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【失敗例から学ぶ】ムーニーのCM動画。母親の孤独というリアルを描くことの何が問題なのか?

治部れんげ東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト
同じ失敗を繰り返さないために、あなたの会社でも議論してみてください。(写真:アフロ)

ユニ・チャームの紙オムツ「ムーニー」のCM動画が話題になっています。

描かれるのは第一子出産直後と思われる若いお母さん。可愛い赤ちゃんの育児に奮闘しています。なかなか眠らない赤ちゃん。夜泣きで起こされて眠いお母さん。いつ泣くか分からないので、お母さんはシャワーを浴びる暇さえありません。授乳と抱っことオムツ換えで1日終わってしまうから、自分の食事はおにぎりをレンジで暖めるだけ…。

「自分もこういう経験をした」という人も多いでしょう。朝から晩まで赤ちゃんとふたりきり。お父さんはほんの少ししか出てきません。赤ちゃんの可愛らしさとお母さんがひとりで追い込まれていく様子が対照的です。一瞬ですが、泣いている赤ちゃんに対するお母さんの苛立ちを描くシーンもあります。

すでにYahoo!ニュース個人では社会学者の千田有紀先生が、このCM動画に対する批判的考察を書いています。

生理用品に続いて紙おむつ。CMが立て続けにネット炎上しているのはなぜか

私も千田先生のご意見に賛成です。もし、企業側が言うように、この動画の趣旨が子育ての「理想と現実の違いに悩む母親」を描くことであるなら、理想の方も見せてほしかった。また、最後のメッセージは辛い現実を当事者に受け入れさせるようなものではなく、社会に支援を求めるものであってほしかった。「お母さんをひとりにしないで」とか「みんなで育児を支えよう」という趣旨を最後に伝えていたなら、本業を通じたCSRが出来たはずです

なぜ、女性顧客の企業CMで炎上が続くのか?

ところで、なぜ、このような企業CM動画が繰り返し作られるのでしょうか? 「このような」というのは、

●主な顧客が女性であり

●女性の共感を求めて作られたはずなのに

●かえって違和感や道徳的問題を提起してしまう

動画の数々です。

ここ数年「炎上」し「削除」されたいくつかのCM動画には共通点があります。それは「家事や育児など日常生活のリアル」を描いていることです。夫の家事に細かく文句を言う妻。働く女性に心ない言葉をかける上司。母親ひとりきりの育児。これらは、残念ですが、現実に広く存在する問題です。

多様な現実の中から、何を選んで見せるのか?

ただし、現実は多様です。夫婦で工夫して家事シェアしている人たち。現役時代は仕事が忙しくて何もできなかった分、リタイア後に食事づくりや孫の世話をするシニア男性。職場のセクハラや痴漢に憤る男性。働き方を変えて育児時間を作ろうとする父親。現実をより良い方向に変えるため行動する人たちも存在するのです。

皮肉なことに同時期に見ることができた、同じ紙おむつ、パンパースの動画は、性別問わず多くの人に支持されました。そこには、赤ちゃんや子どもに対する愛情と、多様な人々の小さな優しい行動が描かれていたのです。お母さんだけでなく、もちろんお父さんも。親だけでなく親戚も。血縁だけでなく通りがかりの人も。ケアに携わる人だけでなく、外で働いている人も。オムツを直接換えている当事者以外に、赤ちゃんと育児に関心を持つ人の輪が広がる様が共感を誘ったのです。

私は東京で子育てを始めて約10年経ちます。自身の子育て経験や周囲の観察、取材を踏まえ、ムーニー動画で描かれる世界も、パンパース動画で描かれる世界も、今の日本には両方あると思います。

だから問題は、どちらが真実に近いか、ではありません。赤ちゃんや子どもと、私たち大人がどう関わるべきなのか。意思を持った上で、伝えるべき現実と、目指すべき方向性の両方を示すことが大事だと思います。

単に女性社員を増やしても顧客ニーズは反映できない

日本企業の方には、考えてほしいです。その女性顧客向け動画は、本当に顧客の本心をとらえたものでしょうか。現実を描いたつもりが、変えるべき問題を追認してしまっていないでしょうか。その動画に違和感を覚える社員は、本当にいないでしょうか。

もし「リアルに現実を描いた」と思われる製品CMを見て「それでは救いがない」とか「これを見ても励ましにはならない」という反対意見を言えないとしたら。たとえその会議の参加者が男女半々だったとしても、多様性が生かされているとは言えません。なぜなら、ダイバーシティは頭数だけを揃えることではなく、異なる経験や価値観を持つ人の知見が生かされることに、意味があるからです。

特に消費財を扱う日本企業の方には、今回の問題を「オムツだから」とか「競合が欧米の先進企業だから」、うちは関係ないと思わないでほしいのです。多様な顧客の求めるものを理解できなかったがゆえの広報戦略の失敗を、自社が起こさないためにはどうしたらいいか。ぜひ、自分事として考え、社内で議論してほしいのです。

東京科学大学リベラルアーツ研究教育院准教授、ジャーナリスト

1997年一橋大学法学部卒業後、日経BP社で16年間、経済誌記者。2006年~07年ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年からフリージャーナリスト。2018年一橋大学大学院経営学修士。2021年4月より現職。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員、国際女性会議WAW!国内アドバイザー、東京都男女平等参画審議会委員、豊島区男女共同参画推進会議会長など男女平等関係の公職多数。著書に『稼ぐ妻 育てる夫』(勁草書房)、『炎上しない企業情報発信』(日本経済新聞出版)、『「男女格差後進国」の衝撃』(小学館新書)、『ジェンダーで見るヒットドラマ』(光文社新書)などがある。

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