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中国が開発した「人工の月」は本当に浮かぶのか

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(写真:アフロ)

 10月の中旬、中国を発信源としたニュースが世界をざわつかせた。

 中国国営英字紙『チャイナ・デイリー』(China Daily)の記事を引用したフランス・AFP通信の記事(2018年10月19日 19:59)の見出しは、〈中国が「人工月」打ち上げへ 街灯代わり、電気代節約に〉である。

 都市の上空に発光する物体を打ち上げ、月光の役割を代替させようというアイデアで、記事によれば2020年には実現可能というのだ。

 記事には、〈人工月は2020年までに同省の西昌衛星発射センターから打ち上げられる計画で、この第1号の試験運用が成功すれば、2022年に追加で3機を打ち上げる予定〉という記述もあり、〈人工月は太陽光を反射し、街灯の代わりに都市部を照らす。これにより50平方キロの範囲がカバーされれば、成都市の電気代を年間12億元(約200億円)節約できる見通しだ。〉と続くのである。

技術的にはすでにクリア

 夢のある話であり、またスケールの大きなアイデアというだけあって、国内外の反響は凄まじいものであった。

 先端技術産業の育成に力を入れてきた中国からは、このところ多くのアイデアが生まれてきているが、「人工の月」などと言われれば、信ぴょう性の点からまず疑わざるを得なくなる。

 さて、その発信元はどこなのだろうか。

 英字紙『チャイナ・デイリー』の他にも地元四川省のメディア、『華西都市報』(2018年10月11日)の報道にも遭遇する。見出しは、〈成都市が「人工の月光」を造る 2020年には空に浮かぶ可能性〉だ。

 記事の中には、「人工の月」のお披露目が、10月10日に成都で行われた「全国大衆イノベーション&起業家精神活動週間」にちなんだ成都会場でのイベントだったことが紹介されている。イベントの中で圧倒的に関心を集めたのが、「人工の月」であったと同紙は報じている。

光度は月の光の8倍?

 出品者は、政府系研究所が設立した成都航天科工微電子系統研究院有限公司。同公司の武春風董事長は、『華西都市報』に対し、「技術的な問題はすべてクリアしている」と語っている。

 武氏によれば「人工の月」の光度は、実際の月の光の約8倍に達し、照らすことのできる地上の範囲は、直径18キロメートルから80キロメートルの範囲。「人工の月」自体が光を発するのではなく、太陽光を反射するシステムだという。

 それにしても夜を照らすとなれば、かなりの長時間、空中に浮いて同じ場所にとどまらなければならない。その技術はどこから来るのか。

 ヒントになったのは、この企業の生まれた背景である。たどっていくと頻出するのが「軍民融合」というキーワードだ。

 成都航天科工微電子系統研究院有限公司(以下、公司)が四川で産声を上げたのは、極めて最近のことで2017年1月のことだ。同公司が設立された当時の報道の中で、武董事長は、公司の設立に際して、「成都を足場として、軍民融合を実現し、航空宇宙技術で国に報いる」と話している。

軍事技術の民生転用アピール

 四川省は、軍事産業の一大集積地として知られるだけに象徴的な事業ということになるのだろう。

 民間企業の軍事への参入を促すと同時に軍事技術の積極的な民生転用を促進するのが「軍民融合」である。これは軍民双方が互いの技術革新を利用してゆく必要に迫られていることを背景とした動きだ。

 いま中国がどれほど力を入れて軍民融合を進めようとしているかは、中央で指揮を執る軍民融合発展委員会の布陣を見れば明らかだ。

 トップである主任に習近平自身が就いているだけでなく、副主任を李克強総理が務め、さらに党中央政治局常務委員から王滬寧、韓正の二人が副主任として名を連ねるという異例の豪華さなのだ。

 その軍民融合の成果として発表された「人工の月」だけに、技術的な瑕疵があるとは考えにくい。また軍事の視点で見れば対テロリストで、一定の時間同じ上空にとどまって地上を見張る技術はすでに確立されている。だがこの話題、発表当初の大騒ぎからわずかな期間で、急速に収縮してしまうのだ。

 その理由は、なぜか。筆者が確認したところ、なんと「コストが合わない」ということだという。技術的には問題としても、打ち上げて維持する費用を考えれば、まだまだ実用に見合う代物ではないということなのだ。では、なぜこのような発表をしたかと言えば、やはり軍民融合の成果を華々しく宣伝する必要があったということらしい。

 実際、成都市が打ち上げるといわれている反面、国の反応は冷淡だという。

 「人工の月」のアイデアは、もともと1990年代にフランス人によって出されたというが、いつのまにか中国がそれを実現に近づける技術を身に着けてしまった事実に驚かされるのだが、残念ながら今回、打ち上げられたのは「人工の月」ではなく花火だったということだろう。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

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