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「再選のため暴動を焚きつけ」一か八かの賭けに出た窮地のトランプ大統領

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
「ママの壁」で、連邦政府の治安維持部隊と対峙するポートランド市の女性たち(写真:ロイター/アフロ)

白人警官が黒人男性を暴行死させた事件を機に人種差別抗議デモが続く米国の主要都市で、再び緊張が高まっている。デモのほとんどはこれまで暴動とは無縁の平和的な抗議集会だったが、今月、トランプ大統領が治安維持部隊の投入を開始して以降、逮捕者や負傷者が相次ぐなど騒乱状態に陥りつつある。劣勢の大統領選で一発逆転を狙うトランプ氏が、支持率回復のために自ら暴動を仕掛けているとの見方が支配的だ。

100人規模の治安維持部隊を投入

オレゴン州ポートランド市では、連邦裁判所の建物周辺を占拠し抗議集会を開いていた市民を追い払うため、国土安全保障省の関税・国境警備局や法務省の連邦保安官局から派遣された100人規模の治安維持部隊と、集会の参加者との間で、今月中旬以降、激しい衝突が繰り返されている。

先週末には、少なくとも数人が逮捕されたほか、デモ隊、治安維持部隊双方に多数の負傷者が出た。ワシントン州シアトル市でも、デモの参加者数十人が逮捕され、さらには、カリフォルニア州のロサンゼルス市やオークランド市などでも治安維持部隊とデモ隊が衝突するなど、西海岸を中心に緊張が急速に高まっている。

トランプ大統領は、各都市に治安維持部隊を派遣する理由について、「法と秩序」の回復を強調する。しかし、実態は逆だ。シアトル市のダーカン市長はメディアの取材に対し、「ポートランドの状況が、シアトルだけでなく全米各地で事態をエスカレートさせていることは疑いの余地がない」と述べ、治安維持部隊の投入を激しく非難。ポートランド市のウィーラー市長など複数の自治体の長も、治安維持部隊の派遣が市内の緊張を高めていると指摘し、トランプ政権に対し部隊の撤退や派遣の自重を要請している。

「ママの壁」「退役軍人の壁」

デモには参加していなかった市民の間からも、治安維持部隊への反発が強まっている。ポートランド市では、治安維持部隊の暴力からデモ隊を守ろうと、母親らがSNSで呼びかけるなどして、急きょ「ママの壁」を結成。何十人もの母親たちがそろいの黄色いTシャツを着て、自転車用ヘルメットをかぶり、新型コロナウイルス対策のマスクを着用して、治安維持部隊とデモ隊の間に人間の壁を作った。すると、それを見た退役軍人の有志が「退役軍人の壁」を結成、さらには父親たちが、催涙弾のガスからデモ隊を守るため、落ち葉の清掃に使うリーフ・ブロワーを担いで戦線に加わるなど、「市民VSトランプ」の様相を強めている。

主要メディアはほぼ異口同音に、「トランプ大統領が平和的なデモに治安維持部隊を投入し、緊張や対立を煽っているのは、選挙対策のため」と報じている。トランプ氏は、新型コロナ対策の失敗や、それに伴う景気の大幅な悪化、さらには黒人男性の暴行死事件直後にとった人種差別抗議デモへの威圧的な態度が響き、支持率が急降下。民主党の大統領候補バイデン前副大統領に大きく水をあけられ、再選に赤信号が灯っている。支持率を回復させない限り、11月の選挙で再選される可能性はゼロだ。

ではなぜトランプ大統領は、暴動を煽れば支持率が回復すると見ているのか。

白人保守層にアピール

第1に、支持基盤である白人保守層へのアピールになるからだ。「商店の略奪や警官への襲撃を繰り返して治安を悪化させているデモを、毅然とした態度で抑え込んだ」という印象を与えることができれば、新型コロナ対策の失敗や景気悪化で離反の動きも見えていた白人保守層の支持を、再び固めることができる。白人保守層は、人種差別抗議デモに強い反感を抱いており、暴動の扇動と制圧は、そうした白人保守層の不満を吸収するための、トランプ氏による“自作自演”の面が強い。

政治専門メディアのポリティコは、「圧倒的多数のデモは、しばしばデモ参加者の家族や地元の政治家も参加するなど平和的なデモだが、トランプ大統領は、そうしたデモの参加者たちを暴力的なアナーキスト(無政府主義者)と呼んでいる」と報じ、トランプ氏のデモ対応や政治家としてのモラルの欠如を批判している。

郊外票にも狙い

第2に、勝敗のカギを握る「郊外票」へのアピールだ。トランプ氏が2016年の大統領選でクリントン候補に勝利できたのは、都市郊外に住む白人無党派層の支持を勝ち取ったことが大きかった。ところが今回は、新型コロナ対策の失敗や人種差別抗議デモへの対応が響き、頼みの郊外票が雪崩を打ってバイデン候補に流れている。

プリンストン大学のワーソー准教授(政治学)は、公民権運動以降の米国史を振り返ると、平和的な抗議デモは世論の共感を呼び民主党の支持率向上につながる一方、それが都市暴動に発展すると共和党の支持率が上がる傾向があると指摘している。都市暴動が拡大し、影響が郊外にまで及びそうになると、それまでデモを支持していた白人無党派層が身の安全や財産に対する危機意識を高め、デモの鎮圧を支持するようになるというのが理由だ。

ワーソー准教授の分析が正しければ、各地で都市暴動が拡大すれば、トランプ大統領は失った郊外票を取り戻せる。同時多発的な暴動の拡大はさすがに非現実的としても、危険なイメージを有権者に植え付けることができれば、少なくとも支持率回復の助けにはなる。

治安悪化の不安を煽る選挙CM

それを裏付けているのが、トランプ陣営がインターネットで流している選挙CMだ。CMは、都市暴動で身の危険を感じた市民が自宅から警察に電話をかけるが、番号案内のメッセージが流れるばかりで電話がつながらないという設定。放火や武力衝突の映像と、番号案内の声が延々と流れ、「バイデンは警察予算の削減を支持している。バイデンが大統領になったら、あなたの安全は守られない」というテロップが静かに映し出される。別バージョンもあり、そちらは自宅に1人でいる高齢女性が物音を聞いて警察に電話するものの、やはりつながらず、強盗に襲われるというショッキングな内容だ。

オークランド市のシャーフ市長は、「市街地が荒らされた映像は、まさに(トランプ大統領が)彼の支持者を鼓舞し、治安維持部隊の投入を正当化するために望んでいたもので、オークランド市は、彼の倒錯した選挙戦術の罠にはまってしまった」と怒りをあらわにメディアに語った。

新型コロナ対策の失敗隠し

トランプ大統領が暴動を煽る第3の理由は、新型コロナ対策の失敗から有権者の目をそらすためだ。ニューヨーク・タイムズ紙は、「民主党関係者の多くは、トランプ氏の狙いは新型コロナ対策の失敗から国民の目をそらすことだと見ている」と報じている。米国の新型コロナによる死者は15万人を超え、世界最悪となっている。

選挙戦の劣勢を跳ね返すために暴動を仕掛けるというというのは、いかにも、何をするかわからないトランプ大統領らしい発想だ。だが作戦が成功する保証はいまのところない。そもそも、コロナ対策で失敗したのも、人種差別抗議デモへの初期対応を誤ったのも、根本原因は、大統領選に勝つことしか頭になかったからだ。そう考えると、今回も同じ過ちを繰り返す可能性が大きいように見える。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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