アサリの産地偽装はなぜ繰り返されるのか? ~みんなが幸せになる産地偽装のカラクリ~
アサリの産地偽装が大きな話題になっています。この事件の背景から深掘りしていきます。事の発端は、農水省が熊本産のアサリを調べてみたら、ほぼ全量が外国産だったという報道です。
アサリなどの輸入食品の表示義務はこのようなルールになっています。(首相官邸)
輸入したアサリは、一時的に国内で畜養した場合であっても、その原産地は、その輸入国となることがルールですので、中国から買ってきたアサリを短期的に日本の浜に撒いたとしても、中国産のままです。DNA検査をしたところ熊本産のアサリの97%が中国北朝鮮の系群だったことが明らかになりました。
繰り返される産地偽装
このような産地偽装は過去20年にわたり、繰り返されてきました。水産関係者にとっては「またか」という印象です。新聞の検索から、過去の主な産地偽装事件をピックアップしてみました。平成12年(2000年)から産地表示が義務づけられているのですが、継続的にアサリの産地偽装が摘発されています。
ニシムタ産地偽装/中国産アサリを熊本産
2004.07.01 宮崎日日新聞朝刊 26頁
多数流通の北朝鮮アサリ 小売店、表示ゼロ 農水省調査
2005.02.17 朝刊 二社
北朝鮮産アサリ 輸入激減 急増『中国産』に変身? 農水省 産地判別へDNA分析導入
2006.08.25 夕刊 2頁 2面
産地偽装:中国、韓国産アサリを「国産」--大分
2008.08.15 東京朝刊 25頁 総合面
九州水産 アサリの産地偽装 農水省が改善指示へ 中国産を「福岡産」
2008.12.12 夕刊 11頁
アサリ産地偽装:韓国産を「有明産」 業者に改善指示
2008.12.13 東京朝刊 28頁 総合面
産地偽装:中国産アサリを国産に 容疑の業者捜索--千葉県警
2009.04.10 東京朝刊 27頁 社会面
中国産アサリ無許可輸入 社長ら容疑で逮捕 産地偽装の疑いも/熊本県警
2009.08.12 西部夕刊 9頁
天草の業者がアサリ産地偽装 県が改善指示=熊本
2011.03.19 西部朝刊 29頁
アサリ産地偽装で改善指示=韓国産を「熊本産」などと表示-県など
2011.11.17 時事通信
「輸入→愛知産」アサリ産地偽装 常滑の卸業者 【名古屋】
2013.03.19 名古屋夕刊 6頁 2社会
アサリの産地偽装 千葉県 木更津の業者に改善指示 中国・韓国産を熊本産
2013.11.22 NHKニュース
鹿島の水産業者 アサリ産地偽装 県が是正指示=佐賀
2014.02.22 西部朝刊 35頁
これらはすべて別の事件を記事にしたものですから、産地偽装が全国各地で繰り返されており、毎年のように改善指示が出されているにもかかわらず、全く改善されていないことがわかります。
最初にアサリの産地偽装が大きく取り沙汰されたのは、2005年です。当時は輸入アサリのシェアは6割ほどで、輸入アサリに占める北朝鮮産のシェアは6割でした。にもかかわらず、店頭で北朝鮮産と表示されたアサリはありませんでした。産地偽装が行われていることは明白です。拉致を北朝鮮が認めた後で、北朝鮮に対して厳しい世論が形成される中で、北朝鮮産と表示したら売れなかったのでしょう。当時のトレンドは、北朝鮮産を中国産と偽装することでした。
2007年末から2008年にかけて中国産の冷凍餃子による中毒事件が起こり、消費者が中国産を避けるようになったので、2008年からは中国産を国産に偽装するのがトレンドになります。中国産、韓国産のアサリが、熊本産や愛知産などに偽装されて流通するのが継続的に摘発されます。
産地偽装が発覚するたびに、日本政府は見せしめのように一部の業者を処分して、再発を防止するポーズをとってきました。2005年の官邸のサイトには、「全国に約2千名の職員を配置して、日常的に監視・指導を行っており、特にアサリについては業者の仕入伝票を調査し、表示根拠の確認を徹底しています」といかにも熱心に取り組んでいるようにアピールしていますが、抑止効果が皆無だったことは、その後の歴史が証明しています。
このようにアサリの産地偽装は全国的に継続して行われています。そうなるような構造的な問題があるからです。偽装表示が発覚した業者に罰を与えて、「再発防止に努めます」と宣言したところで、構造的な問題を放置し続ければ、同じ事が繰り返されるだけです。
アサリ資源の低下
国産アサリの漁獲量は1960年代から1980年代まで12~16万トン程度で安定していました。それが1990年代から直線的に減少をして、2020年には4305トンまで落ち込んでいます。ピーク時の3%を割るような状況であり、ほぼ消滅と言っても良いでしょう。当たり前のようにスーパーに国産あさりが並んでいるなどあり得ないことなのです。こういった知識があれば、安価で売られているアサリは、殆どすべて外国産だったというのも頷ける話です。
日本全国で、アサリがあっさりと消えてしまった理由は、良くわかっていません。干潟の埋め立てが影響を与えたのは間違いありませんが、埋め立てが行われていない場所でもアサリ資源は激減しています。漁獲、水質の悪化、エイによる捕食などの影響もあるでしょうし、一般人の無許可採捕(カジュアル密漁)も場所によっては無視できません。
畜養の弊害
海外の生物を自然環境に放流するのは、とても危険な行為です。ペットとして飼われていた動物を野外に放したところ、生態系に大きな影響を与えてしまった事例はいくつもありますが、それと同じ事が起こります。日本に存在しない病気や菌が侵入するかもしれないし、似たような生物が移入してくることは在来の固有種にとって大きな負荷になります。近年の急激なアサリ資源の減少には移入種による悪影響もあるでしょう。移入されたアサリが回収しきれずに、すでに定着している場合はもう手遅れかもしれません。
本来は、外国産のアサリは日本の沿岸にばら撒くべきではありません。食用として輸入するのに留めるべきでしょう。畜養する場合には、自然界に流出しないように細心の注意を払う必要があります。
安い外国産への依存
日本は、国産資源を大切にしてきませんでした。場当たり的に獲れるだけ獲って、獲れなくなれば海外から代替品を引っ張ってきます。ウナギ、サバ、ホッケなど、多くの魚種で同じ事を繰り返してきました。我々の食卓はすでに外国産の食材に依存しているのですが、消費者はその現実を理解しておらず、外国産を避けようとする。そのままでは売れないので、産地を偽装する事になります。
産地偽装は国内の真っ当な水産業に害を与えます。外から安く魚が入ってきて、産地が偽装されることで、国内の漁獲量が減っても価格が上がりません。漁業経営は苦しくなり、漁獲制限と沿岸環境の改善をおこなって、日本の資源の回復を待つ余裕が無くなります。結果として、少なくなった資源から獲れるだけ獲ろうとして、取り返しがつかないぐらい資源を痛めつけてしまうのです。
透明性が皆無な流通
産地偽装が長年にわたり常態化していることからも明らかなように、日本の水産流通では、不正がまかり通っているのですが、その手口に関しては、こちらの記事で詳しく説明されています。産地偽装に関わった業者によると書類の改ざんも日常的に行われていたようです。
現在の日本市場は”国産”と表記された安価な中国産アサリで溢れています。正直に”中国産”と表記をすると買ってくれる卸先が見つからないというのです。在庫を抱えるか、それとも、産地偽装をするかという選択を迫られたときに、公的機関のチェックが緩いので、後者を選ぶ業者が後を絶ちません。不正がまかり通り、正直者が馬鹿を見る状態なのです。悪貨は良貨を駆逐するとはよく言ったものです。産地偽装が常態化しているために、貴重な国産の価値が不当に低く見られることになります。
またしても何も知らない消費者
水産の現場を少しでも知っていれば、国産のアサリが希少であり、スーパーで日常的に安く買えるはずが無いことはわかります。しかし、殆どの消費者にとっては寝耳に水だったでしょう。アサリの産地偽装がこれまで繰り返されてきたことからわかるように、水産業界に自浄能力は期待できません。では消費者はどのようにして自衛をしたら良いのでしょうか。
まず、理解して欲しいのは、アサリに限らず、日本の漁業生産は減少の一途をたどっており、国産の良質な水産物をお手頃価格で安定供給していくのは難しいということです。良い物を望むなら、それなりの対価を払わなければならないのです。
現在の日本の食材の価格は不当に安く設定されていて、結果として、資源の減少、生産者の減少を招き、日本の水産業が瓦解しつつあります。これを止める鍵は消費者が、安い国産のアサリという無い物ねだりを辞めることです。
誰もが幸せになるアサリ産地偽装
アサリの産地偽装の構造的な問題について考えて見ましょう。
消費者は、安い国産アサリをのぞみ、中国産は買おうとしません。大手量販店はスケールメリットと購買力を駆使して、消費者が望む国産アサリを安く集めようとします。国産の水揚げは少ないので、中国からの代替品を納品せざるを得ないのですが、小売りが外国産を拒否するため、業者は産地偽装を行って中国産を国産として出荷する。実はこの状態は嘘に目をつぶれば誰もがハッピーなのです。
- 国産のアサリを安く買いたいという現実離れした消費者
- 購買力を背景に、消費者の希望を川上に押しつける大手量販店
- 産地偽装などの不正をしてでも、納品する水産流通
- 漁場を産地ロンダリングのために貸し出して利益を得る漁協
消費者はだまされた被害者ではありますが、大手量販や水産業界の立場に立つと、現実離れした無理な要求をする消費者に振り回されているという側面もあります。産地偽装をしても品質にクレームがつかないことから明らかなように、殆どの消費者は国産と中国産の品質の違いを理解していません。国産というラベルに消費者は満足して高い金額を払い、大手量販店は売り上げを伸ばし、漁場を貸し出す漁協は収入を得ました。表示が正しくないという事実に目をつぶれば、皆が幸せになる選択肢だったのです。
産地偽装を無くすことができるか?
アサリの産地偽装の問題を突き詰めると、消費者は次のどちらかを選択することになります。
①これまで通り、消費者の希望に合わせて産地偽装された虚構の世界に安住し、お値打ち価格の国産と表示された輸入アサリを食べ続ける
②不正表示を無くして、外国産のアサリしか選択肢がないという現実を理解した上で、アサリを食べるかどうかを考える
産地偽装を無くすと量販店にはほぼ中国産のアサリしかなくなるでしょう。国産アサリはあったとしても価格が上がります。消費者の満足度は下がるし、中国産ならアサリは買わないという人も出てくるでしょう。結果としてアサリの消費が一時的に減って、量販店や業者にとってもマイナスです。また、ロンダリングのための漁場の貸し出しが無くなると、それで利益を得ていた漁協は収入源を失います。
筆者はそれでも産地偽装を無くすべきと考えます。ここ数年はスーパーで販売された国産アサリのかなり高い割合が中国産だったはずです。そのアサリの品質に不満が無かったなら、中国産を購入しても品質に問題は無いはずです。消費者も中国産アサリの価値を徐々に評価していくでしょう。また、国産の価値が正当に評価されれば、国産資源を大切にしている漁業を守ることにもなります。
構造的な問題を放置したまま、これまでのように一部の業者に懲罰を科すだけでは、アサリの産地偽装は今後も続くでしょう。産地偽装を無くすには、不正ができないような透明性のある流通の仕組みを確立することと、中国産以外の選択肢が無くなっているという現実を消費者が理解することが不可欠です。