なでしこリーグ1の集客力の秘訣。人気と実力を備えたプロクラブを目指すINAC安本社長の挑戦(2)
日本女子サッカーのトップリーグであるなでしこリーグは、2021年のプロ化を目指している。
リーグを興行として成立させ、魅力あるリーグにしていくために必要なものは何だろうか?
一つは確実な集客が見込める環境を作り、入場収入を安定させることだろう。プロリーグ発足当初は話題性から、それなりに集客が見込めるかもしれないが、長続きはしないだろう。必要なのは、集客のための戦略ではないだろうか。
女子W杯ドイツ大会優勝後の2011年のリーグ(1部)平均観客数は2,796名で、過去最高だった。そこから緩やかに下り、昨年は1,414名。おそらく、今年も昨年から大きな変化はないだろう。
その中で、観客数が上昇の気配を見せているのがINAC神戸レオネッサだ。代表候補に入っている選手や高校、年代別代表などで活躍したルーキーを積極的に獲得し、集客にも力を入れることで、平均観客数は常にリーグで上位をキープしてきた。
W杯優勝を果たした11年のホーム戦平均観客数は8,871名を記録。特に、澤穂希や川澄奈穂美らが中心で活躍していた当時のINACの人気は突出しており、アウェーでも多くの観客を集めた。それ以降はリーグ全体と歩調を合わせるように緩やかな下降線を描き、昨年のホーム平均観客数は2,550名(リーグ1位)だった。
だが、今年は様々な集客戦略が功を奏し、再び上昇線を描く節目の年になりそうだ。主導しているのは、J1ヴィッセル神戸で常務取締役などを務め、昨秋にINACの社長に就任した安本卓史社長である。ヴィッセル時代にはFWポドルスキの獲得にも尽力した。
なでしこリーグ1の集客力の秘訣。人気と実力を備えたプロクラブを目指すINAC安本社長の挑戦
Jリーグで培った経験を生かし、様々なアイデアを展開する安本社長に、10月14日の浦和レッズレディース戦(INACが2-1で勝利)の後に話を伺った。
この試合はINACの主催試合ながら、J1鹿島アントラーズの本拠地カシマスタジアムで県外興行として行われた。カシマスタジアムで初のなでしこリーグ開催を実現した経緯も合わせて伺った。
【安本卓史社長インタビュー】
【カシマスタジアムで初のなでしこリーグ開催が実現した経緯】
ーーまず、カシマスタジアムで試合ができることになった経緯から教えていただけますか?
安本社長:ノエビアスタジアムが10月8日までラグビーW杯の会場となるため使えませんでした。大事な終盤の優勝争いの時ですから、いい
ピッチで試合をさせてあげたいと考えていたので、鹿島さんに「この時期に試合をさせてくれませんか?」とお願いしたんです。そうしたら、茨城国体に茨城出身の京川(舞)を送り出したこともあり、OKをもらえたんです。
自分がヴィッセル時代から鹿島アントラーズさんと懇意にさせていただいてきた縁もあり、8月に茨城県から「(9月の)国体に京川を出してもらえないか」と相談を受けました。地元に欲される選手であることは大切です。リーグ戦と重なる1回戦は試合に出なくてもいいという条件でしたが、初戦の愛媛県には(2部で首位の)愛媛FCの選手が多く、愛媛有利と見られていたなかで、茨城県の選手たちが京川抜きで勝ったんです(○2-0)。それで、彼女は29日の長野戦(なでしこリーグ)が終わってチームに合流し、翌日の試合にボランチとして出て、点は取れなかったけれど茨城県は決勝まで進みました。決勝はFWで出て残念ながら1-1の末にPKで三重県に負けて準優勝でしたが、(1部の)伊賀FCくノ一の選手が多い三重県に健闘し、茨城県の方からは感謝されましたね。10月初めにスタッフと2日間、各自治体や地元商店街などに挨拶回りをして、小中学校には京川も一緒に行って歓待していただいた中で、試合のことをお知らせしました。そのような経緯があって、カシマスタジアムでの開催に至ったんです。
(INACの)選手たちにはカシマスタジアムという世界基準のスタジアムで試合ができることの意味を考えて、感謝の気持ちを持って欲しいと伝えました。勝ってくれて本当に嬉しいです。
ーーヴィッセル時代の人脈も大切にしていらっしゃるんですね。
安本社長:そうですね。今回は鹿島アントラーズさんが、行政の方々をすべて紹介してくれて、県の方々にアポイントを取っていただいたりもしました。試合には挨拶回りに伺った行方市の市長さんもいらしていました。せっかくやらせてもらうのだから全力でやりたいと思っていたし、悪天候の中でも多くの観客が来てくれたのは、スタッフが頑張った成果でもあると思います。
【集客への多様な取り組み】
ーー続いて、集客について伺います。今季はいろいろな集客の努力をされていて、ホームの平均観客数にも成果が表れていますね。集客戦略として、最初は何から手をつけられたのでしょうか?
安本社長:集客についてはまず、小・中学生を観戦無料にしました。子供が来ると、低学年の子たちはお父さんお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんと一緒に来ますから、数も増えます。もう一つは、サッカーをする子も増えて欲しいけれど、(女子サッカーを)見る環境を子供の頃から作っておかないと、大人になって急に「サッカーを見に行こう」となると、Jリーグに負けてしまう。それで、ターゲットを絞ることから始めたんです。女子高校生・大学生も無料にしました。子供の数は、去年までの5倍ぐらいになっています。
それから、スタッフの中にホームタウン担当者はいるのですが、ポスターやうちわを配りにいくときは、「社員全員がホームタウン担当のつもりで取り組んでほしい」と伝えました。
選手たちには今まではポスター貼りをしてもらっていたのですが、今年は幼稚園とか小学校にうちわを配りに行っています。そうすると、ユニフォームの選手を見て選手とわかるし、選手も子供たちには素で接するから、選手のいいところも出せる。子供たちに見に来て欲しいと思う気持ちも強くなり、選手たちは手応えを感じるみたいですね。
ーー安本さんは娘さんがお2人いらっしゃいますが、子育ての中での経験も生かされていますか?
安本社長:はい。娘たちは最近サッカースクールにも通っています。幼稚園生と小学生で、2人はマーケティングのバロメーターというか、実験台ですね(笑)。INACの試合後に「今日、どうやった?」と聞いて、2人が反応するということは、世の中の子も反応するだろうなと。(今年7月の)フランス女子W杯に視察に行ったときにはスタンドにうちのような家族がいっぱいいたので、これは間違っていないぞ、と確信を持って帰ってきました。
ーーなるほど。この浦和戦では広告や告知の出し方が斬新でした。LEDに来週のベレーザ戦(10月20日、味の素フィールド西が丘)のパブリックビューイングの告知が流れていたのはかなり目を引きました。
安本社長:あれは「バックスタンド壁面LED」と言われていて、これまで広告看板はいつもゴール裏に置いていましたが、今日は新しい形で、バックスタンド前の看板に表示させたんです。ゴール裏は設置費用が高いので、効率よく収益を上げるための試みでもあり、リーグ側にもリーグバナーの上にデジタルサイネージで広告を表示することを交渉してOKをもらいました。リーグをプロ化をする上で、こういうことも必要でしょう?という提案でもあります。ちなみにこれは来年への布石で、次の10月27日のホーム最終戦のノエスタでも同じことをやる予定です。
ーーたしかに、LEDの文字が自然と目に入ってきました。スタジアムMCや試合後のインタビューも安本社長がされていました。本格的なMCでしたが、その経緯も教えていただけますか。
安本社長:元々MCをしていた近藤岳登くん(以下:ガクト)が急きょ来られないことになった時があって、その時に、社員が「社長できるんちゃいます?」と言ったことが始まりでした。その悪ノリで「私がDJします」というリリースをエイプリルフールに出したんです。それをきっかけに代役を務めることになったんですが、実際にガクトが土日が忙しくなってきたので、今も続けています。自分は選手のことをよくわかっているし、試合前の(場内MCによる)メンバー発表で、スタメン表も見ずにメンバーを読み上げられるのは強みですね。ハーフタイムは初めてサッカーを見る人にもわかるように楽しく盛り上げたいなと思っていますし、試合中の盛り上げ方は、ラグビーやバスケを参考にしています。最初の頃に比べたら、我ながらレベルが上がってきたなと思います(笑)。
ーーお客さんが増えたことで、具体的にどのような好影響がありますか。
安本社長:来てくれたお客さんにはファンクラブに入ってもらえるように勧めています。ファンクラブに入ると、ノエスタ(ノエビアスタジアム神戸)では試合後にピッチサイドで選手とハイタッチできるんです。会員は去年よりも200人近く増えていますよ。
ーーハイタッチ以外にはどのような特典があるのでしょうか。
安本社長:いろいろありますが、たとえば選手のブロマイド(写真)が買えます。今まで小さい写真だったのを大きくしたり、カメラマンさんにもお願いして写真のクオリティを高くしました。ファンの方々に何を求められているのかを考えて、まずは10枚だけ出してみたら、5分で売り切れた。じゃあ次はもっと用意しようと。これも売れた、じゃあもっと作ろう、という風に検証を重ねてきました。
ーープレー中の写真だけでなく、普段の素顔も垣間見られる写真なのですか。
安本社長:はい。でも選手たちはアイドルではなくサッカー選手ですから、見せ方には気をつけています。最初はアイドルっぽく見せようとしていたのですが、考え方を変えたきっかけがうちの子供たちでした。「サッカーをしている姿がみたい」というんですよ。W杯もテレビで夢中になって見ていましたから。
ーー夏のフランスW杯に視察に行かれた時に、そういった「見せ方」についてのヒントもありましたか?
安本社長:はい。アメリカとイングランドの準決勝を見てそれまでの女子サッカーのイメージが変わりましたね。思っていた以上の激しさがあった。アメリカは開始10分で試合を決めにいっていましたから。客層も含めて男子のサッカーとは違うところもたくさんあって、女子サッカーという競技と真剣に向き合わないと、お客さんは来ないなと思いました。そこは、チームとしても追い求めたいところです。
ーー収益の面では、安本社長がINACにいらしてからスポンサー収入がかなり上がったと聞きます。実際にはどのぐらい上がったのでしょうか。
安本社長:僕がINACに来てから増えた収入は約1億円です。そのうち、スポンサー収入が6000万円から7000万円ぐらい増えました。それで、グッズや広告を充実させることもしています。
ーーそのようにして獲得したスポンサーや地元を回って試合の告知などをしながら、「これぐらいのお客様が来てくれそうだな」ということは事前にある程度把握されているのでしょうか。
安本社長:そうですね。スポンサー企業にチラシや招待券を持っていきます。試合にはオーナーさんや社長さんも来られますが、従業員の方が「うちの会社がスポンサーをしているチームを一回見てみよう」と言って、どれぐらい来てくれるかが大切ですね。初めて見に来てくれたお客さんは、良い試合をすればまた来てくれます。観客が2000名を超えた試合で勝利すると、次は必ず増えますね。ここで引き分けたり負けると、せっかくの努力が次に繋がらないこともあります。ヴィッセル時代はそれが「2万人の壁」でした。頑張って2万人入ってもらうんだけど、なかなか勝てなくて、そのたびに仕切り直していましたね。
INACに来たばかりだった去年の今頃は、スポンサー企業や地元商店街、幼稚園や小学校でのうちわ配りなど、「試合前にこれぐらい回ればこれぐらい入るだろう」という(人数の)予測の精度が低かったのですが、今は精度が上がってきていると感じます。
ーーそうやって一度来てくれた人にリピーターになってもらうことも大切だと思いますが、観客を増やすためにはどのような形の試合が理想だと思われますか?
安本社長:ピッチの中のことは選手にお願いするしかないですね。今日のような試合だと、「なかなかやるやん!」と思ってもらえると思うんです。極端な言い方をすれば、感動を与える試合ができれば、勝っても負けてもお客さんはまた見に来てくれると思うんですよ。点を取ることは大切で、3-0とか4-0とか、ゴールは多い方がいいですね。僕の理想のスコアは「5-2」か「3-1」ですね。1点差なら、今日みたいな(0-1から追いついて逆転)試合が理想的です。1点差をひっくり返す試合は、集客面で次につながりやすいですね。
ーー観客を増やすためには、人気選手やスター選手が必要と言われることもありますが。
安本社長:自分は必ずしもスターが必要だとは思いません。僕らが地元の飲食店などを回っていると、そこで「今日、勝ちましたね」とか、選手が行くと「こないだ惜しかったね」とか、そういう会話になる。街の人がみんなINACを知っていて、結果を気にしてもらえるようになると、(集客力も)一つ上がりますね。
そこでは選手の人気ばかりに頼らないようにしています。スター選手が欠場したら?ケガをしたらどうする?という場合もありますからね。
ーーお話を伺っていると、いろいろなアイデアを模索しながら、集客のために効率ばかりを重視されていないというか、手作り感が伝わってきます。
安本社長:すべて手作りですよ。まずは(INACを)知ってもらうことが大切だと思っていますから。ただ、「ぜひ試合に来てください」とお伝えしますが、あまり丁重に頼みすぎないことも心がけています。「仕方ないから一回観に行くか」ではなく、「一回見てみたい」、「見てみたら面白かった」、「想像していた以上にやるじゃん」、というサイクルの方がリピーターになってもらう確率が高いですね。
ーー観客数の推移を見ると、県外開催試合は集客という点では苦戦(ノエビアスタジアム神戸開催試合は平均3,516名、県外試合では平均2,001人)していますが、この点はどのように捉えていらっしゃいますか。
安本社長:はい。もともと、県外興行をすることで客層を広げるという目的がありました。それはそれで良いのですが、私自身は今はそのタイミングではないと思います。それは女子W杯で優勝した2011年とかオリンピックで準優勝した2012年には効果的な施策でしたが、今はもう一度足下を固めないといけない時期です。
また、ノエビアスタジアムは使用料が高く、今まではコストカットのため県外への譲渡試合という形で出していた面もあります。ただ、今は収支が改善されたので、コスト面では問題ありません。そのために来季はゴール裏のLEDからバックスタンドLEDに変えて、経費を抑えていく部分もありますから。
来年からは神戸の試合が中心になります。地元のお客さんを増やして、まずは神戸での人気を取り戻すことが理想です。
ーーなでしこリーグでは仕事と両立している選手が多い中で、INACはプロに近い環境でプレーできる。そのアドバンテージに加えて、集客の成果も試合の結果につながれば理想的ですね。
安本社長:そうですね。参考になる意見があって、今季うちに加入した八坂芽依と田尻有美が、(サッカーに集中できる)今の環境はとても恵まれていて、だからこそもっとできると思う、と。外から来た選手たちがそう思っているんです。
ずっといる選手は、ルーティーンの中でありがたみを感じられなくなっている部分もあるかもしれません。でも、それを変えていくのには時間がかかる。今日みたいな試合をしてくれたら、めちゃくちゃ嬉しいですね。
ーー社長になって1年が経ちましたが、やりがいと伸びしろも感じていらっしゃるのですね。
安本社長:ヴィッセル時代にチャレンジしたいろいろなことを、もう一度、女子サッカーに置き換えて焼き直していますが、伸びしろはまだまだあります。今はとにかく、走るだけだと思っています。
――今日はありがとうございました。