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ホッケの漁獲規制に反対する漁業者の主張を検証(その1)ホッケの減少は環境変動ではなく、漁獲が原因。

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事
ホッケの未来はどうなってしまうのか?(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

漁業法が改正され、漁獲規制が強化されることになった。水産庁は、資源状態が悪化している魚種を、率先して規制の対象にする方針を示し、激減しているホッケに対して漁獲枠を導入することを検討している。それに対して、北海道の漁業者から反対の声が上がり、地元メディア北海道新聞が、国の姿勢を批判するキャンペーンを展開中である。

<大地と海から>国、漁獲枠設定対象の拡大姿勢*水産資源評価 手法に疑念*漁業法改正 「MSY」新基準に*自主規制の漁業者「努力が無に」

昨年末に成立した改正漁業法で国が打ち出した水産物の資源管理強化策に対し、道内の漁業関係者に不安が広がっている。国は資源回復のため、魚種ごとに漁獲枠を法で定める「漁獲可能量(TAC)制度」の対象を漁獲量全体の8割(現在6割)まで増やすとしているが、専門家の間で「TACの効果は限定的」との見方が出ているほか、新たな資源評価の手法に対する疑念も強い。(経済部 佐々木馨斗)

出典:2019.07.03 北海道新聞朝刊全道 20頁 探る (全3,590字) 

この記事の論点を整理すると、以下のようになる。

1) ホッケは環境要因で変動するので人間のコントロールは限定的

2) 国の規制は効果が期待できない上に、漁業経営への影響が大きい

3) 漁業者の自主管理が効果を上げているので、更なる規制は不要

4) 国の資源評価は信用できない

これらの論点の妥当性について、データから検証してみよう。

ホッケは3つの系群に分けて管理されているのだが、漁獲の95%を占める道北系群の資源状態を見てみよう。資源評価のデータはこちらからダウンロードできる。下の図がホッケの資源量、漁獲量、漁獲率だ。1995年から直線的に資源が減少するのと並行して、漁獲量も減少している。漁獲率は、毎年4-5割という高い水準が維持されていることがわかる。

ホッケ道北系群の資源量、漁獲量、漁獲率
ホッケ道北系群の資源量、漁獲量、漁獲率

論点1 「ホッケは環境要因で変動するので人間のコントロールは限定的」

ホッケ減少の原因が、環境要因かどうかを検証してみよう。水産資源は漁獲がなくても水温などの環境要因に影響されて自然変動することが知られている。その場合、最も影響が出るのが卵の生き残りである。遊泳能力のある魚は、水温の変化に応じて生息域を移動できるが、游泳能力がない卵は潮の流れに身を任せる以外の選択肢がない。遊泳能力が発達するまで、捕食者に遭遇せずに、餌となるプランクトンに遭遇しなくては生き残れない。卵の生き残りは運任せで、環境条件によって大きく左右されるのだ。

環境要因で魚が激減した事例としては、1990年前後のマイワシを挙げることができる。禁漁にしても資源量を維持できないような、卵の生き残りが極端に少ない年が4年続いたことで資源が激減したのだ。このような場合には「環境要因で魚が減った」とするのが妥当だろう。環境要因で資源が減少する場合、若い個体が極端に少なくなり、高齢個体の割合が増える「少子高齢化」になる。下の図はマイワシ太平洋系群の年齢組成だが、1988年から0歳魚が減少し、1991年には4歳魚以上が資源の8割を占めている。

マイワシ太平洋系群の年齢組成
マイワシ太平洋系群の年齢組成

ホッケの年齢組成は次の図のようになっている。マイワシのような少子高齢化の兆しは見られないので、加入の失敗が資源減少の原因では無いことが示唆される。

ホッケの年齢組成(重量)
ホッケの年齢組成(重量)

ホッケの卵の生残率

ホッケの卵の生残率の推移を見てみよう。卵の生き残りは、RPS(親1kgに対して、何尾の新規加入があったか)という指標で表現するのが一般的である。2010年、2016年と低い値があるものの、RPSは概ね5~20(新規加入尾数/1kg親魚)の幅で安定的に推移している。

ホッケのRPSの推移
ホッケのRPSの推移

漁獲が無い場合に資源量を維持するのに最低限必要なRPS(再生産限界水準)を計算してみよう。仮にホッケの寿命を10歳とすると、0歳で新規加入したホッケは、毎年約1/4が自然死亡で減少し、10歳までの歩留まり(生残率)は次の表のようになる。ホッケは、2歳から成熟を開始して10歳まで卵を産む。それぞれの年齢での再生産への寄与は、歩留まり×成熟率×体重となる。全ての年齢の産卵親魚量を足し合わせると、一尾の加入個体が、生涯に0.861kgの親魚として再生産に貢献をすることがわかる。もし、0.861kgの親から一尾の新規加入があれば、一尾の新規加入個体がちょうど一尾の新規加入個体を次世代に残すことになり、資源は増えも減りもしない平衡状態になる。ホッケの場合は、RPSが1.16(=1/0.861)を下回ると禁漁にしても資源が減少するので、この場合は環境要因で魚が減ったことになる。

上の図のオレンジの線が、漁獲が無い場合の再生産の限界水準を示している。この水準を下回ったのは2016年のみであった。それ以外の年は、漁獲がなければホッケは増えたのだから、ホッケの減少要因を海洋環境に求めることはできない。過去10年のRPSの相乗平均は10.0であり、漁獲がなければ1世代のうちに10倍程度に増える生産性があったことがわかる。さらに、ホッケの資源が減少してからは、成長は早く成熟年齢が下がっていることもわかっている。ホッケは自然に減るどころか、極めて高い生産性を維持しているのである。

漁獲が無い場合の生涯産卵量の試算
漁獲が無い場合の生涯産卵量の試算

次に漁獲の影響を見てみよう。漁業者の自主規制が開始された2012年から2017年の平均的な漁獲死亡のもとでの歩留まりを計算して、生涯の産卵量を計算したのが下の表である。漁獲によって、歩留まりが減少したために、生涯の産卵親魚量は68gまで低下している。漁獲によって生涯の産卵量が漁獲が無い場合の8%まで減少しているのだ。高い生産性を上回る漁獲によって、資源が減少したのだから、ホッケの減少要因は漁業であると考えるのが妥当であろう。また、2016年のような例外的に低いRPSが続かない限り、漁獲を抑制することで資源を増やすことは可能である。

最近の平均的な漁獲死亡のもとでの生涯産卵量の試算
最近の平均的な漁獲死亡のもとでの生涯産卵量の試算

結論

データをから、次の結論を導くことができた。

1. ホッケの卵の生残率は高く、漁獲がなければ急激に増えるポテンシャルを持っている。

2. ホッケの自然増加力を上回る漁獲によって、再生産が追いつかなかった。

3. ホッケの減少は環境要因ではなく、漁獲が原因。

4. 漁獲をコントロールすることで、ホッケ資源を回復させることは可能

ということで、論点1「ホッケは環境要因で変動するので人間のコントロールは限定的」という主張は、データから否定されました。

次回は論点2「国の規制は効果が期待できない上に、漁業経営への影響が大きい」について整理してみます。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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