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「AIが選ぶ」から「AIが作る」へ、BuzzFeedの戦略転換が示すメディア環境の変化とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
「AIが選ぶ」から「AIが作る」へ(Stable Diffusionで筆者作成)

米バズフィードCEOのジョナ・ペレッティ氏が1月27日に表明した、コンテンツ作成でAIに注力するという新たな戦略が、注目を集めている。

高度なテキスト生成AI「チャットGPT」が大きな話題となる中、ソーシャルメディアでの拡散に強みを発揮してきたネットメディアの戦略転換は、メディア環境の潮目の変化を示す。

このAI戦略に影を落とすのが、プラットフォームやメディアの相次ぐ大規模リストラだ。

バズフィードも2022年12月に12%のスタッフのリストラが明らかになっている。

「AIによるキュレーション」で指摘されてきたコンテンツのバイアス(偏り)の問題「フィルターバブル」も、新たな段階に入ることになる。

ユーザーが気付かぬうちに、コンテンツの「バブル」が、「真空パック」のようなものになってしまう可能性もある。

●コンテンツは生成AIで

インターネットの過去15年が、コンテンツのキュレーションとレコメンデーションのアルゴリズムが作り出す、フィードによって定義されたとすれば、次の15年は、コンテンツ自体の作成、パーソナル化、活性化を支援するAIとデータによって定義されることになるだろう。私たちの業界は、AIによるキュレーション(フィード)を超えて、AIによるクリエイション(コンテンツ)へと拡大していくだろう。

バズフィードCEOのペレッティ氏は、1月27日に掲載した「私たちの進むべき道」と題したバズフィードの記事で、そう述べている。

この中でペレッティ氏は、「今後3年間で、デジタルメディアの未来は、二つの大きなトレンドによって定義されるだろう。それがクリエイターとAIだ」と指摘。クリエイターエコノミーへの注力に加えて、同社のAI戦略を説明する。

例として挙げられているのが、同社が得意とするクイズ形式のコンテンツだ。バレンタインデーに向けて、お気に入りのシチュエーションなどのクイズに答えてもらうと、ユーザーを主人公にしたラブコメディーのプロットを自動生成する、というコンテンツだ。

同社では、AIを新たなコンテンツ開発、クイズ作成、ブレーンストーミング、コンテンツのパーソナル化などに活用していくという。

当面、ニュースの作成には使わないようだ。

バズフィードの新戦略は、まずウォールストリート・ジャーナルが1月26日に報道。続いて、ネットメディアの「ヴァージ」が、ペレッティ氏による社内メモの全文を掲載した。

ペレッティ氏がバズフィードに掲載したのは、ヴァージが報じたこの社内メモだ。

そして、メモの中では言及されていないが、導入するAIは、サンフランシスコのベンチャー「オープンAI」が2022年11月に公開したテキスト生成AI「チャットGPT」だという。

●AI生成記事、過半数に誤り

ウォールストリート・ジャーナル、ヴァージが報じた26日、バズフィードの株価は前日の0.95ドルから2.09ドルへ、翌27日にはさらに3.87ドルへと急騰。週明けの30日には2.74ドルとなっている。

バズフィードの株価急騰の背景には、「チャットGPT」がテクノロジー業界に及ぼすインパクトがある。

1日23日には、マイクロソフトが開発元のオープンAIに100億ドル規模の追加投資をすることを発表

グーグルでは「チャットGPT」に対して、経営陣が社内に「コード・レッド(警戒警報)」を発令した、とも報じられている。

メディアがテキスト生成AIを取り込む事例はこれまでにもある。

英ガーディアンは2020年9月、「チャットGPT」に先立つオープンAIの「GPT-3」を使い、オピニオン記事を作成させた上で掲載している。

だが一方で、AIによるコンテンツ生成で、批判の矢面に立たされるケースも表面化した。

検索エンジン最適化(SEO)を手掛けるゲール・ブレトン氏が1月11日、テックメディアのCNETが70本以上に及ぶAI生成ニュースを、作成方法を明示しない形で掲載している、と指摘。テックメディア「フューチャリズム」も翌12日にこの問題を報じた。

CNETは批判の矢面に立たされる。

1月25日には、編集長のコニー・グリエルモ氏による、同サイト独自のAIによる生成のコンテンツについての、社内検証結果を公表。2022年11月にAI生成記事を77本掲載し、この中に大幅なものを含む修正が必要な記事があったとした。

ヴァージによると、77本のAI生成記事のうち、誤りがあったのは半数を超す41本に上ったという。

問題は、このようなミスによる間違いだけではない。

オープンAIとスタンフォード大学、ジョージタウン大学が1月11日に公表した研究報告書によると、テキスト生成AIは、影響工作の低コスト化、パーソナル化、リアルタイム化などの効果をもたらす可能性がある、と指摘している。

※参照:生成AIが世論操作のコスパを上げる、その本当の危険度とは?(01/20/2023 新聞紙学的

●相次ぐリストラと景気後退の中で

バズフィードの新戦略には、景気後退とテクノロジー業界、メディア業界で相次ぐリストラも影を落とす。

バズフィードは2021年12月、SPAC(特別買収目的会社)「890フィフス・アベニュー・パートナーズ」との合併という形でナスダックに株式公開した。だが合併前の終値9.62ドルは、公開初日から11%の急落に見舞われ、以後もつるべ落としの状態に。

新戦略で急騰したとはいえ、バズフィードの株価は、なお公開当初の7割減のレベルだ。

2022年3月には、前年にピュリツアー賞を受賞した調査報道チームを含むニュース部門36人がリストラの対象となった。

※参照:1日で株価41%急落、米BuzzFeedの盛衰が示すネットメディアの行方とは?(06/13/2022 新聞紙学的

さらに、同年12月にはスタッフの12%に上るリストラも明らかにされている。

ペレッティ氏は、AI戦略を掲げた記事の中で、こうも述べている。「私たちは収益を勝ち取り、コストを管理し、この不況を乗り切る」

調査会社「チャレンジャー・グレイ&クリスマス」によると、2022年の米国のテクノロジー業界のリストラは9万7,171人で前年比649%増。

この中には、メタが11月に発表した1万1,000人以上のリストラも含まれる。

さらに2023年に入ってからも、アマゾン1万8,000人以上、さらに「チャットGPT」への追加出資を公表したマイクロソフト1万人のリストラを明らかにしている。

メディア業界は、テクノロジー業界ほどではないが、3,774人のカットで、前年比では5%減。だが、このうちニュース部門は1,808人を占め、前年比では20%増となっている

英メディア「プレスガゼット」によると、欧米の英語圏メディアでは、すでに2023年1月だけで、1,000人規模のリストラが発生している、という。

コスト削減の手段として、AIには切実な需要もある。

●「フィルターバブル」から「真空パック」へ

ペレッティ氏が言うように、この十数年は、コンテンツ流通の主導権をプラットフォームのアリゴリズムが握ってきた。

その先頭に立って、2015年ごろから各プラットフォームへのコンテンツ配信戦略「分散コンテンツ」を掲げてきたのが、当のペレッティ氏が率いるバズフィードだった。

だが、AIのアルゴリズムが主導するニュースフィードには、問題点も指摘されてきた。

ユーザーの趣味嗜好に合ったコンテンツの泡(バブル)に閉じ込められ、それ以外のコンテンツから排除されてしまう状態「フィルターバブル」だ。

自分が目にするニュースフィードにどんなバイアス(偏り)があるのか、ユーザーは気付くことすらできない。

この「フィルターバブル」は、フェイクニュース氾濫の背景とも見られてきた。

ペレッティ氏の見立て通り、今後のメディア空間が、コンテンツ選別のAIアルゴリズムから、コンテンツ生成AIの主導になるとすると、バイアスの問題はさらに新たな局面に入る。

AIによるパーソナル化が浸透するメディア空間では、ユーザーは「バブル」どころか「真空パック」のような情報の被膜に覆われることになる。

生成段階でのパーソナル化により、ニュースフィード単位の問題だったアルゴリズムのバイアスは、コンテンツ単位のバイアスになっていく。

そんなメディア空間のバイアスや歪みを、ユーザーはどのように修正すればよいのか。

(※2023年2月1日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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