なぜ、働き方改革が日本を「衰退途上国」にするのか
■ 日本は「ゆでガエル」か
あなたは、「衰退途上国」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。
衰退の途上という――下り坂を転げ落ちていくような表現は、目にするだけで妙な胸騒ぎがしますが、最近たまに報道で目にするワードです。
この言葉を私に教えてくれたのは、ある経済評論家の方。衰退途上国とは、現在の日本のことだと言います。
「衰退途上国という表現は、いきすぎてると思いますよ」
私が反論すると、
「そうかな。それぐらい言い切ってもいい」
と彼は言う。
言い分はこうです。ご存知のとおり、日本の「一人当たりの名目GDP」は世界26位。2000年に2位だった順位が、そのままズルズルと順位を落とし、たった18年で26位までランクダウンしました。
ここ20年間の日本の経済成長率も極めて低く、先進国ではダントツ最下位です。ここまでヒドイ数字を目の当りにしたら、たしかに衰退途上にある国と言われても仕方がありません。
「問題なのは、このようなファクトを正面から受け止めず、感覚的にまだ日本が経済大国だという認識を、多くの人が持っていることだ」
と、さらに彼は続けます。
たしかに、名目GDPの国別ランキングでは、アメリカ合衆国、中国に次いで日本は3位です。しかし、その実態経済力の差は凄まじく開いていることは事実でしょう。
「企業にたとえると、日本はゆでガエルになっているかもしれない、ということですか」
「ゆでガエル?」
「熱いお湯にカエルを入れると驚いて飛び跳ねますが、冷たい水にいれ、徐々に熱していくとその水温に慣れていくそうです。そして熱湯になったときには、もはや跳躍する力を失い、ゆで上がってしまうという……」
「環境の変化に気づかないままでいると、気づいたときには大変なことになっている、というたとえだな」
「そうです」
もしも、日本全体が「ゆでガエル現象」に陥っているのであれば、現在政府主導で進められている働き方改革は、大きな副作用をもたらす気がします。
■ 著しく落ちる「労働資本」
私は企業の現場に入って目標を絶対達成させるコンサルタントです。日ごろから企業が生み出す「成果」に強くこだわっているため、ちょっとした環境の変化にも敏感です。
外部環境要因、内部環境要因――どちらであっても、何らかの環境要因に変化があれば、企業がその対応をするのに、かなりの時間的猶予が必要です。
ヒット商品が売れなくなったり、優秀なマネジャーが離職したり、為替が変動したり。それだけでも、元通りの成果を生み出すためには、それなりの時間をかけて創意工夫をしなければならないからです。
先述した通り、もし日本そのものが「ゆでガエル現象」になっているのであれば、はやく現実を知り、奮起すべきです。
つまり、環境変化にもっと敏感になり、それこそ懸命に対策を練らないと、元通りには戻らない、ということなのです。たとえば企業再生案件では、資金繰りにめどがたったら、とにかく社員は死に物狂いで働く。それが企業が再生するうえでの、基本中の基本の行動です。
経済評論家の方も、私の意見に同意してくれます。
「そりゃあ死に物狂いでやらないと、熱湯から脱出できないだろうからね」
■「働き方」を変えている場合か
働き方改革時代に入り、いま、日本の企業は大きな変革期を迎えています。
だからこそ、企業経営者たちが考えなければならないことは、イノベーティブな発想でもなければ、生産性アップの仕組みでもない。実は、労働力という資本の確保なのです。
私がそのことを経済評論家の方に伝えると、
「現場でそれを感じるのかい」
と聞いてきたので、即答しました。「そうです」と。
まず、残業上限規制の新ルール適用により、一人あたりの労働時間がかなり減っていることを知らなければなりません。私は現場でコンサルティングしている身ですから、多くの企業で、労働時間が実際に減っていることを肌で感じています。
次に、有給休暇取得の義務化。一年間に、最低でも5日間以上は年次有給休暇を取得することが義務となり、残業の上限規制と同じく、年間の労働時間が減る要因となっています。
最も深刻な影響を及ぼしているのは、もちろん少子高齢化。労働時間がこれ以上減るかどうかはわかりませんが、労働力人口が減り続けることは確実。
一人当たりの労働時間が減っているのに、働く人も急減しているわけですから、企業がアテにできる年間の総労働時間は、驚くほど減っていくことになります。
量だけではありません。労働の質も、問題が山積みです。
米国の調査会社ギャラップによれば、エンゲージメント(熱意)の高い社員は、米国の32%に対して、日本企業は6%しかいない、という結果が出ていて、日本企業における「モチベーションの低い社員」は70%に達すると言われます。
■ 大事なのは、原点回帰
つまり、働く人の労働「量」がガクンと落ちているのにも関わらず、労働の「質」さえ低いというのが現実です。これでは、日本企業の未来は明るくない。
「衰退途上国まっしぐら」
と言われても、反論できません。
日本がゆでガエルになっているのであれば、私たちは死に物狂いで脱出しなければならない。
ですから企業はもはや、お金を調達する資本政策ではなく、労働時間を調達する資本政策を考えるべきです。そうでないと、多くの企業は存続さえできなくなることでしょう。どんなに優れたビジネスモデルがあろうと、です。
私は20代のころ、青年海外協力隊で「発展途上国」に赴任していました。将来、発展が見込まれる国でしたから、任国での活動中、現地で大いなる活力を日々感じました。働くことを喜びに感じる多くの若者とも触れ合いました。
働き方は、もちろん変えてもいいし、ある程度自由でもいい。ただし、日本人の特徴であった「勤勉さ」は失ってはならない。コツコツ真面目に働く気質を取り戻し、短時間もでいいから、死に物狂いで働くことからリスタートすべきと私は思います。