ウクライナ戦車戦の映像から交戦距離の測定
2月24日に開戦したロシアによるウクライナ侵攻は正規軍同士の激突となり、各地で激戦が展開され大規模な砲撃戦や戦車戦が発生しています。
近年ではドローンが普及し戦場の様子が動画で直ぐに報告されるようになりましたが、戦車戦の様子は発生数の極一部しか報告されていません。戦車自身が動画撮影しているわけではないので、たまたま付近の上空をドローンで観測していた場合のみ交戦の様子の全体像が映る場合が有り得るからです。
ここではウクライナの戦争で撮影された2例の戦車戦の場所の、詳しい位置関係の特定と交戦距離の測定を行って分析します。
2022年12月12日報告、ルハンシク州ノヴォセリウスケ
- ウクライナ東部ルハンシク州ノヴォセリウスケ(Новоселівське)の街道の側道。地図座標:49.525667, 37.950778
- ウクライナ陸軍第92独立機械化旅団のT-64BV戦車がロシア軍のT-72B3戦車(推定)を撃破。交戦距離は約450m。
- 主街道の交差点に居たロシア戦車(推定T-72B3)に対して側道からウクライナ戦車(T-64BV)が砲撃。
- 交戦距離450mは野外での戦車戦としては距離が短いが、村落の建造物や街道沿いの植樹で視界が邪魔されて、敵戦車に気付かないまま撃たれた可能性。
2022年4月19日報告、ルハンシク州ルビージュネ
- ウクライナ東部ルハンシク州ルビージュネ(Рубіжне)の市街地。地図座標:49.017821, 38.371754
- ウクライナ国家親衛軍第4緊急即応旅団の戦車(種類不明、推定T-64BV)がロシア軍(またはロシア側の自称・ルガンスク人民共和国軍)のBMP(歩兵戦闘車、種類不明)を撃破。交戦距離は約250m。
- 建造物の隙間に砲弾を通す驚異の砲撃。砲弾が建造物を通過時に小さな煙が出ており、掠っていた可能性。
【動画のウクライナ語の説明書きの意味】
- 青背景の字:Танк бригади швидкого реагування ”緊急即応旅団の戦車”
- 赤背景の字:БМП противника ”敵BMP”
- 赤背景の字:Знищено ”撃破”
- ルビージュネ市街地は激しい砲撃で廃墟と化しており、大学の建造物(戦争前の映像では緑色の屋根)も破壊され、その破壊で生じていた隙間を戦車砲弾が通過して、奥に居たBMPを撃破。
- 交戦距離250mは戦車の砲撃ではかなり短いが、視界を塞ぐ建造物の多い市街戦であること、特にこれは建造物越しの砲撃で露BMPは敵に気付かないまま撃たれている。
※戦車戦の動画は付近の上空からドローンで空撮して観測が可能になるので撮影機会が少なく、戦車戦の総数に比べて報告されている動画は極一部。
※戦車は距離1500~2000mでも交戦可能。ただしこの距離から全体を俯瞰して撮影して詳細を高精度に記録するには、軍事用の大型の偵察ドローンが必要となる。前線の歩兵が持つ市販の小型ドローンよりも更に撮影可能な機会が少ない。
※ウクライナ国家親衛軍(国家親衛隊と訳される場合もある)は内務省の隷下で本来は治安維持部隊。ただし2014年以降の東部ドンバスへのロシアによる侵攻に対応するため重武装化が進み、戦車や大砲なども装備している。
※ルビージュネ戦車戦闘の舞台となった大学はルビージュネ工科大学。正式名称は「アレクサンドル・エヴゲニエヴィチ・ポライ-コシッツにちなんだルビージュネ工科大学」。ソ連時代の化学者にちなんだ命名。
追記:廃墟と化したルビージュネ工科大学の周辺
- 2022年4月の戦闘時には既にこの状態。衛星撮影は2023年のもの。
- 周辺の全ての建造物の屋根が吹き飛んでいるのは、間接砲撃によるもの。
- 大学の校舎の裏には塹壕が掘られ、激戦地帯だった。