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コロナ感染で精子に悪影響はある? 最新の研究結果を産婦人科医が解説

重見大介産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士
(写真:アフロ)

新型コロナウイルス感染症による「精巣への影響についての仮説」

新型コロナウイルス感染症は主に呼吸器疾患で、感染者からの飛沫を介して広がることが主な感染経路だと考えられています。

この感染症のもう一つの懸念として、呼吸器(肺や気管支など)以外の臓器や身体機能に悪影響を及ぼす可能性があることがわかってきています。また、細胞へのウイルスの侵入は、ウイルスが持つスパイクタンパク質と体の細胞に含まれるアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)の相互作用によって促進されることも解明されてきています。

そして、男性の精巣にはACE2が豊富に存在することから、コロナに感染すると精液中にウイルスのRNA(リボ核酸)が検出されることがあり、精巣や精子への悪影響があるのではないかという医学的な仮説があったのです。実際に、これまでそういったテーマの研究報告が世界中から複数出されてきました。ただし、「悪影響は認められなかった」という研究結果も一方で報告されており、その結論はまだはっきりしていない状況でした。

これまでの研究結果を統合すると、どうなるのか

このように、同じテーマで複数の研究報告が蓄積されてきた場合に、これらを統合して一つの結論を導き出す方法があり、「系統的レビュー&メタ分析」と呼ばれています。

今回は、2023年に公開された「系統的レビュー&メタ分析」論文(文献1)を主に参考として、現時点で「コロナ感染で精子に悪影響はあるの?」という疑問に対する結論がどうなるか、考えてみたいと思います。

研究結果の概要:対象となった研究と患者数

この論文では、コロナウイルスに感染した男性の精液に関する分析結果を報告する観察研究を集め、系統的レビューとメタ分析が実施されました。また、すべての言語の論文が対象となりました。

データベースを最初に検索すると重複を除いて321件の論文がヒットし、そこからさらなるスクリーニングを加え、最終的に統合対象となったのは計24件の論文となっていました。

これらの24件の研究のうち、16件(67%)はアジアから、4件(17%)はヨーロッパから、4件(17%)は北米から報告されており、合計で約1600人分のデータが含まれていました。

研究結果の概要:どういう結果が得られたか

統合した結果、精子中にコロナウイルスのRNAが検出された率は1.76%でした。

感染者の精子の機能は非感染者と比べて明確に低下しており、

・精子濃度

・精液中の総精子数

・精液の量

が減少していました。

なお、精子の運動性には影響が認められませんでした。

ただ重要な点として、精子の機能が低下していたとはいえ、世界保健機関(WHO)が定める異常値(下位5パーセンタイルの値以下)には引っかかっていませんでした

コロナ感染に限らず、長期間や高度な発熱は、一時的な精子生成の異常を引き起こす可能性があることがわかっており、コロナウイルスに感染した人の精子機能低下も「ウイルス自体の影響」ではなく「発熱による影響」だった可能性があります。ただし、コロナ感染中に全く発熱しなかった場合にも精子生成の異常が起きていたことが別の論文(文献2と3)で報告されており、ウイルス自体の影響だという可能性は否定できないでしょう。

*本研究(文献1)の中ではデータを全て分解して解析できなかったようなので、発熱の影響だったのかどうかは直接確認できていません。

なお、専門的な解釈上の注意点や感度分析の結果等は原文をご参照ください。(文末の参考文献1を参照)

結局、コロナ感染で精子に悪影響はあるの?

上記の結果を整理すると、以下のように考えられるでしょう。

・コロナ感染者では、精液中にコロナウイルスのRNAが検出されることがあるものの、その割合はかなり低い(1〜3%程度)ため、コロナ感染の拡大について精液を介した影響が大きいとは言えないだろう
・ただし、コロナ感染者では精子への明らかな悪影響が認められた(精子濃度、精液中の総精子数、精液量)ため、性機能の維持のためにも感染予防が重要となるだろう(複数回の感染を防ぐことを含む)

なお、補足として以下の情報も付け加えておきます。

・重症の新型コロナウイルス感染症患者の精液にコロナウイルスRNAが一部で検出されたという報告がありますが、軽度〜中等度の患者では精液中に認められなかったようです。(文献4)

コロナウイルスワクチン接種は、精子や卵巣の量や機能に悪影響はなかったと複数の研究で報告されています。(文献4と5)

ちなみに、コロナウイルスだけが精子に悪影響を与えるウイルスというわけではありません。

ヒト免疫不全ウイルス(HIV)についても同様の報告があります(文献6)。また、単純ヘルペスウイルス(HSV)感染でも、精子の運動性に影響を与えないものの精液中の精子数と精液量を減少させることがわかっています(文献7)。

まとめ

日本では寒い季節となり、インフルエンザに加えてコロナ感染が増加しつつあります。まず命を守ることが最優先ですが、健康面として男性の場合は「精子への悪影響」を念頭に置き、日頃の予防策(マスクや手洗い、ワクチン接種、人混みを避けるなど)をしっかり講じていく必要があるでしょう。

参考文献

1. Klepinowski T, et al. Does SARS-CoV-2 Affect Human Semen? A Systematic Review and Meta-Analysis. Arch Sex Behav. 2023;52(2):669-677.
2. Donders GGG, et al. Sperm quality and absence of SARS-CoV-2 RNA in semen after COVID-19 infection: a prospective, observational study and validation of the SpermCOVID test. Fertil Steril. 2022;117(2):287-296.
3. Holtmann N, et al. Assessment of SARS-CoV-2 in human semen-a cohort study. Fertil Steril. 2020;114(2):233-238.
4. Ata B, et al. SARS-CoV-2, fertility and assisted reproduction. Hum Reprod Update. 2023;29(2):177-196.
5. Edele Santos D, et al. Effects of COVID-19 or vaccines for SARS-COV-2 on sperm parameters: A systematic review and meta-analysis. J Reprod Immunol. 2023;160:104140.
6. Goulart ACX, et al. HIV, HPV and Chlamydia trachomatis: impacts on male fertility. JBRA Assist Reprod. 2020;24(4):492-497.
7. Kurscheidt FA, et al. Effects of Herpes Simplex Virus Infections on Seminal Parameters in Male Partners of Infertile Couples. Urology. 2018;113:52-58.

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】

産婦人科専門医 / 公衆衛生学修士 / 医学博士

「産婦人科 x 公衆衛生」をテーマに、女性の身体的・精神的・社会的な健康を支援し、課題を解決する活動を主軸にしている。現在は診療と並行して、遠隔健康医療相談事業(株式会社Kids Public「産婦人科オンライン」代表)、臨床疫学研究(ヘルスケア関連のビッグデータを扱うなど)に従事している。また、企業向けの子宮頸がんに関する講演会や、学生向けの女性の健康に関する講演会を通じて、「包括的性教育」の適切な普及を目指した活動も積極的に行っている。※記事は個人としての発信であり、いかなる組織の意見も代表するものではありません。

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