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なぜもっと「大型肉食獣」が必要なのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 我々を取り巻く生態系のバランスは、俯瞰すれば大型の肉食獣を頂点としたピラミッド型をしている。だが、これらの生物は人間と完全に利害が衝突するため、これまで多くが狩られ、駆除され、個体数を減らされ続けてきた。研究者は世界中でこれらの生物が少なくなり、それは結果的に人間の害になっていると警告する。

大型肉食獣が減っている

 人間は集団で暮らして文化としての住居と衣服を発明し、農耕や牧畜などのために多種多様なイノベーションを行って自然の脅威を排除しようとしてきた。そうした脅威の一つが大型肉食獣だ。

 それ自体が人間や家畜を襲うこともあるため、農作物を荒らす草食獣よりも積極的に数を減らすことが行われてきたのも事実だろう。天変地異のように人間の力ではいかんともしがたいものとは違い、人間は大型肉食獣を物理的に排除することが可能であり、銃の発達とともにトロフィーハンティングを含め、世界中で大規模に彼らを駆除してきた。

 生態系における大型肉食獣の個体数が相対的に減ってきているため、彼らの本来の捕食対象である草食獣とのバランスが崩れている。世界の大型肉食獣の約64%が、かなり前から絶滅の危機に瀕しているようだ。

 最近これに関し、英国で最も古い科学学会である王立協会(Royal Society)の雑誌『Royal Society Open Science』オンライン版の論文(※1)に、米国のオレゴン州立大学の研究者により大型の肉食獣が必要とされる世界の280の地域が発表された。

 研究者によれば、これらの大型肉食獣を国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストで評価すると、アメリカアカオオカミ(canis fufus)がCR(近絶滅種)で最も脆弱であり、アビシニアジャッカル(canis simensis)、トラ(panthera tigris)、リカオン(lycaon pictus)、ドール(cuon alpinus、アジアに生息するアカオオカミ)、ユキヒョウ(panthera uncia)がEN(絶滅危惧種)となる。

 ライオン(panthera leo)、チーター(acinonyx jubatus)、ヒョウ(panthera pardus)、メガネグマ(tremarctos ornatus)、ツキノワグマ(ursus thibetanus)、ウンピョウ(neofelis nebulosa)、ボルネオウンピョウ(neofelis diardi)、マレーグマ(helarctos malayanus)、ナマケグマ(melursus ursinus)、ディンゴ(canis lupus dingo)がVU(危急種)だ。また、ヒグマ(ursus arctos)、アメリカグマ(ursus americanus)、ピューマ(puma concolor)、タイリクオオカミ(canis lupus)、ブチハイエナ(crocuta crocuta)、オオヤマネコ(lynx lynx)はLC(低危険種)となっている。

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研究者が選んだ絶滅の危険性の高い25種の大型肉食獣。ネコ科、イヌ科、クマ科の生物たちだ。Via:Christopher Wolf, et al., "Rewilding the world's large carnivores." Royal Society Open Science, 2018

 この中でもアメリカアカオオカミは99%以上の個体が失われ、アビシニアジャッカルもほとんど(99%)いなくなってしまった。トラやライオン、リカオン、チーターもすでに90%以上の損失率となっている。

 大型肉食獣は人間の生産活動と日常生活の脅威であることは間違いないが、これまでもヨーロッパで行われているようにハイイロオオカミとの共存や米国のオレゴン州やワシントン州などで行われているオオカミの再導入などが試みられてきた。すでにあるものを保全し、あるいは再導入して生態系のバランスを保つことが求められていると研究者はいう。

 ただ、大型肉食獣の多くは広大なテリトリーが必要であり、人間からの干渉を受けず、利害が衝突しないようにするのはなかなか難しい。

 研究者は、体重15キロ以上の25種の陸上肉食獣を選び、面積や環境要因など彼らの生息条件を評価した。国立公園や動物保護区など、重複する地域などを慎重に見定め、肉食獣と捕食される生物との分布を彼らがいたころの推定と比べつつ分析したところ、これらの肉食獣を再導入することで人間も自然もメリットを受けることがわかったという。

どう共存するか

 研究者は、人間の手があまり入っていない地域を保全することによっても、脆弱性の高い大型肉食獣の希少種などの活動範囲を知ることで保護する可能性のあることを示した。さらに、大型の肉食獣の生態を調べたところ、彼らの減少によって大型の草食獣が増え過ぎ、森林などの自然環境を激変させることもわかったという。

 また、こうした大型肉食獣の別の地域への再導入の効果も考えているようだ。アジアに生息するアカオオカミは、ヘビなどを狩り、その卵を捕食するが、ビルマニシキヘビなどの外来種の侵入に対し、アカオオカミの再導入が効果的なのではないかとする米国フロリダ州エバーグレーズ国立公園の研究者のコメントを引いている。

 この論文では、こうした減少した大型の肉食獣を自然環境へ再導入することに適した地域を130選び、「ラスト・オブ・ザ・ワイルド(Last of the Wild)」という指標(※2)を使い、追加で150の地域を選別したという。それぞれの地域は、再導入がモンゴル13、カナダ11、タイ9、ナミビア6、インドネシア6、オーストラリア6など、ラスト・オブ・ザ・ワイルドが米国14、ロシア14、カナダ10、中国9、モーリタニア8などとなった。

 大型肉食獣と人間との衝突が依然として強い地域へ再導入することは現実的ではないし、ハブの駆除のために導入されたマングース問題というように安易な再導入は危険でもある。研究者は、それまで生息していた地域への固有種の再導入を強調し、ハイイロオオカミが再導入されたイエローストーン国立公園で観光客が増えたことも指摘する。

 日本ではクマの被害が頻発し、大きな問題になっている。かつてあった里山や雑木林などが荒廃することでクマの生息域と人間の生息域が接近したことが大きいが、タケノコやキノコ、山菜など、クマと人間の利害が衝突するようになっているのも原因の一つだろう。

 社会経済的な背景を俯瞰して分析すれば、なぜクマのいる山へ危険を冒して人が入らなければならないのかという理由もわかる。いずれにせよ、こうした場合を含め、脆弱性の高い大型肉食獣の絶滅をどう防ぎ、どう自然と共存するのかを考えるのは人間の側だろう。

※1:Christopher Wolf, et al., "Rewilding the world's large carnivores." Royal Society Open Science, DOI: 10.1098/rsos.172235, 2018

※2:"Last of the Wild":グローバル・フットプリント・ネットワーク(Global Footprint Network)のプロジェクトにより、人間の手(Human footprint)が入っていない地域をマッピングし、人間の手が入っていない領域を特定する活動。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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