「走り」を学びたい子どもたちがいて「走りの学校」が生まれた
「速く走りたい」とおもってはいても、「足の速さは生まれついての才能だから」とあきらめてしまっている子どもや保護者は多い。しかし、遅い子でも速くなれるという。
|速く走れないのは生まれつきではない
スポーツ庁の「平成30年度全国体力・運動能力、運動習慣等調査結果について」によれば、小学5年生男子の50m走の平均タイムは、1985年度の9.05秒から、2018年度には9.37秒と0.32秒遅くなっている。同じく小学5年生女子でも、9.34秒から9.60秒と0.26秒遅い。
この数字を目の前にしても、「子どもたちが外を走りまわる時代ではなくなってしまったから仕方ないのかも」とか「競技でもないのに、ただ速く走りたいとおもっている子は少数ではないのか」といった感想しか筆者には浮かばなかった。それに、「若い世代ではないからの感想ではないでしょうか」と返してきたのは和田賢一さんだった。
彼が代表取締役を務めているKWC株式会社は「走りの学校」を運営している。現在東京や名古屋、四国などに教室があり、小学生を中心とする137名が在籍している。走りの学校には競技者の養成を目的とする「RACERz」もあるが、教室のほうは競技を目指しているわけではなく、ただ「速く走りたい」とおもっている子どもたちを対象にしている。
「長いあいだ『走りの早さは才能である』という思い込みがありました。だから、自分が遅いとなると、あきらめてしまうわけです。しかし、正しい指導を受ければ速くなります」と、和田さん。
それにしても、ほんとうに速く走りたいというニーズはあるのだろうか。その疑問に、和田さんは次のように説明する。
「学校の授業では50メートル走とかあってタイムを計測されるし、順位を決められます。運動会でも、徒競走があります。そこで遅いと、劣等感をもつことになります。それは習ってでも克服したいほど大きなものなのです。ところが、これまで習う場所がなかったので、劣等感を抱えたままでいるしかなかっただけです」
|ウサイン・ボルトに学ぶ
和田さんがKWCを創業したのは、自らが「速く走りたい」とおもい、それを実現した体験があったからだ。
ビーチフラッグスという競技がある。砂浜で、うつぶせの状態から反転し、20メートル先にあるフラッグ(バトン)を奪い合う競技だ。この競技で、和田さんはかなりの実力者である。
もっと強くなるために、走る力を強化したいと、和田さんは考えた。そこで彼は、ウサイン・ボルトといっしょに練習することを思い立った。前人未踏の記録を樹立し、「人類史上最速のスプリンター」と呼ばれた、あのボルトだ。
それほどの選手と一緒に練習するなど、簡単なことではない。そこで和田さんは、「ボルトの関係者を知らないか」とSNSで呼びかけた。そこから関係者とつながり、「本気なら、すぐ来い」という返事をもらう。
ジャマイカに行く費用300万円を、和田さんはクラウドファンディングで集める。クラウドファンディングには「返礼品」がつきものだが、走り方を学びに行くのだから、そんなものは準備できない。「未来を担う子どもたちに学んだことを伝える、というのが私の約束でした」と、和田さん。
3カ月間、ボルトの練習に参加し、そこで多くのことを学んだ。なかでも印象深かったエピソードを、和田さんが紹介してくれた。
「コーチに、『なんでマラソンランナーみたいな走り方をしてるんだ』と指摘されました。つまり、踵を着いて走っていたんです。短距離用のスパイクを示して、『ピンが前にしか付いていないだろう。それは、短距離は足裏の前だけで走るからだ』という説明をされました」
いろいろ指導を受けた結果、100メートル走のタイムは11秒8から10秒8に短縮できた。「教えてもらった理論を帰国後にまとめたら、320ページにもなりました」と、和田さん。それが、現在の走りの学校の基礎理論となっている。
そして、陸上競技を志す子どもたちだけでなく、走ることに劣等感をもっている子どもたちにも、その理論で指導しようと考えた。「スイミングスクールにかよっている子も、全員が水泳選手を目指しているわけではありません。同じことが、走りにもあっていいはずです。いろいろなニーズに対して供給があるのに、『速く走りたい』というニーズに対する供給がない。しかも、ニーズは確実にある。それなら、自分がやろうとおもったわけです」と、和田さん。
子どもたちの「走りでの劣等感」に、はたして学校は応えることができるのだろうか。応えられないままに、評価だけを続けるのだろうか。