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ビリー・ジョエル チケット平均8万円、驚異の10年継続「月一定例ライブ」最終回へカウントダウン

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
マディソンスクエアガーデン(MSG)にて。© Kasumi Abe

アメリカを代表するシンガーソングライター、ビリー・ジョエル(74)。地元ニューヨークで「毎月」定期開催しているコンサートが今月28日に祝100回を数える。そして惜しまれながら、この夏最終回へ ── 。

『ピアノ・マン』『マイライフ』『オネスティ』など数々の大ヒット曲で知られるビリー・ジョエル。彼の本拠地ニューヨークの巨大アリーナ、マディソンスクエアガーデン(以下MSG)では定例コンサート、Billy Joel At The Gardenが“毎月*”開催中だ。

2014年1月の開始から10年の月日が流れた今でもチケットは毎月完売・満員御礼の偉業を成し遂げている。それなのに今年7月、10年継続したこのコンサートシリーズに終止符を打つというのだ。

  • *コロナ禍による18ヵ月の休演を除く。定例コンサートは2021年11月に再開した

今年5月で75歳となるビリーだが、アーティストとしてはまだまだ現役のはず。

先月1日には17年ぶりとなる新曲『Turn the Lights Back On』をリリースし、4日にはロサンゼルスで開催された「第66回グラミー賞授賞式」でも元気に演奏する姿があった。

その前の週の1月24日には16年ぶりの日本公演も果たしている。会場となった東京ドームのチケットは完売。4万4000人のファンが往年の名曲に酔いしれたと伝えられた。

日本との繋がりと言えば1995年、ツアーで滞在中だった大阪のホテルでビリーは阪神・淡路大震災を経験。あまりの激震に「死を覚悟した」そうだが、あのような混乱期に人々を勇気づけたいと予定通りコンサートを行ったことも、もはや伝説の一部となっている。そんな彼だから久しぶりの来日公演は、彼にとってもファンにとってもひときわ感慨深かったはず。

  • 地震直後、米テレビインタビューに国際電話で答えるビリーに時代を感じる。

74歳と言えどまだまだ現役。今年2月4日、ロサンゼルスで開催された「第66回グラミー賞授賞式」にて。
74歳と言えどまだまだ現役。今年2月4日、ロサンゼルスで開催された「第66回グラミー賞授賞式」にて。写真:ロイター/アフロ

ビリーのグラミー賞授賞式の演奏から5日後、筆者はニューヨークのMSGを訪れた。カウントダウンが始まった彼の定例ライブを「目撃」するためだ。

MSGはNBAニューヨーク・ニックスやNHLニューヨーク・レンジャースの本拠地であり歴史あるアリーナだ。コンサートの収容人数は1万9500席で、これまでマイケル・ジャクソン、ビヨンセ、テイラー・スウィフト、ビリー・アイリッシュなど数々の著名アーティストがここでパフォーマンスをしてきた。

中でもエルトン・ジョンは70公演以上、ブルース・スプリングスティーンは40公演以上、マドンナは30公演以上をここで行っているが、定期的に、しかも「毎月」公演を行い、その数が通算100回を超えるアーティストは、ビリー・ジョエルくらいだ。そして彼はただ公演をやっているだけではなく「毎公演、チケットが完売」(ニューヨークタイムズ)というから驚きだ。

この2月のコンサートも、満員御礼となった。

客層はざっと見る限り、ビリー世代から若年層まで幅広い印象だ。1月の日本公演は圧倒的に中高年が多かったそうだが、本拠地NYの定例ライブでは、30代くらいのカップルや3世代にわたるファンと思しき家族連れも多かった。若い世代はビリーファンの親や祖父母の影響だろう。毎年12月のジョン・レノンの追悼イベントでも感じることだが、アメリカでは往年のアーティストを若者が支持なんてことは普通にある。またエンタメやスポーツイベントに家族総出で出かけることも珍しくはない。

公演が始まるまで楽しそうにツアーTシャツを吟味したり、公演が始まってからはオンパレードの大ヒット曲に家族全員がノリノリで楽しむ姿も多く見られた。

とは言っても、チケット代は数百ドル単位、ツアーTシャツだって1着50ドル(約7570円)と破格だから、ライブに来ている人はお金に余裕がありそうな層が中心だ。

公演グッズも飛ぶように売れていた。© Kasumi Abe
公演グッズも飛ぶように売れていた。© Kasumi Abe

ツアーTが7500円、チケット代は平均8万円!

◉ビリー・ジョエル伝説:MSG定例ライブのチケット価格(豆知識)

ビリーのMSG定例ライブのチケットの平均価格は522ドル56セント(約7万9000円)と米メディアで伝えられている。

筆者の席は、ステージに向かって右方向の斜め後ろ(下の図で214ブース)とあまり良い席とは言い難かったが、それでも260ドル35セント(クレジットカードの明細は約3万9630円)もした。

ステージの裏側(後方)であれば安いだろうと思うかもしれないが、ここ(319ブース)でも378ドル42セント(約5万7300円)。ステージ正面の後ろの方で619ドル99セント(約9万4000円)などの価格帯(一例)。

果たして最前列ブロックはいくらだろうと恐る恐る確認すると、祝100回となる3月28日の公演が1836ドル10セント(約27万8000円)!最終回となる7月25日の公演はなんと2578ドル08セント(約39万円)!(ここまでの価格帯になると個人が簡単に手を出せるものではないので、筆者の予想ではスポンサー企業が福利厚生用として割引価格で購入している気がする...)

ニューヨークタイムズ(前述)が伝えるところによると、この定期公演の総動員数は昨年4月の第89回公演の時点で約170万人に達し、公演チケットは2億700万ドル(約313億円)を売り上げたという。 7月の最終公演までの収益は2億5000万ドル(約387億5000万円)を超える見込みだ。

チケット購入サイトで確認できるチケット料金。最終公演の最前列のブロックは1席2500ドル以上! (筆者がスクリーンショットを作成)
チケット購入サイトで確認できるチケット料金。最終公演の最前列のブロックは1席2500ドル以上! (筆者がスクリーンショットを作成)

上の図でもわかるが、会場に入って驚いたのは、ステージの横から後ろ(裏側)にもびっしり客入りしていることだった。

円形ステージで360度取り囲むスタイルのコンサートならともかく、「正面」があるこの手のコンサート形態では通常、ステージが見えにくい斜め後ろや裏側(後方)に客席を設けることはそれほど多くない。

ステージは半円形でビリーのピアノとバンドが配置。写真左が正面席だが、ステージ裏側になる写真右側〜写真右上(最後列)まで客がびっしり。© Kasumi Abe
ステージは半円形でビリーのピアノとバンドが配置。写真左が正面席だが、ステージ裏側になる写真右側〜写真右上(最後列)まで客がびっしり。© Kasumi Abe

しかし筆者の心配も杞憂に終わった。ビリーのピアノが配置されたステージは、公演が始まると時々ゆっくりと回転する代物だった。これで真横や後ろ(裏側)の客を含む全方位の客がビリーを(たまに)正面から観ることができた。

「今日は99回目、そして来月は信じられないことに100回目だ」

「99というのは(きりが良い)いい数字だね」

ライブのMCでビリーがそう言うと、会場から歓声が沸き起こった。

ステージに現れたビリーは颯爽とピアノに向かった。マイクを通した歌声は当然と言えば当然かもしれないが、力強くそしてハリがあり時々ドスも効いてパワフル。とてもとても74歳とは思えない。定期公演の幕引きは早すぎるのではと思うほど、この日もビリーはエネルギッシュに歌い名曲を奏でた。

ただ、曲の合間にピアノから離れ、またステージを降りる彼の後ろ姿は、少しだけ足腰の弱そうな年相応の男性に映った。

ステージがゆっくりと回転し、やっとこちらの方向に向いてくれた!© Kasumi Abe
ステージがゆっくりと回転し、やっとこちらの方向に向いてくれた!© Kasumi Abe

この夜は往年のヒット曲『アップタウンガール』『マイライフ』、ビートルズの『オール・マイ・ラヴィング』など23曲を演奏し、アンコールも5曲披露してくれた。また愛する娘、アレクサ・レイ・ジョエルさんが特別ゲストとしてステージに現れ、親子水入らずのパフォーマンスでファンを沸かせた。

キャリアの幕引きなのか?

75歳を迎えようとしている年に定期ライブの最終公演というのは、ビリーの「引退」を意味するのだろうか?

これまで体力や歌唱力に衰えを感じて引退をほのめかすことはあったビリーだが、7月の最終公演をもって完全に引退する、ということではなさそうだ。この活動を終了するビリーではあるが引退ではないという代理人の発表を、先のニューヨークタイムズは伝えている。

定期ライブの最終公演にあたり、米メディアでビリーはこのように語っていた。「私のチームは今後もチケットが売れ続けると言っている。でも10年、150公演*。もう大丈夫!」。

  • *今年7月25日の公演は、ビリーの生涯通算150回目となる
1987年、38歳の時のビリー(右)とポール・ヤング。ビリーは成功者だが、名声を手に入れたからこその苦労も多く、これまで鬱病やアルコール依存症とも闘ってきた人物でもある。
1987年、38歳の時のビリー(右)とポール・ヤング。ビリーは成功者だが、名声を手に入れたからこその苦労も多く、これまで鬱病やアルコール依存症とも闘ってきた人物でもある。写真:Shutterstock/アフロ

ビリーは完全なる「成功者」のように見えがちだが、75歳になろうとしている彼の人生はこれまで苦労の連続だった。富と名声を手に入れたからこそ元妻を含む身内や周囲の「裏切り」も多く、悩みに押し潰され、鬱病やアルコール依存症とも闘ってきた。

苦労してきた男から放たれる名曲『オネスティ』や『イノセント・マン』は、いつだって心に染みる ── 。

さぁ、伝説の定期ライブは最終回へのカウントダウンが始まった。今月28日の公演は祝100回目。さらに4月26日、5月9日、6月8日...そして104回目(生涯通して通算150回目)となる今年7月25日にMSGでのレギュラー公演に幕を閉じる。

彼はどんな姿をファンの脳裏に焼き付け、ステージを降りてゆくだろうか。

© Kasumi Abe
© Kasumi Abe

(Text and some photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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