過去事例から見る既存メディアへのフェイク浸透
少し前の話ですが、琉球新報でこんなニュースが報じられました。
アメリカが2年以内に沖縄を始めとする日本本土に、中距離弾道ミサイルを大量配備を計画しているという10月4日付の記事です。ところが、このソース源がロシア大統領府関係者。案の定、アメリカは計画を否定します。
将来的に日本への中距離弾道ミサイル配備の可能性はあると思いますが、2年以内というのは短すぎであること。そして、そのソースがロシア大統領府関係者であることに、懸念を示す国際政治学者が複数人いました。というのも、ロシアによる世論分断のための介入が世界的な問題になっている中で、ロシア大統領府関係者しかソースが無い話を、琉球新報があまりにも無批判に取り上げてしまったからです。
しかし、現在問題になっているとは言っても、特定国の報道機関を操作することで、政治的・社会的混乱を生み出すのは古い手法です。今、改めてフェイクニュース又は偽情報による世論操作が問題になっていますが、過去に明らかにされた実際の例をみていくことで、その手法や目的をみていきましょう。
偽文書「周恩来の遺書」
外国機関の工作によって、新聞記事の内容が操作されたことは過去にも明らかになっています。サンケイ新聞(現・産経新聞)1976年1月23日朝刊に掲載された「周恩来の遺書」とされるものは、旧ソ連の情報機関であるKGBにより作られた偽文書だったことが、毎日新聞の1982年12月2日のスクープで明らかになっています。
このスクープは1979年にアメリカに亡命したKGBのレフチェンコ少佐が、アメリカ議会で証言した一部を毎日新聞が入手したもので、後に証言の内容が明らかになると、日本に衝撃が走りました。数名の国会議員に加え、多くの主要新聞社にソ連のエージェントがいたことが明らかになり、レフチェンコ証言の真偽を巡り、当時は大きな議論を呼びました。
ところで、この「周恩来の遺書」。毎日の記事では日中の離反を狙ったものとされていますが、周恩来総理死去後の中国指導層の混乱を狙ったものでもありました。これはレーニンが死の前に書いた手紙によって、スターリンへの権力継承が遅れたことからKGBが着想したものと言われています。遺書がサンケイ新聞で報じられたのを、ソ連のタス通信がそれを伝える形で世界中に拡散されると、中国指導層に混乱をもたらし、真偽の確認に追われたとKGBについての著作で知られるジャーナリストのジョン・バロンは伝えています。
KGBが作った偽文書なら、最初からソ連のメディアを使って拡散すればという声もあるかもしれません。が、それだと真偽が怪しまれるため、日本の保守色の強いサンケイ新聞を使って報じることに意味がありました。
琉球新報記事から1週間後
話を琉球新報の記事に戻します。琉球新報の記事が報じられた1週間後、ロシアのプーチン大統領がこのような発言をしています。
アメリカが中距離ミサイルの配備を日韓と協議していると主張しています。他、ロシア政府系メディアのスプートニクでは、同じ席上でプーチン大統領がロシアも同様のミサイル開発に着手するとの発言も伝えています。アメリカ側の動きがまだ明らかになってない中、ロシア側の主張でアメリカはこう動いているとだけ拡散され、ロシアの中距離ミサイル開発の正当化に使われた訳ですが、琉球新報の記事もそのダシに使われたようです。
既存メディアもフェイクに使われる
最近のフェイクニュースを巡る議論において、新聞などの既存メディアが弱いところでフェイクニュースの効果は強く発揮され、逆に既存メディアが信頼されているところでは抑制されていたことが分かっており、既存メディアが世論操作に対する重要な社会基盤ともされています。新聞通信調査会の世論調査では、新聞は68.9点と全メディア中トップの信頼度を持っているとされ(新聞通信調査会「第12回 メディアに関する全国世論調査」)、日本でも既存メディアに対する信頼は高いものです。
しかし、レフチェンコ証言の事例を見ても分かるように、既存メディアに対しても工作が行われていた過去があるとなると、単に「既存メディアだから」では不十分かもしれません。
既存メディアの信頼性をより高めていく方向や、特定の記者個人に影響されない紙面づくりといったものもあるでしょうが、社内でも多様性を保った上でのそれは難しそうです。もっとも、これは民主主義国家が全般に抱える脆弱性でもあるのですが……。