大、60分。
最終回でようやく東京オリンピック開会式。「ばたばたじゃんねー」という田畑のセリフのように、開会式はどたばたながら、登場人物それぞれのオリンピックの思いを貫いた、感動のものとなる。岩田(松坂桃李)と吹浦(須藤蓮)の懸命さが印象に残った。
宮藤官九郎がタクシーの運転手で登場や、競技場のそばにある水明亭の常連・カンニング竹山がその店主役を演じるサプライズもあった。
聖火リレーの最終ランナーを未来ある若者・坂井義則(井之脇海)に譲る形となったものの四三は、55年ぶりにストックホルムでマラソン競技の完走を達成。1912年から1967年という長い長い物語が終わる。
この話を「東京オリムピック噺」として語り続けた志ん生は下りた幕の後ろ、カメラ目線で剽軽なポーズをとって「おしまい」。
日本とオリンピックの歴史を落語の体(てい)で見せる趣向の「いだてん」だったから最後は落語のサゲで終わると想像はできた。五りんの自分探しの決着も落語のサゲと関わりがあったのだが、「いだてん」はそれを美しきカタルシスにしなかった。
「落語はサゲのひとことでおわっちゃうけどさ そうもいかないだろう人の人生は」なんて言うセリフもあって(志ん生の娘美津子〈小泉今日子〉のセリフ)、作り手は、物語に没入することを躊躇わせる。
途中、「俺達は日本人だ」とか「前畑がんばれ」とか一体化するカタルシスも描きつつ、極力慎重に一体化の熱狂を描かないようにはぐらかしていたと思うのは深読みではないと思ったのは、日本人が熱狂した東京オリンピック開会式の日、志ん生が高座をやっていてそっちも満員だったという事実があり、それを知った宮藤官九郎は“「最後はあれだ!」と思っていた”と語っている(番組公式ホームページより)からだ。
オリンピックを見たい人もいれば落語を見たい人もいる。そういうことがずっと描かれていた「いだてん」。政治が好きな人とオリンピックが純粋に好きな人はどちらが正しいということはなくどちらもそれぞれの正義がある。
私はそこに、ジョン・レノンとオノ・ヨーコの「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)」に共通するものを感じたことを、TVブロス2月号に書いた。宮藤はそれを老若男女誰もがわかる言葉であくまで楽しく書いたと思う。ただ、最初のうち、時系列を行ったり来たりさせて凝ってしまったので面食らった人もいたのは残念だが、47回、ざっと振り返ってみると、昭和編になったあたりで行き来がなくなり、すごくわかりやすく見やすくなるのである。
もともと宮藤官九郎は構成力が高く、その脚本にはほつれがない。注目されたきっかけになった映画「GO」や連ドラ「池袋ウエストゲートパーク」など人気小説を脚本化するとき、エッセンスを的確にチョイスするセンスがあり、そのまとめ方も手際いい。
オリジナル脚本の場合は、それにプラスして、おもしろい会話とエピソードで話を猛スピードで転がしていく腕力がある。シンプルに一気に駆け抜ける熱量の痛快さはライブ(舞台)で抜群に魅力を発揮する。それを映像化するときは、時系列シャッフルや異化効果などを用い、引っかかりを作り出すことで、その速度に視聴者を置いてきぼりにさせないところがあった。「いだてん」ではなぜか逆にそれがネックになってしまったのは、最初に「わかりにくい」という先入観がひとり歩きしてしまったからだ。ほんとうは、わかりにくいようでわかりやすい、理知的な脚本なのに。
優れたスタッフの膨大な取材による資料をこれだけ、オリジナルも交えながら豊かな物語に仕立てあげる才能は稀有なものだということを、47回完走して再認識した。人間の矛盾を描いているが、脚本には、ここ辻褄合わなくない? という箇所が全くない。こういうレビューを書いていて、登場人物の言動や物語の運びに無理を発見することはあるのだが、「いだてん」にはなかった。明治から昭和まで、オリンピックと落語のふたつの道をじつにかっちり描ききっている。
オリンピック自体は、史実では、この1964東京が終わっても、ドラマにもちょっとだけ登場し銅メダルをとった陸上選手の円谷幸吉が次のメキシコオリンピックのプレッシャーによって不幸な人生をたどることになる。「いだてん」はそこには触れていない。あくまで軽やかに明るく四三と田畑の物語を終了した。
四三が54年8ヶ月6日5時間32分20秒3 でゴールしたとき、嘉納の鼓動と言われるストップウォッチを田畑がついに止める。
そのとき、視聴者は心からハッピーになるか、そうはいってもまだまだ国家とオリンピックの問題は解決してないと思うか、人ぞれぞれ。
「いだてん」は史実に基づいたフィクションだったのだから、この先の未来はいまの現実とはパラレルな道筋に向かう物語なのかもしれない。この先に待っているのは、最高のオリンピックか、最低のオリンピックか。いくつもの可能性を残した、豊かで忘れられないドラマになった。
大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)〜」
NHK 総合 日曜よる8時〜
脚本:宮藤官九郎
音楽:大友良英
題字:横尾忠則
噺(はなし):ビートたけし
語り:森山未來
出演:阿部サダヲ 中村勘九郎 / 星野源 松坂桃李 麻生久美子 安藤サクラ /
神木隆之介 荒川良々 川栄李奈 / 松重豊 薬師丸ひろ子 浅野忠信 ほか
演出:井上 剛、西村武五郎、一木正恵、大根 仁ほか
制作統括:訓覇 圭、清水拓哉
総集編
総合テレビ 12月30日(月)
午後1:05~3:20 〈第1部〉前・後編
午後3:25~5:40 〈第2部〉前・後編
BSプレミアム
1月2日(木) 午前8:00~10:15 〈第1部〉前・後編
1月3日(金) 午前8:00~10:15 〈第2部〉前・後編