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水産流通の闇:漁協職員のカツオ横流しは、なぜ起きたのか

勝川俊雄東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

今回はこちらの記事について、解説をします。

漁協職員がカツオを大量窃盗…「焼津港では水揚げが減る」「30年前からうわさあった」

静岡県焼津市の魚市場で大量のカツオを盗んだとして、焼津漁業協同組合職員ら7人が逮捕された事件が、地元に衝撃を広げている。以前から、水産関係者の間では「焼津港では水揚げが減る」と指摘されており、長年にわたって不正が続いていた可能性がある。

委託販売

事件の背景を理解するために、水産流通の仕組みについて説明します。漁業者は獲ってきた魚を漁港に水揚げして、漁協に販売を委託します。これを「委託販売」と言います。漁業者が直接水産物を売るのはまれで、日本に水揚げされた水産物のほとんどが委託販売で取引されています。

販売を委託された漁協は、水産加工業者や流通業者を集めて、競り(セリ)や入札を開催します。売買が成立した場合には、販売金額の5%の手数料が、漁師と加工流通業者のそれぞれから漁協に支払われます。販売手数料は漁協の収入源であり、ブランド化などの販売努力をしている漁協も多く存在します。

漁獲の計量は漁協の役割

 なぜ、水産物を抜き取ってもばれなかったかというと、委託販売において、水産物の重量を計測するのは、漁協の仕事だからです。もちろん、漁業者も大まかな漁獲量は把握していますが、船は揺れているので、水産物の数量を正確に量るのは困難です。素早く漁港に持って帰って、陸上で計測する方が合理的なのです。漁業者は、水揚げの後は、燃料や食料の補給をして、再び漁場へと向かいます。久々の陸地を満喫しつつも、出港準備で忙しい漁業者が、計量や販売に立ち会うことはほとんどありません。漁協職員が漁獲の数%を中抜きしたとしても、漁業者は「思っていたよりも少なかったな」と考えるだけで、不正には気づきません。結果として、不正が長期常態化していったのでしょう。委託販売は、漁業者と漁協の信頼関係で成り立っていたのですが、今回の不正はその信頼を最悪の形で裏切ってしまいました。

なぜ漁業者は不正に気づかなかったのか

漁協がその気になれば、不正は可能です。ちょろまかした水産物を自分で食べるなら個人でもできる犯行ですが、横流し販売をするとなると、販売先や輸送手段が必要になります。今回の事件では、運送業者や加工業者などが関与していました。委託販売には、多くの漁協職員や業者が関わるので、組織をまたがる不正行為を隠し通すのは簡単ではありません。地元の漁民が利用をする小さな沿岸の漁港の場合は、水揚げする漁業者も、組合職員も、加工流通業者も、すべて地元の顔見知りで、いわば身内です。こういう場所で、漁協の職員が不正を働けば、時間の問題で漁業者も知ることになります。

焼津は遠洋漁業の拠点港であり、日本中から多くの漁船が水揚げに訪れます。水揚げする漁船の多くが、地域との接点が少ない他県の船であるという特殊事情によって、多くの組織が絡む横流しが、長期にわたって漁船に発覚せずに続いたのでしょう。日本から遠くの漁場で操業するカツオ・マグロ漁船は、そのときどきの状況によって水揚げする港を変えます。漁場から近い港が選ばれることが多いのですが、相場が良い場合には、少し遠くの港に水揚げすることもあります。今回の不正によって焼津を避ける漁船が出てくると、その分だけ漁協の手数料収入が減ることになります。

トレーサビリティの強化が急務

今回の不正は、日本の水産流通の問題を浮き彫りにしたといえます。現状では、漁協が漁獲量を不正に報告した場合に確認する手段がありません。これでは漁獲規制の実効性が担保できません。

現にクロマグロで有名な大間漁協では大量の未報告水揚げがあったことが問題になっています。全国に流通した大間産マグロと漁協が出荷したマグロの数量が合わず、国や県から指摘を受けた組合が調べたところ、報告義務を怠っている未報告水揚げが大量に発覚しました。

大間漁協(青森県大間町)に所属する一部マグロ漁船の水揚げ量が正確に報告されていないと指摘を受けている問題で、漁協を通さずに流通させている未報告の水揚げが今年6~9月分で約14.3トン確認されたことが6日、漁協への取材で分かった。東奥日報の取材によると、国や県からは大型魚千本(少なくとも30トン)の未報告を指摘されており、報告できたのは半数以下にとどまる可能性がある。(東奥日報 11月7日)

日本は70年ぶりに漁業法を改正して、国が主導で漁獲量の規制を強化しています。漁獲量を簡単にごまかせる現状では、資源管理が機能せず、正直に報告をした組合だけが馬鹿を見ることにもなりかねません。漁獲規制の前提であるリアルタイムで正確な漁獲量を把握するための仕組みや、流通の透明化、トレーサビリティの強化が急務です。

東京海洋大学 准教授、 海の幸を未来に残す会 理事

昭和47年、東京都出身。東京大学農学部水産学科卒業後、東京大学海洋研究所の修士課程に進学し、水産資源管理の研究を始める。東京大学海洋研究所に助手・助教、三重大学准教授を経て、現職。専門は水産資源学。主な著作は、漁業という日本の問題(NTT出版)、日本の魚は大丈夫か(NHK出版)など。

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