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「濁った海中」でも高速大容量通信が可能に

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 水の中で高速大容量の無線通信は可能だろうか。この課題は長く研究開発対象になってきた。

 これまでの水中無線通信は、音波(水中音響通信)を使う技術が主で、ソナーなどがその代表だろう。音波は水中での減衰が低く、クジラの「歌」が何百kmも届くように、人工的な音響装置でも10kmを超える距離の伝送が可能だ。

 一方、音波は水中での伝送速度が遅い(せいぜい1.7km/秒)上、ノイズにも弱く指向性にも難がある。また、音源が移動すれば、救急車のサイレンのようなドップラー効果が出て正確なデータ伝送が行いにくい。

水中通信の新時代

 そこで音波以外の伝送技術が研究開発されてきた。従来、アナログ通信では水中での伝播効率が悪く難しかったが、デジタル技術の進歩でここ数年、大きな可能性を秘めた分野だ。

 まず、電波での無線通信が試される。水というもの自体は、それほど電波を通しにくい物質ではない。ただ、距離に限界があり、真水から海水になるだけで出力が半分程度にまで落ちてしまうようだ。せいぜい超長波(VLF領域)で1m以下しかなく速度も遅いため水中での高速通信は難しい。

 その後、電波ではなくLED(発光ダイオード)などの可視光線を使う水中通信技術が発達し、可視光通信の嚆矢とされる慶應大学の中川正雄により2005年に水中の音楽伝送が成功する。この音楽伝送はアナログだったが、その後、LEDを高速に点滅させることによるデジタル通信が可能になった。

 2014年には、青色LEDを使うことにより最大50Mbpsの通信(太陽誘電と東洋電機による開発)が達成される。ただ、これは実験環境がプールという透明度の高い水中で距離は50mだった。

 水中では、波長が380nm(ナノメートル)から780nmあたりの光線が透過性が高く、海の色が青いように波長が短くなれば透過性も高くなる。青色LEDの波長は460nm周辺だ。

 光は指向性が高く、通信容量の大きい高速のデータ伝送が期待できるが、電波と同様、自然環境である泥水や海水の濁りなどによって、やはり透過性は低くなる。そのため、水中光通信の技術は、高出力の白色LEDや半導体レーザー(レーザーダイオード)による研究、また海水中の微生物死骸などのマリンスノーによる水の濁り、また水中機器などが海底で巻き上げた汚泥などの濁りといった阻害物の干渉をどう解決するのか、といった技術開発が続けられた(※1)。

海中120mの距離で20Mbps

 難題だらけの水中無線通信だが、先日、画期的な成果が発表された。海洋研究開発機構(JAMSTEC)のプレスリリースによれば、7月に静岡県の駿河湾入り口の海域で行った実験により、水中光無線通信による長距離の双方向高速通信に世界で初めて成功した、と言う。

 同リリースによると、水深700mから800mで試験を実施し、120mの通信距離で20Mbps(※2)のデータ送信することができた。120mでもこれは世界初で、速度も従来の音響通信の約1000倍の速度だ。また、マリンスノーなどの汚濁については、別機器(海域基礎データ取得装置)を開発して光の波長を調整することで減衰を可能な限り回避し、伝送距離を伸ばすことができたようだ。

 送信には赤緑青(RGB)の光を高出力のレーザーダイオードから放射し、その光を点滅(0/1)させることでデータを伝送した。受信は高感度の光電子増倍真空管を用いた。「かいこう」(※3、ランチャーとビークル)2台の移動体に搭載しての双方向の光通信となるため、ドップラー効果による障害も少なく、安定した通信が実現できていることがわかる。

画像

海洋研究開発機構の水中実験の図。「かいこう」のランチャーとビークルにそれぞれ送受信部を付け、光による双方向通信を行った。ビークルにはマリンスノーなどの環境汚濁を測定する装置が取り付けられ、最適な光の波長を発信するためのデータを収集する。「かいこう」を利用するための深海での耐圧性もクリアできそうだ。同機構のプレスリリースより。

 さらに、複数のコンピューターやプリンターなどを接続してデータをやりとりするLAN(Local Area Network)通信をすることで、水中における無線ネットワーク(水中光Wi-Fi)も構築できるらしい。これにより、スマホなどの携帯端末から海中の機器を操作したり、太陽光のノイズを除去して空中での光通信を応用すれば、ドローンなどの空中機器と水中機器との通信も可能となる。さらに、インターネット接続による複数の機器の有機的統合、つまり「IOT」の概念への応用も考えられる、と言う。

 このように、すでに水中や海中でもビッグデータのやり取りができる時代が近づいている。海中で通信ネットワークが構築できれば、これまでの水中活動の概念が根底から激変する可能性がある。ユビキタスな子機を無数に散らばらせれば、あたかも目視しているかのように周囲の海中の様子が手に取るようにわかるようになるかもしれないのだ。

※1:林新、澤隆雄、「波長適応技術を用いた海中LED光無線データ通信」、JAMSTEC Rep. Res. Dev., Vol.19, 11-18, September, 2014

※2:USB Full Speed(USB1.0- 1.1)の最大値が12Mbps、地上デジタル放送のハイビジョン放送の品質が15Mbps。

※3:かいこう:旧・海洋科学技術センター(現・海洋研究開発機構)が開発・運用した有索式遠隔操作式の無人潜水機(ROV)。本体(ランチャー)とビークルという子機に分かれる。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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