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フラッグキャリアが再登場するのか?~コロナ余波で激変する航空業界

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
タイ国際航空のエアバス380(写真:ロイター/アフロ)

・航空会社の破たんが拡がっている

 5月19日、タイ国際航空は、同社が申請した会社更生手続きをタイ政府が認めたと発表しました。これは事実上の経営破たんを意味し、裁判所の管理下で再建を進めていくことになります。アジア諸国を代表する航空会社の1社が破たんしたことは、多くの関心を呼んでいます。

 

 しかし、破たんしたことそのものに意外性はあまりありません。タイ国際航空は、この10年間、格安航空会社の台頭などから業績不振が続き、ここ3年は赤字が続き、すでに債務超過状態にあります。

 2013年にはバンコクのスワンナプーム国際空港で着陸時に滑走路を外れる事故を起こしたり、2015年には国連の専門機関ICAO(国際民間航空機関)がタイ航空局に対して、タイ国際航空の「重大な安全上の懸念(SSC)」の指摘を行うなど、たびたび問題が指摘されてきました。その一方で、タイでは多くの民間航空会社が新規参入してきました。

 タイにはタイ国際航空以外に、ノックスクート、ノックエアライン、バンコクエアウェイズ、タイエアアジア、タイエアアジアX、タイライオンエア、タイベトナムジェット、タイスマイルという8つの航空会社があります。これらの多くは低価格を売りに、タイ国際航空の国内線だけではなく、国際線でも市場を奪ってきました。しかし、こうした新規参入組も、新型コロナウイルスの影響で経営危機に瀕しており、タイ政府に対して救済を求めています。タイは、年間4千万人を超す外国人観光客が訪れる観光立国であり、コロナ後の経済復興のためには、航空会社を温存しておく必要があります。タイ国際航空も、日本の民事再生法やアメリカの連邦破産法第11条などと同様の措置がとれる予定であり、事業は継続しながら再建計画が練られることになっています。

・相次ぐ航空会社破たん

 タイ国際航空だけではなく、欧州最大の格安航空会社(LCC)だったイギリスのフライビー、オーストラリア第2の航空会社ヴァージン・オーストラリア、モーリシャスのエア・モーリシャス、コロンビアのアビアンカ航空などがすでに破たんしています。インドのエア・インディアもコロナ以前から深刻な経営危機が続いており、全国有株式を民間に売却することが決まっていますが、コロナ感染拡大防止のためにインド政府が航空路線の全面停止を行っており、年内に買い手が付くか不安定な状況に陥っています。

 今後、国際的な観光旅行やビジネス客が戻るまでには、数年かかると見られています。事態の長期化によって、ヨーロッパやアメリカの航空会社などでも経営破たんを起こす可能性が高くなっています。そのため、各国政府は、航空会社救済に乗り出しています。

 皮肉なことですが、「空の自由化」という世界的な傾向の中で、次々と新規民間航空会社が参入し、民営化が進んできた航空業界が、今回の事態で、再び国営化が進み、フラッグ・キャリアが再誕生する可能性が出てきています。海外に取り残された自国民の救助のため、臨時便の運航や、停滞した貨物輸送のための貨物便の運航などが行われるに至って、国営もしくは政府が一定の株式を保有するフラッグ・キャリアの重要性が再認識されていることも、背景にあります。

・格安海外旅行は終わるのか

 

 新規参入してきた航空会社は、徹底したコスト削減と定員いっぱいの座席配置などで、低価格を売りに急成長してきました。しかし、そうしたぎゅうぎゅう詰めだが運賃が安いという旅は、もうできないかもしれません。

 機内での感染拡大を懸念する各国政府は、今後、航空機内のソーシャルディスタンスの確保を要求しています。そうした動きを制するように、5月5日に航空会社でつくる国際航空運送協会(IATA)は、3列席の中央席を不使用にすることは感染防止に効果があるとは考えられないとし、それよりも機内でのマスクの着用を勧告すると発表しています。

 いずれにしても、座席間の間隔を狭め、定員いっぱいの乗客を搭乗させるという低価格航空会社のビジネスモデルが、新型コロナウイルスによって大きく制限されることは間違いないでしょう。

また気軽に海外旅行に出かけられるのは、いつだろう。
また気軽に海外旅行に出かけられるのは、いつだろう。

・フラッグキャリアの再登場?

 イタリアのアリタリアのように、完全国営化による救済が決まった航空会社や、アビアンカ航空、ルフトハンザ、KLMオランダ航空のように、それぞれの政府が救済策を表明したケースも増えています。タイ国際航空も最終的には、政府が支援に出るとの見方も出ています。

 一方で、ヴァージン・オーストラリア航空のように外資系企業であることを理由に、政府が支援を断る例も出てきています。それに対して、中国系航空会社が買収に関心を示しているという話題も出ていることは、日本でも注意が必要でしょう。

 新型コロナウイルス感染拡大は、世界的に一段落を迎えつつあるようです。各国の航空会社も、6月以降の運航再開計画を発表するところも出てきています。

 しかしながら、多くの航空会社は、路線の大幅縮小や便数の削減、使用機材の小型化などを進めています。国際航空運送協会(IATA)は、国際線の旅客需要がコロナ前の水準に戻るには、5年程度を要し、復興には長期間を要すると発表しています。

 

 さらに航空会社は、各国政府からソーシャルディスタンス要請を満たすように求められています。例えば、タイ政府は、今月から国内線の運航再開を認めていますが、客席には空席を一定以上残すことを求め、乗客には機内でのフェイスマスクの着用が義務付けられています。また、機内食や飲み物の提供も禁じられています。こうした規制強化の結果、運賃上昇は避けられない状況です。ただし、当面はこの50年の間で最も安くなっている原油価格の影響を受けて、運賃上昇はいくぶん抑えられるでしょう。しかし、世界の経済活動復興が軌道に乗れば、石油需要は再拡大し、価格も上昇するでしょう。

 低価格航空会社の多くが淘汰され、各国政府が支援した旧来の航空会社が息を吹き返し、新生フラッグキャリアとして運航を担っていくのでしょうか。それとも、経営破たん状態になり売却される各国の航空会社を中国などの企業が買収し、新たな航空会社ネットワークが構築されるのでしょうか。現状では判断はできません。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が収束しても、以前のように低価格航空会社で気軽に海外旅行ができるまでには、さらに相当な時間がかかりそうです。

【参考】

IATA Calls for Passenger Face Covering and Crew Masks 5/May/2020

IATA ”Don’t Make A Slow Recovery More Difficult with Quarantine Measures” 13/May/2020

All Copyrights reserved Tomohiko Nakamura2020

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生。上智大学卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、京都府の公設試の在り方検討委員会委員、東京都北区産業活性化ビジョン策定委員会委員、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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